世界に仇なすもの

第27話 塔の中の錬金術師

 三叉路の町を出てから数年がたった。

 私はクレナイと世界各地を巡ってきた。


 そこで、様々な触媒を手に入れることができた。

 今ならゲームの時の三割ぐらいの品物が錬金できる。


 しかし、この世界で出会った様々な謎については何もわかっていないに等しい。


 私は、今はとある場所で手にいれた塔に住んでいる。

 近くの漁村で、管理者が居なくなったからと格安で買ったものだ。

 かわりに塔の頂上で火を絶やさないことをお願いされたが。

 どうして放浪をやめ、今この塔に定住しているかは二つの理由がある。


 今日はそのうちの一つ目の理由に、ひとまずの結果が出る日になるはずだ。


 私は部屋の中央に鎮座する大きな純白の壺に近づく。

 表面は私自身が刻んだ細かい紋様に覆われている。


 紋様自体に意味はない。


 今も肌身離さず持っている、このアジサイの刺繍されたハンカチが、アジサイの絵自体には何の効果も無いように。


 もちろん、魔力を物体に込めるのに、何をモチーフにするかは非常に重要であることが、この数年の研究で解ってきている。

 自分自身に思い入れのあるモチーフにするのと、どうでもよい落書きだと、明確に効果に差異が発生するのだ。


 そういう意味では、イブはアジサイに強い思い入れがあるのだろう。

 私はこのイブのくれたハンカチ以上に、魔力纏いの効率が高いものを作れていない。

 私とイブの才能の差はあれど、それだけでは説明出来ない差が、そこにはある。

 多分イブにとって、アジサイは自分自身を象徴するような花なのだろう。それほどまでに強い思い入れがなければ、ここまでの品にはならないはずだ。


 あれからイブには会っていない。

 たまにステータスでロイの無事を確認するだけ。


 風の噂では北の異形達との戦いは膠着状態らしい。

 誰も認めないが。


 イブは今では世界的な有名人だ。


 曰く、人類の希望、純白と鮮血の剣鬼、救国の英雄などなど、イブを祭り上げるプロパガンダは無数にある。

 実際にイブが戦場に立てば連戦連勝。一気に戦線を押し上げるらしい。


 そして、イブが北伐に発ってから数ヵ月で、奪われた国土は回復したらしい。

 しかし、その後は推して知るべきかな。

 イブ一人がどれだけ頑張ろうが、イブの居ない戦線では押し込まれる。

 イブは転戦に次ぐ転戦を余儀なくされ、結局戦線は膠着状態らしい。

 もちろん、こんな話、戦時下でしたらただでは済まないから誰も大っぴらには話せない。

 でも、この塔の近くの漁村の村人が知っている噂話をまとめればわかる程度のこと。

 それだけ、この国は今、疲弊している。


 そう、ここ数ヵ月のことを追想している間にも、いよいよ時間が迫ってきた。


 純白の壺に手を伸ばす。自身で壺の全面に刻んだネリネの紋様にそっと指を這わせる。


 微かに伝わってくる振動。


 ほんのりと温かい熱。


 私は何の魔力も込めず、ゆっくりと、ただ壺の中に届けるように歌い出す。


 私は壺に両腕を回し、額を当て、歌い続ける。


 それは追憶の歌。

 新生をことほぐ歌。

 ゲームの時にはなかった歌。

 この世界に伝わる古歌。

 私が数年の放浪でたどり着いた数少ない答えの一つ。この歌に出会い、私は歌を取り戻した。


 まるで、私の歌に答えてくれるかのように、壺が大きく揺れる。


「いよいよか!」


 私は一歩下がり、固唾をのんで見守る。


 激しく揺れ出す壺。


 やがて硬質な音が響き、ついに壺にひびが入る。

 私の掘った紋様に添って、徐々に大きく、広がっていくひび。


 そうして、ついに壺が完全に割れる。


 なかから溢れ出す、深紅のポーション。

 壺の周りにあらかじめ用意していた排水路に流れ込み、排出されていく。

 ポーションが流れ出した後には、壺の破片にまみれた裸体の人型の姿がある。


 ゆっくりと立ち上がる、それ。


 目を明けこちらを見る。


 私はその姿を見て、感動にうち震える。


 声をかけてみる。


「こんにちは。この世界へようこそ。私の初めてのホムンクルスさん」


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