第43話 閑話 イブ 5
ダグラスは、レインホールド隊長と、新しくガロア砦に着任した大隊長の引き継ぎが始まったのを横目に、こっそりため息をついていた。
(これでようやく帰る目処がつくな。だいたい、小隊と、再編されていない敗残兵で砦の防衛なんて司令部も無茶ばかり言いやがる)
ダグラスはレインホールド隊長と大隊長の引き継ぎの話の流れから、準備していた資料をいつでも手渡せるように構える。
(しかも小規模とはいえ、敵の散発的な襲撃まであったってのに。まあ、レインホールド隊長が分隊を率いて蹴散らして下さったが)
求められ、資料をイブに手渡すダグラス。
軽く頷きかけて下さるレインホールド隊長の様子に達成感を感じながら、次の資料を用意する。
(しかも、万の敵を撃破、砦の奪還というまさに英雄と呼ばれるにふさわしいの働きをしたレインホールド隊長に、褒美が勲章1つとは。しかも、現地での代理授与とか、こちらを挑発しているとしか思えない扱いだ)
ダグラスは腹の中で司令部への不満を燻らせながらも、淡々と仕事をこなしていくレインホールド隊長のため、業務引き継ぎのサポートを完璧にこなしていく。
引き継ぎ業務のサポートの傍ら、王都への帰還の準備にも忙殺されるダグラス。
その日は、砦の管理業務の引き継ぎ最終日で、いよいよ帰還を明日に控えていた。
レインホールド隊長の補佐の方は目処がたったダグラスは、帰還の準備のために関係各所を文字通り駆け回り、調整作業に追われていた。
その日の夜、ようやくすべての準備に目処がたち、寝たのは深夜のことだった。
ダグラスは夢を見ていた。
夢の中では、小雨の降る曇り空。
豪華に着飾った貴族たち。
ガーデンパーティーが開かれている。
優雅にくるくると動き回る貴族達。
そんな中に、真っ白な仮面をかぶったものたちが混じっている。なに食わぬ様子で、ガーデンパーティーに参加している仮面の者達。
真っ白な仮面には笑顔の形になるように、目と口の形の穴が空いている。
その穴の中をよくよく見てみると、漆黒の闇が満ちている。
時たま、給仕するものの中にも、白い仮面をかぶったものが混じる。
その白い仮面の給仕が、どんどん食べ物を持ってくる。
出した物を食べた貴族たちは、どこからともなく真っ白な仮面を取り出すと、その仮面を何の抵抗もなくかぶっていく。
徐々に増えていく仮面のものたち。
仮面のものたちが増えるに従って、ガーデンパーティーの会場全体を囲うように、地面から茨が生えてくる。
上へ上へと、ゆっくりと伸び続ける茨。
やがて茨は人の背の高さを越え、今度は会場全体を覆うように、まるで鳥かごのような形を作り始める。
完成した茨の鳥かごには入り口が一つ。
入り口は開け放たれ、1人の、他より立派な仮面をつけたものが、こちらに手招きしている。
ダグラスが夢の中、振り返ると、何人かの人影が、鳥かごに向かい歩いていく様子が見える。
1人はレインホールド隊長。
別の場所には、目に見える鎖と、目に見えない鎖で、全身を二重に束縛された若い女性。
また、別の方向からは、中年の男女。
ダグラスは必死に声をあげようとするが、そこで目が覚めた。
激しい動悸。
しばらく落ち着くまで横たわっていたダグラスだが、空が白み始めると、急いで起き出す。
意識を強引に切り替え、帰還準備の最終調整に取りかかるため、急ぎ部屋を出る。
数刻がたち、後はレインホールド隊長の掛け声一つで帰還の行軍が始まると言うとき。
ふと今朝見た夢をダグラスは思い出す。
そっと隣に立つイブに話しかける。
「レインホールド隊長」
「なんだ」
顔は自らが率いる特務小隊に向けたまま、視線だけをダグラスに向けるイブ。
「今回の作戦ですが、全体的にきな臭いと思いませんか。王都で何か良くないことが起こるような悪い予感がします」
微かに頷くイブ。
「ふむ、副官、貴様の予感は当たるからな。だが、例え敵がどこに待ち構えていようと、たとえそこに罠があろうと、立ち塞がるものすべてを倒し尽くだけだ。死地だろうが地獄だろうが、貴様はついてきてくれるだろう?」
「イエス、マムっ」
わずかに上気したした顔で答えるダグラス。
イブはダグラスとの会話を終えると、自らの小隊に向けて声を張り上げる。
「帰還行軍、開始する」
それを復唱するダグラス
「全体、行軍開始っ!」
こうして長かったガロア砦の任務を終え、イブたちは王都への帰還を開始した。
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