第9話 薬屋準備

 あれから一週間がたった。


 結論から言うと、耐熱ポーションは無事に七日熱に効くことがわかった。そこからはもう記憶がさだかではない。ただ一つ言えることは、異世界にもデスマーチがあったんだね。


 ラインバルブの無茶ぶりによく耐えたと思う。

 一度乗り掛かった船だし、アンガス夫妻の死への負い目を上手く使われてしまった感が強い。


 最低限、出所を秘匿してもらう契約だけは何とか取り交わし、三叉路の町で私が薬の材料を取りに行くことをラインバルブが言い触らしやがったお相手には、ラインバルブご自身で責任を取って口止めをさせ。


 ようやくラインバルブの求める納品が一段落し、今はアンガスの残した店に来ている。


 さっきまで町の役人が来ていて、ラインバルブ立ち会いのもと、相続の手続きを行っていた。運良くラインバルブの無茶振りのお陰で懐が暖かく、諸費用は無事に支払い済み。

 雑貨屋として販売していた商品も残ったままだが、ある程度はラインバルブの方でも引き取ってもらえるとのこと。


 残った物は使えそうなものだけ使って、後はインベントリに死蔵かな。

 このお店で私はひっそり薬屋でもやろうかと思っている。


 店員を一名ぐらい雇って、私はのんびりオーナー生活。うむ、素晴らしい予定だ。


 これから店内の商品の仕分け作業を行う予定だ。

 リッヒが何人か下男を手配済み。ラインバルブの方で引き取ってもらえるものはそのまま回収していってもらう。

 一応私は立ち会って運び出す物を確認するのが、お仕事だ。


 リッヒが下男達を連れて戻り、早速回収作業が始まる。


 一応運び出されていく物には物品鑑定をかけていく。

 あと、クレナイに何か欲しいものがあれば合図をするように言っておく。


 どんどん運び出されていく商品。

 ふと、目を引かれる。


 前の方に積まれていた品物が、どかされて出てきたようだ。 


 近づいて良く見てみると、萎れかけたサボテンの鉢植えだ。

 念のため物品鑑定をしてみる。


『菩提サボテンの鉢植え(衰弱)』と出た。


 やっぱり!内心小躍りしながらラインバルブに鉢植えは除外するように伝える。

 一瞬興味深そうな目を向けてくるが、私が持っている萎びたサボテンの鉢植えを見ると興味無さそうに仕分け作業に戻っていった。


 その後はめぼしい物はなく、運びだし作業は終了する。後日、今回引き取った分の代金を持ってくることを約束し、ラインバルブ達は帰っていった。


 私はいそいそとサボテンをプライベートスペースにする予定の二階の部屋に運ぶと、早速初級スタミナポーションと初級マナポーションをサボテンにかける。

 あっという間にサボテンはポーションを吸い込み、みずみずしい輝きを取り戻す。


「この菩提サボテン、花と実で別の触媒になるんだよなー。咲くのが楽しみだ。でも、一回に一つの蕾しかつかないから、今からどっちの触媒にするか悩ましい」


 思わず影の中にいるクレナイ相手に独り言を呟いてしまう。


 サボテンを窓際に飾ると一階に戻り、残っている物をすべてインベントリにしまった。

 棚が一気にスッキリする。


 次は店番をしてくれる人だけど、確かリッヒの親戚で働き口を探している人を紹介してくれるって言ってたな。

 それまではのんびり過ごすか。


 それから数日は店に必要な細かい物を買い足したり、インベントリにしまった中から使えそうな雑貨を探したりして過ごした。

 もちろん空いた時間でポーションの増産。サボテンの世話、クレナイと遊ぶことも欠かさない。


 そうこう過ごすうちに、リッヒが店員候補を連れて来る日となった。


 リッヒから予め聞いていることを思い出しておく。

 名前はマルティナ。年は35歳。子供が2人。旦那が七日熱で亡くなり、働き口を探している。

 結婚前にラインバルブの商会で働いていた経験があり、読み書き計算が出来る。

 ここまで聞く限りでは申し分ない経歴だよね。働き口を探しているならラインバルブのところでまた雇ってあげればいいのにと思うのは私だけではないはず。

 まあラインバルブの差し金でって感じなんだろうけど。


 基本、顔合わせして人柄に大きな問題がなければ雇うことになるだろうな。

 この薬屋もそこまで大きな利益は必要ないし、ほどほどが一番。

 なら、店員もそこまで拘らなくてもって思っちゃうんだよね。


 ひとまずリッヒ達が来る時間が近づいて来たのでお茶の準備をして待つことにする。



 裏口がノックされる。

 扉を開けに向かう。


「リッヒさん、ようこそ。マルティナさん、初めまして。今日はようこそいらして下さいました」


 マルティナはお辞儀をしてから口をひらく。


「旦那様、初めまして。マルティナと申します。本日はお招きありがとうございます。」


 こちらの風習なのか、面接といった習慣があまりないらしい。お茶会にお呼びした感じで、顔合わせをするようにリッヒが調整してくれていた。私もマルティナもお呼ばれした時の挨拶をかわす。


「旦那様だなんて堅苦しいので、カルドとお呼びください」


「かしこまりました、カルドさん」


(まあいきなり呼び捨てはないよね。逆に呼び捨てにしてきたらこの年代の女性としては常識が、ね。ひとまず、第一印象はありだな)


「さあさあ、リッヒさんもマルティナさんもあがって下さい」


 私は店舗スペースにテーブルや椅子を用意して作った場所に、二人を案内する。元々そこにあった棚は、インベントリに移動済。


 インベントリにしまっていたお茶やお菓子を並べる。


 マルティナは少し驚いた様子だがすぐに表情を取り繕う。


(ここら辺はさすがに商会勤務経験者だな。さらに評価はプラスだ)


 皆でお茶をのみ、買っておいた最近話題の焼き菓子を皆で味わう。


「マルティナさんはお子さんは何歳ぐらい何ですか。」


「五歳の男の子と四歳の女の子の二人です。男の子の方は亡くなった夫に似たのか、とてもやんちゃで。今は私の両親の家に同居していて母に預けているんです。お仕事の際も同じようにするつもりです」


「旦那さんのことは御愁傷様でした」


「ありがとうございます。夫は運悪くダメでしたが、子供も二人とも七日熱にかかってしまっていたんです。でも、運よくどこかの高名な薬師様のお薬をラインバルブ様経由で手に入れることが出来まして。お陰で子供達は二人とも命をとりとめることができました。どこかの高名な薬師様には本当に感謝しているんです」


「それはそれは、不運の中でもお子さん達だけども助かり、本当に良かったですね」


 あはは、うふふと二人で笑い合う。

 その様子をリッヒはそ知らぬ顔で見ながらお茶を飲んでいた。


 その後もしばし歓談を続け、最初に決めていたようにマルティナの人柄に問題は無さそうなので採用を決める。


 今後の勤務日程や時間、給与体系などをリッヒを交えて話し、その日は二人は帰っていった。


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