第2話 三叉路の街

 馬車に揺られること四時間、町が見えてきたらしい。


「カルド殿、そろそろ着きますよ」


 ラインバルブが声をはって、教えてくれた。

 この世界の幌馬車は作りが粗いせいもあり、道もでこぼこで、動くときにかなりうるさい。隣同士なら話せるかもしれないが、あいにく幌馬車の御者席はラインバルブとケルスナーでいっぱい。私は荷台にお邪魔していたため、一人でぼーと揺れに耐えていた。

 レベル補正のせいか、どんなに揺れようが酔わないし、体も痛くならないという素敵仕様。

 ただただ暇な時間であった。


 荷台の後ろの幌を開け、身をのり出すと、前方を覗いてみる。


 石造りの城塞と門が見える。川が近くを流れているのか、城塞の周りを囲むように堀が巡らされて、門から橋が掛かっている。

 門番の姿も見えるが基本素通りのようだ。

 身分証の提示や入場税等は無さそうに見える。


 いよいよ橋まで来たので頭を引っ込める。


 馬車が門番の前で止まる。


 ラインバルブが門番と挨拶をしている。どうやら顔見知りらしい。近隣の情報等の世間話をしている。


 またすぐに馬車は動き出した。


 門を抜ける。


 町に入る。目につくのは色とりどりの布がはためく様子。建物も複数階のものが多い。はためく布は洗濯物のようだ。あれだけ色々な色があるのなら染色の技術もあるのだろう。

 道も汚物がばらまかれていることもなく、悪臭もほとんどしない。

 下水設備か、それにかわるものがありそうだ。

 道行く人はパッと見は普通の人間ばかり。ファンタジー色溢れる人種は見あたらない。


「カルド殿、このまま私の商会まで一緒に行かれますか?」


「ええ、お願いします」


 車輪のたてる音に負けないよう私も声をはって答える。


 そのまま馬車は大通りとおぼしき道を真っ直ぐに進み、何度か道を曲がり、少し古ぼけているがしっかり手入れされている様子の建物の前で止まった。


 すぐに建物から使用人らしき男達が出てきて、ラインバルブへの挨拶もそこそこに馬車の荷下ろしが始まる。


 私は邪魔にならないように脇に退いてその様子を眺めていた。


「カルド殿、お待たせしました。こちらへどうぞ」


 一人の使用人と何か話していたラインバルブ。話が終わったのか、直接案内してくれるようだ。

 建物に入り、応接室らしき部屋へ通される。


 すぐに別の使用人が現れ、お茶らしきものを入れてくれる。


「カルド殿ほどの方には説明は要らないかと思いますが、こちらの花茶はお湯を注いで中の花びらが開ききる前が飲み頃です」


「いやいや、世間知らずの身ですので。ご馳走になります」


 ラインバルブがお茶に手をつけるのを待ってからゆっくりと花茶とやらをすする。

 ハーブティーのような味わいを楽しむと、さっそく商談を持ちかける。


「ではこちらがお約束のポーションです」


 そういってインベントリから取り出した初級マナポーションをラインバルブに差し出す。


 先程お茶を入れてくれた使用人が入ってきて、代金が入っていると思わしき袋をテーブルに置く。


(さっきの馬車がついたときの指示で短時間でこの準備のよさ。だいぶやり手のようだな)


 私は信用してますよという意思を込めて一度ラインバルブに頷くと、袋の中身は確認せずにそのままインベントリにしまった。


「ラインバルブ殿、おすすめの宿はありますか?」


「カルド殿さえよければこちらでお部屋をご用意致しますよ」


「いえいえ、そこまでご厚意におすがりするわけにはいきませんよ。その代わり、今後もポーションのお取り引きを引き受けて下さるなら助かりますね」


「それでしたら、こちらから是非にもお願いしたいですな。いつでもお持ち下されば引き取らせていただきますよ。そうそう、おすすめの宿ですね。この後下男に案内させますね」


(やっぱりポーションへの食い付きが凄いな。下手に取り込まれるよりは一度距離を置いておきたかったが、向こうも宿までは把握しときたいってことか。まあ許容範囲かな)


「お願いしますね。そういえばこの町の名前も聞いていませんでした」


「この町は三叉路の町と言われています」


「ほう、三叉路が発祥なんですか?」


「そう言われていますね。私たちが入ってきて通りを真っ直ぐに行くと、町の中心に三叉路がありまして、そこに集まって商会を建てた商人達が町の始まりと言われています。

 三叉路を左に曲がれば海に出て、海運の町に。三叉路を右に曲がると国境で、その先は学術都市と呼ばれるリーンハイムに続いております。

 三叉路を私たちが来たほうに戻れば大きな穀倉地帯があるのはご存知でしょう?」


「ほうほう、そんな謂れがあったんですね。商業に適したこの地にこれだけの商会を持っているなんてラインバルブ殿は素晴らしいですね」


(色々疑われているんだろうなー)

 私はヒヤリとしながらラインバルブと雑談を続け、出来るだけ情報収集に励んだ。


 お茶のおかわりも飲み終わったのを機に、おいとますることを告げる。


 すぐにラインバルブが下男を呼び、商会を出る。


「案内よろしく頼むね。名前は?」


「リッヒと申します。旦那様」


 歩きながらリッヒと軽く雑談する。


 どうやらこの町は人族だけらしいが、別の地域には他の種族もいるらしい。リッヒから何を聞いたのかという情報がラインバルブに筒抜けになるだろうし、雑談程度で済ます。


「旦那様、宿に着きました」


 そうして宿の中まで案内してくれると、受付の宿の主人らしき人にリッヒが懐から手紙を渡し、帰って行った。


 宿の主人は手紙を一瞥してから声をかけてくる。


「いらっしゃい。ラインバルブさんの紹介か。一泊食事なしで7000リルだよ」


「よろしくお願いしますね。ひとまず三泊でお願いしたい」


 そういって、懐から出したように偽装しながらインベントリから袋を出し。中身を確認する。銀貨が数十枚入っている。

 三枚銀貨を出し、宿の主人に渡す。


「はいよ、お釣りの9000リル。これが部屋の鍵。お湯とランプは別料金。この宿は食事は出してないけど、隣の食堂でこの鍵を見せれば宿泊客価格で飯は食べれる。部屋は二階の奥から二つ目だ。」


 半銀貨9枚を受けとる。


「ありがとう。ついでにこの近くで雑貨とか古着とか買えるとこはあるかな?」


「雑貨も古着屋もこの通りを少し行ったとこにあるよ」


 それだけ聞くと宿の主人にお礼を言って部屋に向かう。


 部屋の鍵を開け、中に入る。四畳くらいの部屋にベッドが1つ。

 清潔で鍵がしっかりかかるのを確認すると、慣れない環境に思いの外精神的に疲れていたのか、倒れこむようにベッドに身を投げ出し、そのまま眠ってしまった。

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