第13話 少女の名
マルティナさんによる応急処置も終わり。ひとまず少女をベットに寝かし、階下に降りてきた。
マルティナさんにお茶を入れ、感謝を伝える。
「店長、改めて聞きますけど、今後のことは何か考えているんですか?」
何も考えているわけないでしょ。なんて、そんなことも言えず、最低限取り繕うためにそれっぽいことを言ってみる。
「あの子、ここら辺の人間とは人種が違う感じだったね。この町も色んな人間が通るところだけど、彼女みたいな肌と髪の人、見たことない」
マルティナさんがゆっくりうなずく。どうやらはったりで言った取り繕いは通用したらしい。
「ええ、私も見たことありません。たぶん、噂ではだいぶ北の方に、あの子どもに似た髪と肌の種族がいるって噂は聞いたことあります」
「北ってことはやっぱり難民、だよね」
「ええ、きっとそうだと。親とははぐれてしまったのか、より悪い可能性もありますね。それに難民だとすると、どんなに小さな子どもであったとしても、身元引き受け人がなければ国境の町に送還することになると思いますよ」
「たしか難民をまとめておくって政策だったか。身元引き受け人、ね」
「そうです。店長は、役所に店を登録して納税している時点で、市民権が発生しているから身元引き受けの権利はあります。それで、どうするつもりなんです?」
ここで最初の質問に戻るわけか。私は今度は判断材料が増えたこともあって、思考を巡らす。と言うか、わざわざマルティナさんも身元引き受けの説明をしてくれるなんて。有能なのは素敵だけど、これは最初のはったりもばれてら。
とりあえず、大事なのはどうするか。要は抱え込むぐらいの責任が持てるか、見捨てるかって話だよな。
その難民キャンプみたいなとこがどんな環境かはわからないけど。決して快適じゃないだろうし。下手したら衰弱している子どもなら、命に関わるかもしれない。
決心して顔つきが変わったのがわかったのか、マルティナさんはため息をひとつして、言った。
「役所に届ける必要があるので、ラインバルブさんに連絡しておきますね。私は帰ります。家族も心配していると思うので」
私はマルティナさんに改めてお礼をすると送っていくことを提案するも、マルティナさんは固辞して帰っていった。
私は少女の様子を確認しに再度、住居フロアに上がった。
代わりないことを確かめると、店舗側に降りてきた。
さて、もう寝るかな。インベントリにしまってあった予備の毛布を取り出す。
カウンターの裏に毛布を広げるとそのまま眠りについた。
目が覚める。
あたりはすっかり明るい。どうやら昨日寝たのが遅かったせいか、寝過ごしたようだ。
大きく一つのびをする。レベルMAXの体は床で寝ても痛くならないらしい。すばらしい。
クレナイが影に潜んでいるのを確認すると、昨日のお礼に初級マナポーションをあげる。
「さて、眠り姫の様子でも確認しにいきますか」
クレナイ相手に独り言を呟くと、クレナイを影に再度潜ませ、住居部分に上がっていった。
ドアをノックする。
ゆっくりとドアを開ける。
ベッドは、空だ。
ベッドの向こう側から、怯えたようにこちらを睨み付ける真っ赤な2つの瞳がのぞいていた。
近づきすぎないように気をつけて、ゆっくりと部屋のなかに入る。
一つだけ置いてある丸いすを取ると、少女のいる場所と反対側に丸いすをおき、座る。
少女に声をかける。
「はじめまして。私はこの薬屋で店主をやっててね。カルドって呼んで。君の名前を教えてくれるかな」
「……」
少女は相変わらず警戒したように口を閉ざしたまま、こちらをじっと見ている。
(うーん、困ったな)
私は朝御飯を食べていないことを思い出すと、インベントリから非常食の肉串を二本取り出す。
少女の視線が、肉串へ。
ゆっくりと私は一本の肉串をかじる。
少女の視線が強くなる。
「食べる?」
もう一本の肉串を差し出すと、少女は奪い取るように肉串を受け取る。そして勢いよく、肉串に食らいついた。
ぼとぼとと肉汁がベットに飛び散る。
(あちゃー。後で洗濯だな。)
そんなことを思いながら少女の食べっぷりを見ていると、肉を食べ終わったようだ。
串を見てどうしようか迷っている様子。
私はインベントリからこれまた非常食に買っていた果物を取り出すと、少女に差し出し、代わりに食べ終わった串をもらう。
串をインベントリにしまっていると、少女はこちらをその赤い瞳でみて、一言呟いた。
「……イブ」
それが後に英雄となる少女、イブと私の初めての会話だった。
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