第14話 イブの決断

 改めて、果物を食べているイブをよく見てみる。


 年齢は十歳いかないぐらいかな。

 顔色は昨夜に比べると、だいぶいい、と思う。


 念のため、初級スタミナポーションをだし、飲むようにすすめてみる。


 渡されたポーションを手には取るが、非常に胡散臭そうな表情で見つめるイブ。


「それ、ポーションって言って、お薬の一種なんだよ。体力の回復効果があるから」


「……ポーションは知ってる」


 さいですか。なかなか疑り深いのか、慎重なのか。

 それにこれぐらいの年の女の子がどんなだったか、遠い過去の記憶を思い返してみる。

 ……うむ、レディに対する対応が無難かも。


 私が悩んでいた間に、イブも自身の中で何か折り合いをつけたのか、そっとポーションの瓶に口をつける。


 黄色い液体をまずはひとくち、口に含み、じっと動きを止めるイブ。

 何も異常が起きないことに納得出来たのか、再度瓶を傾け、こくこくと飲み干した。


 目元が微かに震え、わずかに表情が変わる。


(どうやら効果に驚いている? 初級のポーションでも、子供の体には効きすぎたか。しかし、表情に出さない子だ。いや、出さないようにしようとしているのかな?)


 イブが落ち着いた頃を見計らって、声をかける。


「さて、下でお茶を淹れるから来てもらえるかな。お茶を飲みながらお話しをしましょう」


 イブがゆっくりうなずいたので、道を教えて先に下に降りる。


 お湯を沸かし、おやつ用に保管していた焼き菓子をお皿に盛り付ける。


 子供でも飲みやすい用にぬるめにお茶を入れると、砂糖を持っていって準備完了。


 どうやらちょうどイブは降りてきたところのようだ。


 席をすすめ、椅子を引く。


 ゆっくりと席に着くイブ。

 お茶を淹れる短時間で身嗜みを整えてきたのか、さっきと少し印象が違う気がする。


 えっ、おじさんに女の子の身嗜みの細かい点なんてわかるわけないじゃないですか。

 ただ、身嗜みを少しでも整えて、心構えをすることで、さっきまでの怯えと不安に満ちていた瞳が、今は不安以外の何かをたたえている、気がする。

 身嗜みを整えられたという心の余裕が、気持ちの変化に繋がり、姿勢や表情に微妙な差異をもたらしているんだろう。


 お茶を注ぎ、スプーンと砂糖の瓶をそっと渡す。


 瓶を開け、砂糖だと気づくと嬉しそうに顔を綻ばせ、お茶に入れていく。


(甘いものが好きなのは年相応なのか。比較的高価な砂糖のことも知ってそうだし、それを使うことに躊躇がない。育ちは良いのかな)


 イブはゆっくり甘味を楽しむかのようにお茶のカップを傾ける。


 しばし穏やかな空気が流れる。


 このまま穏やかに済ませてしまいたい所ではあるが、どうしても確認しとかないといけないことだけため、イブに声をかける。


「さて、まずはいくつかこちらから伝えますね。良いかな?」


「……質問じゃないの?」


 ゆっくりとこちらにその赤い瞳を向け、視線を合わせながらイブが訊いてくる。


「その後に質問もできたらっては思っているよ?」


「……そう」


 ひとまずその返事を肯定だと思うことにして、話し続ける。


「私から見たことと感じたことを話しますね。昨日、寝ようかなって時に物音がしたんだよね。様子を見に行ったら店の外、扉のところに君が倒れていた。ほっとけないから、家に運んで、近所の知り合いの女性に助けをお願いして、応急処置とかをしました。そして今に至るわけだ」


「……ありがとう」


「どういたしまして。そして、私はイブさんのことを難民かなって思っている。難民が強制送還されることを、その知り合いの女性にきいてね。助けたのも何かの縁だから、身元引き受け人ぐらいならやっても良いかなとも。身元引き受け人ってわかる?」


 最後の質問が余計だったのか、やや冷たい目線でイブは答える。


「もちろん、知っている」


「それならいいんだ。さて、こちらの経緯とか私の意見とかはそんな感じ」


 イブは何か考え込んでいる様子。


「ありがとう。でも、身元引き受けの件はすぐには決められない」


「うん、それはそうだよね」


「考える時間は、ある?」とイブは少し不安そうに。


「もちろん」私は出来るだけ声音を柔らかくするように心掛ける。ただ、最後はイブの決断次第だろうと、ゆっくりと待つことにする。


「それじゃあ、それが決められるまでゆっくりしていきなよ」


「わかった。よろしくお願いします」


 その表情はとても子供とは思えない強い意思を感じさせるものだった。


 こうして私のしがない薬屋に同居人が一名増えることとなった。

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