第15話 イブの事情
イブが同居人となって数日がたった。
新しいベッドや小物類は大まかに買い揃った。選ぶ自信がなかった私はマルティナさんにご飯を奢る代わりに助力をこい、選んでもらった。
イブ用の部屋も物置になっていた二階の部屋を片付け、整えた。部屋にあった荷物はすべてインベントリに突っ込まれている。後で仕分けをしなければ。
掃除は部屋全体に清浄ポーションを撒き、あっという間に綺麗になった。
スタミナポーションのお陰か、若さゆえの回復力の高さか、起き上がれる様になっていたイブも、清浄ポーションで部屋を掃除する様子を見ていた。
ポーションの効果に驚くとともに、何よりポーションを撒くだけという手抜きっぷりに呆れている様子だったが。
イブが起き上がれる様になり、ここ数日でだいたいの一日の過ごし方も決まってきている。
心配していた役所への届け出も、先ほど無事に済んだ。
ラインバルブが手を回してくれたのか、私とラインバルブだけ役所に出向き、数件のサインと金銭のみで片がついた。仮保護といった形になるらしい。
イブが召喚されて根掘り葉掘り聞かれるようなことに成らなかったのは幸いだが、ラインバルブに借りが増えていくのは嫌な予感しかしない。まあしかし、この手の手続きで、どこにどれだけお金を余分に使えば良いかと言うのは、新参ものには荷が重すぎるから仕方ない。
先ほど別れ際に珍しいお茶が手には入ったからと、ラインバルブからお裾分けされた茶葉を手に、店に戻る。
ちらっと店舗部分を覗くと、イブがマルティナさんとマリアさん監修のもと、細々としたお仕事をしているのが見える。
最近は役所からの一括注文も一旦落ち着き、余裕のできたマルティナさんも店舗にいることが増えた。
イブも何もしていないのも気がとがめるとかで、接客以外のお手伝いをしてくれているとマルティナさんが言っていた。
そのため、マルティナさんとマリアさんがいるときは、三人で行動していることが多い。
もうすぐマルティナさんとマリアさんも帰宅する時間だ。
イブも戻ってくるだろうから、昼食の準備を始める。
イブが住居部分に上がってきたので、昼食にする。
イブは細い見た目に似合わず、よく食べる。
今も準備した量では物足りなさそうだったので、役所の帰りに買ってインベントリにしまっていた肉串を渡すと、普段の硬い表情を少し綻ばして、嬉しそうにかぶりついている。
私も食べ終わったので、食後のお茶に、ラインバルブからさっき渡されたお茶を入れる。
普段飲んでいるのとは違う、変わった香りが立ち上る。タラゴンのような繊細な香りがする。
イブも肉串を食べ終わったようでお茶を出すと、その香りを嗅いでびっくりしたようだ。いつもより、少し目を見開いている。
イブはゆっくりとカップに手を伸ばすと、そっと口許にカップを近づけ、ゆっくりと香りを吸い込む。
「……ママ、パパ」
小さく聞こえないぐらいの音量で囁くと、ゆっくりとお茶を飲み、そのままぽろぽろと泣き出す。
それを見て、内心は大慌てで、しかし、表情は取り繕う。私はそっとしておこうと、イブの視界に入らないように移動し、お皿の洗い物をしている振りをする。
(ラインバルブめ、こうなる可能性があるなら、一言言っておけよ!)
取り澄ましたようなラインバルブの表情が想像できて、内心いらっとする。
そんな事を私が考えている間も、しばらく無音で泣き続けていたイブ。
少し落ち着いてきた様子なので、そっとインベントリからタオルを差し出し渡す。
タオルに顔を埋めるイブ。私もお茶を飲むことにする。
しばらくしてタオルを返して来たので、インベントリにしまう。
二人して無言でお茶を傾けていると、ぽつりぽつりとイブが話し出す。
「このお茶、故郷の特産品なんです。」
「いつも、ご飯の後にパパとママが飲んでいて」
「二人とも死んじゃった。死んじゃったの」
「パパは家から私とママを逃がすときに殺されちゃった。」
「ママは逃げる途中で魔物に食べられちゃって」
そこまで話すと今度は大きな声を出してまた泣き始めてしまった。そっと近寄り、ゆっくりと頭を撫でる。
まるで幼子のように泣き続けるイブ。
「怖かったんだね、もう、大丈夫だよ」
そんなことしか伝えられない自分を情けなく思いながらも、何度も何度も慰めの言葉をかける。
いつしか泣きつかれてしまったのか、そのまま気を失うように眠ってしまったイブをそっとベットまでに運び、寝かしつける。
私は居間に戻ると、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。
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