第16話 萌芽
大泣きした日から、イブの表情がだいぶ柔らかくなったようだ。
いや、元来の子供らしい表情がもどってきたのかもしれない。
相変わらず無口なようで、そこは変わらない。
最近のイブは刺繍に凝っているらしい。マルティナさんやマリアさんに習っている。今も私がポーションを作成している傍らで、チクチク何かを縫っている。
最初はポーションの作成で光ったり、瓶に液体が溜まっていく様子に驚いていたイブも、今では見慣れたのか、自分の刺繍に集中している。
どうやらこちらの地域だと花嫁修業の一環として大事らしい。そう言われてみれば、周囲の人間は皆、刺繍のされている服を着ている人が多い気がする。
マルティナさん曰く、魔除け、厄除けの願いを込めて家族に縫っているそうだ。
私は今日の分のポーションは作り終えたので、イブに声をかけると、切りの良いところまで続けるとのこと。私は片付けをすると、先に部屋を出てご飯の準備をすることにする。
ご飯の準備が終わり、イブを呼びに向かうと、部屋の中から声が聞こえる。
そっと覗いてみると、イブが刺繍をしながら歌っているらしい。
微笑ましいものを見ているつもりでそっと見守っていると、歌に何だか聞き覚えがある。よくよく耳を済ましてみると、どうやら私がポーションを作るときに歌っている歌を真似しているようだ。
確かに最近はよく一緒に作業をしていて、耳にする機会は多かっただろうけど、教えたわけでもないのによく覚えたなと、子供の記憶力の良さに感心する。
なかなか伸びのある綺麗な声だ。
普段あまりしゃべらないからこんなに綺麗に歌えることに驚きを覚える。
今歌っているのは清浄ポーションの歌か。しかし、決して覚えやすくも歌いやすくもない歌をよくこれだけ・・・。
いや、違う。完璧に真似している。長いフレーズに間違いはないし、音程も完璧に歌っている。
これは呪文として完全に作用するレベルで歌っている。
その事実に気づくと、あまりの衝撃に身震いする。
イブは私が歌を聞いているのに全く気づく様子もなく、また最初から歌い、刺繍を続けている。
普段使う言葉とは、全く異なる言語体系に基づいた長大な歌を、音程一つ間違えずにのびやかに歌いきるなんて。
私はゲーム時代のスキルのお陰で出来ているのに、イブは片手間に聞いていただけで出来ているのか。
そのあまりの才能の大きさに目がまわるような感覚さえ覚える。
まてよ、呪文として完璧に作用しているってことは。
改めてイブを注視してみる。
イブの持つ、刺繍糸に物品鑑定が反応する。
これは!
刺繍糸に魔力が付与? されているのか?!
慌ててイブの縫った刺繍の方を物品鑑定すると、効果:汚濁防御の文字が。
なんと、魔道具になっている。
あまりのことに頭が真っ白になる。
ゲームの時は一切こんな仕様はなかったぞ。
ポーションを作る呪文はポーション作成の作業工程としてしか効果はないし、魔道具の作成自体、プレイヤーは出来なかったのに。
しかもあの汚濁防御って効果は確か状態異常耐性の一つで、呪い、毒の完全防御だったはず。
ゲームの時もかなりレアだったから、こっちの世界じゃ下手したら国宝級かも。
それに針に魔力を付与しているってことは、他の道具にも、もしかしたら魔力を纏わせられるのか。これはとんでもないかもしれない。
撒き起こる騒動を思うと冷や汗が噴き出す。
イブは相変わらず刺繍を続けている。どうやらとんでもないことをしていることには全く気づいていないようだ。
魔力を使っていることすら気づいていないのかもしれない。
私はどうしていいかわからず、とりあえず考える時間を稼ぐことにする。
そっと部屋を離れ、あえて少し足音を立てて部屋に近づく。
イブは私の足音に気づいたのか、歌うのをやめ、刺繍道具を片付け始めたようだ。
部屋につき、イブにご飯が出来たことを伝える。
「今いくから」
さっきまでの歌声がなかったかのように普通の声でイブは答え、片付けを続けている。
私は先に席に着き、イブもすぐに現れたので食事を始める。
私はその時の食事は、味を全く覚えていない。
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