第33話 閑話 イブ 3
雨の中を走り続ける数十の人の群れ。
皆が鎧を纏い、その上からコートを着てフードを目深にかぶり。
黙々と走り続ける。
一糸乱れぬその走りは、錬度の高さを伺わせる。
先頭を行くのは、その一群の中でも、もっとも小柄で華奢な体格。しかし、その動きの滑らかさと柔らかさ、鎧を着けているとは思えない軽やかさは、他のもの達とは隔絶した力量を伺わせる。
先頭の華奢な人影が突然、歌い出す。
常人には聞き慣れない歌。
しかし、明らかに意味を持ち、力を有する歌。
その歌に合わせ、華奢な体が金色に光りを纏い始める。
それを合図に、集団に属する人々が、その歌に合わせて、同じ歌を歌い始める。
先頭の歌は、高らかで伸びやか、旋律も美しく、異国の歌姫のように空間を満たしている。
それとは比べ物にはならないが、周りの集団も何とか歌として聞くに耐えるものを歌っている。
その歌に呼応するかのように、先頭から徐々に光が広がり始める。
集団全体がうっすらと金色の光りを纏い始める。
チラリと後方を確認した華奢な人影は、徐々に走る速度を上げ始める。
必死に食らいつく、周りの集団。
そのまま何時間走り続けたことか。
ついに先頭の人影が歌を止め、号令をかける。
「訓練やめ。全体停止」
副官とおぼしき、体格の良い騎士が復唱する。
「訓練やめっ! 全体停止っ!」
足を止める集団。
副官とおぼしき騎士に指示を出す華奢な人影。
「第一分隊、第二分隊は行軍に遅れが見られた。副官、貴様の方で総括せよ。第三分隊は歌の錬度が低い。音程は絶対だと思え。第三分隊長は責任を果たせ」
「イエス、マムっ!」
副官と第三分隊長が、答礼する。
「わたしはこれより、作戦本部に出頭する。解散」
すぐさま副官は自分の分隊である第一分隊と、第二分隊長に指示を出し、再度走り始める。
第三分隊も分隊長の指示で、歌の練習のため、宿舎に移動を始める。
踵を返し、別の大きな建物へと向かう華奢な人影。
しばし歩き、本部建物へと入る。
受付でコートを預け、廊下を進む。
時折すれ違う将校達が、視線をよこし、小声で陰口を叩く。
「おい、見ろよ。『キンキラ声楽小隊』のメッキ姫だぜ」
「『英雄』様が本部に来るってことはまた何処かの前線送りだろ」
華奢な人影はそんな陰口など、意識にも上らないといった風に淡々と廊下を進む。
やがて重厚な樫の扉の前につく。
扉の前を護衛する軍曹に声をかける。
入るように指示され、扉を開け、名乗りをあげる。
「北伐軍作戦本部付特務小隊、小隊長イブ・レインホールド少尉、出頭命令につき、出頭しましたっ」
「うむ、入って扉を閉めよ。老骨には雨の湿気が堪えるでな」
そこには北伐軍作戦本部長の姿があった。
枯れ木を思わせる体躯とは裏腹に、いまだ現役で戦闘に対応出来るよう、引き絞られた弓のような緊張感を纏った老人。
それが初対面の時から変わらぬ、イブの本部長に対する印象であった。
イブに着席を促し、本部長は口火を切る。
「レインホールド少尉が、最初に叙勲して騎士として北伐軍に来たときもこんな雨だったの。少尉は雨に縁があるらしいな。叙勲されて、自らの家名を決める際に、わざわざレインホールドという名前を選ぶくらいだしの」
「はっ!」
「相変わらず固いのー。まあ良い。レインホールド少尉、王命である」
イブはその場ですぐさま起立し、椅子から横に移動すると、跪礼の姿勢を取った。
「北伐軍作戦本部付特務小隊、レインホールド少尉に命ずる。可及的速やかに北西部戦線、ガロア砦の奪還作戦に参加せよ」
そう本部長が命じると、懐から羊皮紙をだし、イブに渡す。
「拝命いたしました」
イブは羊皮紙を受けとると、退出の礼をし、本部長の部屋から出る。
そして、この三年間で無数に繰り返してきた出撃がまた、今回も命じられたことを副官に伝えるため、雨のなか訓練場に向かった。
イブの視線はすでに北の敵へと向けられていた。
狂おしいほどの意思、敵を倒さんとする妄執が、その背中から溢れんばかりであった。
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