第7話 万年雪

 町中を常足で、馬を進める。


(問題なく乗れるな。ゲームの時のスキル、様々だ。食料はラインバルブの用意したものが十分インベントリにある。馬用の藁やブラシもOK。寝袋も用意してもらったし、この体ならどこで寝ても大丈夫のはず。町を出たら一度速度をあげてみるか)


 今後のことを考えながら町を進んでいると西門が見えてくる。


(人が多いな。知っている顔が何人もいるぞ)


 西門には、私がこの町でも出会った人達が集まっていた。見知らぬ人間もいる。皆がこちらを見ているようだ。


「皆さん、こんな所でどうされたんですか?」


 アンガスの幼なじみの門番が近寄ってきた。


「ラインバルブの奴から聞いたよ。アンガスの奥さんのためにこれから薬の材料を取りに行ってくれるんだろ? ここに集まったのはみんなお前の見送りに来たんだ。後は家族が七日熱にかかってしまった者も来ている」


 門番が続けて話しかけてくる。


「アンガスのためにありがとうな。確実じゃないことはラインバルブから聞いてみんなわかってるんだ。でも、絶望的だったなかで、お前が唯一の可能性、唯一の希望なんだ。みんなお前に期待しているだよ。思わず見送りに来てしまうぐらいにはな。気をつけて行ってきてくれ」


 周りの人からも次々と声を掛けられる。


 面映ゆさと、思わぬ期待の重さにプレッシャーがすごい。

(こんなに誰かに期待されたことは前世を通じて初めてかもしれない。思い付きで、今の自分のステータスなら万年雪を取りに行くぐらいなら何とかなるだろうと軽い気持ちでいたが……。これは失敗したり、薬が効果なかったら不味いことになりそうだ。そのときは逃げるしかないな)


 内心の動揺を出来るだけ顔に出さないよう、微笑みつつ皆に手を振って馬を進める。そのまま門を通り抜けると一気に速足にして距離を稼ぐ。

(ひきつらずに笑えていたならいいんだが。まあ、終わったことはしょうがない。最悪逃げればいいんだ。気楽に行こう)


 十分くらいで常足に戻す。そのまま一時間進み、最初の休憩に入る。馬の世話をして、初級スタミナポーションを飲ませる。その後も、時に速足を挟んで休憩時には初級スタミナポーションを与えて進み続ける。


 日が沈み初めて来たので本日の夜営地を探す。


(あの木の下にするか)


 大きな木の下に着くとまずは馬具を外して馬の体を拭く。多目に初級スタミナポーションを与え、干し草をインベントリから出し、与える。


 馬が食べている間にクレナイを呼び出す。馬に紹介しておくことにする。


 クレナイを両手で持ち、ゆっくりと馬に近づく。


 馬は、だいぶ警戒しているようだ。


 あまり近付きすぎないようにして、馬にこのスライムは仲間だよと声を掛けておく。どれだけ効果があるかは謎だがなにもしないよりはましだと思いたい。


 クレナイにも初級マナポーションをご飯がわりにあげると、クレナイには周辺の警戒と何か敵性のものがいたら掃除をお願いする。

 クレナイはしゅぴっと敬礼みたいなポーズを取ると、喜び勇んで草むらに飛び出していった。


 その間に私もインベントリから食料を取り出す。

 今日の料理はラインバルブの用意してくれた、黒パンと宿の隣の食堂で分けてもらったクリームシチュー。クリームシチューは温かい鍋ごとインベントリに仕舞ってあったので温かいままだ。鍋のまま、パンを浸して食べ始める。これぞ一人身の気楽さと、パンを食べ終わった所で残っているシチューはまたインベントリにしまう。


 その頃にはクレナイも周辺の掃除から戻ってきたので、そのまま周辺の警戒を依頼する。


 日が沈む。


 火はたかない。クレナイがいれば不寝番もお願い出来るし。

 魔物は火を恐れないらしいので、逆に目立って近寄ってきて危ないらしい。

 寒くないように厚着だけして寝袋を取り出し、潜り込む。


 木の葉が繁っていて、青天井よりは落ち着く。


 目標の山が一日でだいぶ近くに見える。馬のおかげだ。スタミナポーション漬けでだいぶ無理をさせているので、明日の昼には麓に着くはず。


 夕焼け空に夜のとばりがおり始めた。

 睡眠不足のせいか、そのまま眠りにつく。明日は日の出と共に起きることを誓って。



 翌朝、日差しで目が覚める。

(うーん。よく寝た。太陽の位置はどれどれ。うん、そこまで寝過ごしてはいないな)


 馬に水をあげる。昨日与えた干し草がまだ残っているようだが、少し追加しておく。


 自分の分は手早く焼き串をインベントリから取り出し、済ませる。


 身嗜みを整え、夜営地の物を全てインベントリに突っ込み、出立する。


 昨日と同じペースで進み、馬にも潤沢に初級スタミナポーションを与えていく。


 何回か休憩を挟み、太陽が中天に差し掛かった頃、ようやく山の麓に到着した。


 山の麓には小さな町が広がっていた。

 この山は銅の鉱脈があるらしく、採掘の鉱夫と、銅の買い付けに来る商人相手の商売を営む人間の町らしい。

 私はすぐに商人用の宿を取ると馬を預け、登山の準備を始める。

 宿の食堂で追加の食料を調達し、町の小さな役場で登山の申請を行う。

 ついでに根雪になっていそうな場所を聞くと、町のある登山口側の北斜面の谷間は広範囲で根雪があるとのこと。

 お礼をいい、ラインバルブに言われたままの登山手続きを済ますと、さっそく登山を開始する。


 登り続けること数時間、時たま襲ってくる魔物は全てクレナイが撃退してくれている。

 特に、トンビのような魔物の生息数が多く、ひっきりなしに襲撃がある。

 この度にクレナイが刺を出して串刺しにしていくので、インベントリにはトンビの魔物の死体が大量に貯まっていく。


 そうして登り続けること数時間、周囲に雪が残っている景色が出てきた。

 物品鑑定を使う。


(まだ十分な品質のものはないな)


 完全に谷に入り込み、足元が積もった雪で取られ始める。

 もう、周りは一面の雪景色となっているが、相変わらず周囲には十分な品質のものが見つからない。


(あっ、表面にある雪じゃ駄目に決まってるっ。掘らなきゃいけないんだ。)


 私はクレナイにも手伝ってもらい、足元の雪を掘り始める。

 重たい。

 いくらレベルMAXとはいえ、魔法職の錬金術師。全く掘る速度が上がらない。クレナイも掘る作業は苦手なのか、あまり役に立っていない。


 暫し悩んだあと、簡単な解決を思い付く。


 雪を入るだけインベントリに突っ込む。

 雪面が半球状に抉れた状態になる。

 人の目が無いことをいいことに、どんどんインベントリに雪を突っ込み、穴を深くしていく。

 底を物品鑑定しながらインベントリを使って穴を掘り続けていると、ついに十分な品質の雪が現れてきた。


 私はクレナイに頼み、底まで抱えて降りてもらう。

 底に両手をあて、触媒化の歌を歌う。

 触媒化も夢見草に続き2度目。

 大きなトラブルもなく、無事に触媒化に成功、触媒:万年雪を手に入れることが出来た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る