第6話 流行り病

 西門を通って町に戻る。


 何事もなく門を通ろうとすると、門番に声を掛けられる。


「あんたがカルドって薬師かい?」


「ええ、カルドは私ですし、薬師の真似事をしてますよ。何かありました?」


「雑貨屋のアンガス、知っているだろ。何でもお願いがあるらしく、いつでもいいんで店に来てくれないかって伝言を預かっていたんだよ。ちょうど通りかかって良かった」


「なるほど。まあ今時間あるんで、行ってみますね」


「それは良かった。実はアンガスの野郎とは幼なじみなんだが、今、奴は大変でな。よろしく頼むわ」


「はい、わかりました?」


 不思議に思いながらも行ってみればわかるかと、アンガスの雑貨屋に行き先を変更する。

 採取はクレナイのお陰でスムーズに終わったので夕食には早い時間だ。今後ポーションの卸し先でお世話になる可能性も高いので、話だけでも聞いてみるかという気分で足を進める。


 アンガスの雑貨屋に着いたので中を覗きこむ。


 アンガスは相変わらずカウンターで作業をしているようだ。


 声を掛けながら中に入っていく。


「こんにちは。何か用と門番の方に聞いてきたんだが」


「おお! カルドさん、良かった! お茶でも入れるよ、こちらに!」


 アンガスは昨日より顔色が悪いようだ。

 私は進められるままに店の奥に入り、席に着く。


 アンガスもすぐにお茶を持って席に着く。ラインバルブの所でもらったお茶に比べると普通のお茶のようだ。ややぬるい。


 ひとまず気になったことを聞いておく。


「アンガスさん、私の名前をどこで? 昨日は名乗りませんでしたよね?」


「ラインバルブに聞いたんだ。奴とは長年取引があってね。妻の見舞いに来たときに、カルドさんのことも」


「そうだったんですね。奥さんは具合が良くないんですか?」


「ああ。話というのもそれなんだ。今、この国では流行り病が流行しているのは知っているかな。皆は七日熱と呼んでいる。七日間前後、高熱が出続けて、その熱に負けて死んでしまう。四人に三人は助からない。効く薬もない。この町でも流行り始めてしまって。昨日から妻も高熱で意識がないんだ。七日熱にかかっちまったんだ」


 そういうとアンガスは俯き、頭を抱えた。  


(流行り病か。知らなかった。七日熱、聞いたことないな。町の雰囲気が重苦しかったのは、それか。)


「カルドさんのライフポーションで昨日は少しは楽そうにしてたんだけど。今日になったらもう意識がないんだ。熱もどんどんあがってしまって。なあ、頼むよ、何とかならないか。あんた薬師なんだろ。俺じゃダメなんだ。薬ひとつ作れない」


 そういってアンガスはさっきまで作業していた方に諦めの視線を送る。


「妻は、ずっとこんな俺を支えてきてくれたんだ。それなのに、このまま死んじまうなんて。そんなの耐えられない」


「アンガスさん、落ち着いて下さい。ひとまずライフポーションの効果の強いものはあります。これはお売り出来ます。でも、効く薬は無いんですよね? 私も残念ながら知らないでし、作れる薬も限られてるんです」


(我ながら甘いが、何だか肩入れしたくなるから仕方ないよ、な)


 そういって初級スタミナポーションをインベントリから取り出し、アンガスに手渡す。その時触れたアンガスの手は燃えるように熱かった。


「アンガスさん、あなたも熱が!」


「俺はいいんだ。これぐらい。ライフポーションありがとう。これが代金だ。」


「確かに受けとりました。ただ、このポーションは体力を回復させるものです。いくら効き目が強くても治るわけではないですよ。」


「わかってる。でも、少しでも楽になってくれるならその価値はある。薬を妻に飲ませてきていいか?」


 そういってアンガスは店の奥に向かった。

 その間に考えを整理する。


(アンガスはああいっているが、やっぱり効果は乏しいだろうな。ここまで聞いた話だと致死率が75%、死因は高熱によるものって言っていた。前の世界だと、人は熱だけで死ぬことはなかったような。別の原因がありそうだが。そもそもゲームの時は、状態異常はあっても病気はなかったし。病気を治すポーションだってなかった。だから、何とかしてあげたいが、私に出来ることなんて無いんだよな。……んんっ、状態異常? もしこの世界がゲームに似ていて、七日熱の正体が、熱による継続ダメージで、その影響で死んでしまっているなら……)


「もしかしたらあれなら何とかなるか」


 私の呟きに、ちょうど戻ってきたアンガスが思い切り、私の両肩を掴む。


「何か手立てがあるのか!」


「落ち着いて。可能性の段階ですし、何より材料が足りません」


「可能性があるんだな! 材料って、何が要るんだ? どんな手を使っても手にいれて見せるから」


「だから落ち着いて下さいって。材料は長年溶けずに残っている氷か雪。いわゆる万年雪が必要何です。夏でも雪が溶けないぐらい標高の高い山とかにあるんですが」


「雪の溶けない山ならあそこにある」


 そういってアンガスは西の方を指す。

 言われてみれば西に山が見える。頂上付近は白く雪を被っている。


「西の街道沿いに歩きで4日だ。馬なら二日。全財産はたいて馬を買えば間に合うはず」


「アンガスさんは熱があるでしょうに。いいですよ。私、行ってきますから。採取にコツもあるし」


(ゲームの時に乗馬スキル取ったから何とかなるだろ。それに万年雪が取れたら無駄にはならないし)


「ただ、馬を買う先立つものがないんで。効力の強い方のライフポーションはどれだけ買って貰えます?」


「ありがてえ。俺は三つが限界だ。ラインバルブの奴ならだいぶ買ってくれるはず。奴は利益に目ざとい。ちょっと呼んできてもらうように頼んでくる」


 そういってアンガスは部屋から出ていった。


(ラインバルブはやり手そうだから、あんまり情報とか晒したくは無かったんだから仕方ないか。せっかく色々出来そうなスペックのある体なんだ。後悔のないように行動しよう。採取はクレナイが居るから大丈夫だろう。後は馬の手配と登山道具諸々か。ラインバルブに丸投げするか)


 その後すぐにラインバルブがやって来た。

 初級スタミナポーションとマナポーションを勿体ぶってラインバルブに売り付けると、馬や登山道具の手配をお願いする。

 どうやらラインバルブもアンガスの奥さんのことは気にかけていたらしい。


(でもラインバルブはきっと七日熱の薬で大儲け、とも考えているだろうな)


 それでもラインバルブは事情を聞くとすぐさま手配を開始した。さすがの手腕を見せ、あっという間に準備が整う。一時間も経たないうちに、私は馬上にいた。


 山への詳しい道筋もきき、私は山に向け出発した。

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