第10話 戦禍の足音

 あれから一週間に4日ほど、午前中の時間だけマルティナさんが店員としてうちのお店で働くことになった。


 お店の営業時間? もちろんマルティナさんが居るときだけオープンです。

 基本的な接客はお任せ。営業時間は私は売り場には顔を出さないようにしてます。

 目立ちたくないしね。


 売上と帳簿管理、商品の補充分の作成だけが私の仕事です。まあこれぐらいはやらないとね。それも慣れてくると二時間もかからない。

 基本週八時間勤務の超ホワイト職場です。


 商品のラインナップは劣化スタミナポーションと清浄ポーションをメインにして、限定で初級スタミナポーションと初級マナポーションを置いている。

 今のところ両方とも1日限定10本ずつ。これはここ数日はいつも開店と同時にあっという間に売り切れる。


 増産をって声も物凄いらしいけど、そこは巧くマルティナさんに捌いていってもらってる。

 ここら辺一帯の奥さまネットワークは凄くて、だいたいが顔見知りの知人とか、どっかで婚姻関係で繋がってたりするらしく、酷いクレーマーとかは今のとこ居ないみたい。


 ですので今のところ増産はしません。プレミア感は大事ですから。


 劣化スタミナポーションは近隣の肉体労働の方々に人気とのマルティナさん談。これは大量生産が簡単だし、ある程度価格を抑えている。看板商品になりつつあるね。


 清浄ポーションは旅をする人に大人気らしく、商人の人が自分用にも転売用にも大量購入していく。

 こっちは劣化スタミナポーションに比べて大量生産が大変なんだけど、頑張って歌って歌って、作っている。

 周囲が清潔な方が嬉しいので。



 もちろん瓶もしくは容器は持参方式で。昔の豆腐売りみたいだ。


 開店してすぐくらいはお客さんも少なくて、のんびりした雰囲気だったんだけど、最近はお客さんの口コミ効果で繁盛している。

 そろそろマルティナさん1人に任せるのは大変そうなので、マルティナさんに誰か知り合いを紹介してもらえないかお願いしてみよう。


 マルティナさんも顔見知りの方が働きやすいだろうしね。



 数日後、お店が終わった後、マルティナさんとランチミーティングと洒落込み、近くの食堂に向かっている。


 なんだか人だかりが見える。


 ざわざわと騒がしいが中心で誰かが騒いでいるのを回りで群衆が取り囲んでいるようだ。


 デジャブを感じる。


 面倒事は避けたいので、手前の路地を曲がり、迂回する。


 マルティナさんに何か知らないか聞くと、前に西門で予言だなんだと騒いでいたおじいさんがここ数日、また騒いでいるらしい。


 七日熱は無事に終息したはずなのに何でか聞くと、1人の旅人の話した噂話がそもそものことの発端らしい。


 そこまで聞いた所でお店に着いたので、とりあえず中に入る。


 込み入った話をするつもりはなかったので、テラスの席に座り注文する。メニューはおすすめセットしか無いので、否応なしにセットを2つ頼んだ。


「マルティナさん、さっきの続きなんだけど」


「ええと、その旅人が言うには、はるか北の地で大きな争いがあったそうですよ。町中その噂でもちきりですけど」


(町中って言っても、私は基本引きこもってポーション作ってるだけだから)


 マルティナさんの呆れたような目をスルーして続きを促す。


「そうなんだ、それは怖いね。それで何で例の予言のおじいさんはまた騒いでいるの?」


「あたしも詳しくはないんですけど、予言の中で、病の告げるベルが鳴り響くと北から争いと災いが広がるって言われてるらしいですよ」


「へー。ああ、七日熱が終わって、その旅人の噂を聞いてそれがまた予言と合致していたって言って、あんな騒ぎになったんだ」


「そうらしいですね。子供たちまで予言ごっこって真似しちゃって大変なんですよ。それに、その後も町に寄る旅の人たちがどんどん噂を伝えて来るし」


「やっぱりみんな北の方で争いがって?」


「それがですね、実は噂はバラバラなんです。ある人は国同士の大きな戦争があったとか。またある人はどこからか魔物の大群が攻めてきて、北の国々が団結して戦っているとか。はたまたある噂だと、未知の軍勢が何処からともなく現れて北の国々で暴れているとか」


「それは確かにバラバラだね」


「だからみんな噂をするんでしょうね。私はこう聞いた、俺はああ聞いたってみんな言い合ってますし」


 そこまで話した所で、ランチが来る。


 今日のランチは鶏肉のソテーのようだ。どうも、この鳥も魔物のようだが食べれるらしい。


 話しもそこそこに、早速食べ始める。


 まずは鶏肉にナイフの刃をたてる。皮がパリッとわれ、ぷりぷりの弾力にとんだ肉に到達。軽くナイフを引くとスッとナイフが肉に潜り込んでいく。

 これだけでこの鶏肉への期待が高まる。


 さっそく口に運ぶ。


 皮はサクサクで香ばしい香りがまず鼻に到達する。

 噛むと、サクッとした触感のあとに、すぐに柔らかな肉質から滲み出る鳥の油。

 その旨味が口一杯に広がる。期待に違わぬ美味しさ。


 二口目は皿の回りに掛けられている黄色いソースをつけ、口元に運ぶ。

 香りを嗅ぐと、どうやら甘酸っぱい果物ベースのようだ。そのまま口に放り込む。


 かぐわしい香ばしさと鶏肉の油の旨味を再び堪能する。その旨味が口一杯に広がった後に、ソースの爽やかな酸味で鶏肉の油が洗い流される。

 その絶妙なバランス。爽快感さえ演出されている。


 ソースをつけるといくらでも食べられそうだ。

 そのまま夢中で鶏肉のソテーを完食する。


 テーブルの真ん中には黒パンが置かれている。


 マルティナさんを見ると、彼女も鶏肉のソテーは完食した様子。そのまま様子を見ていると、彼女はおもむろに黒パンに手を伸ばし、手元の葡萄酒に浸して柔らかくすると一口大に黒パンをちぎる。そしてそのまま皿に残った鶏肉の油とソースに浸けて口に運ぶ。


 満足そうな笑顔を浮かべて黒パンを食べ続けるマルティナさん。


 私も真似をして黒パンを葡萄酒に浸してみる。


 柔らかくなった所を千切るには指が濡れてしまうが、構わず千切り始める。そのまま皿に黒パンを突っ込み、丹念に油とソースをぬぐいとる。


 濡れた手から滴が落ちない用に慎重に口に運ぶ。


 うむ、悪くない。ただ、葡萄酒とソースの2つの酸味がやや強いから好みは別れそうだが、私はいける。


 慎重に指をナプキンで拭い、二口目に挑戦する。


 マルティナさんは慣れたもので、次々と黒パンを千切り、口に運び、もうすぐ食べ終わりそうだ。


 私もペースをあげる。


 どうにかマルティナさんをあまり待たせることなく、無事に食べ終わる。


 食後のお茶を飲みながら、本題の、お店の現状について意見交換を行う。

 その流れで店員を増やすことを検討している事を伝える。誰か紹介してもらえないかお願いし、無事に快諾をしてもらう。


 こうして初めてのランチミーティングは無事に終了した。





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