第8話 帰還と予言と

 三叉路の町に帰ってきた。


 帰り道は順調ではあったが、アンガスの奥さんのタイムリミットが刻々と迫っていると思うと気が急いて仕方なかった。


 西門をくぐる。


 なにやら辺りが騒然としている。


 人だかりが見える。中心では一人の老人が金切り声をあげて何か叫んでいるようだ。

 周囲もうるさく、老人の金切り声も聞き取りづらく、何を話しているのかはわからない。


 近くにアンガスの幼なじみの門番がいたので、挨拶がてら聞いてみる。


「やあ、ただいま。戻ったよ。あれはなんの騒ぎだい?」


「おお! 無事に帰ってこれたんだな! あれは人騒がせなじいさんが騒いでいるんだよ。それで、材料の方は?」


「材料は無事に手に入ったよ。後は宿に戻ったらポーション作ってみるつもりだ」


「そうか、材料、手に入れてきてくれたんだな……」


 そういうと、門番は天を仰いで片手で顔を覆った。


 その様子に違和感を感じる。


「……もしかして、アンガスの奥さんは」


「ああ、今朝亡くなったんだ。アンガスもすぐに後を追うように。アンガスの奴、自分も七日熱でふらふらなのに奥さんのそばを離れようとしなかった。看病を続けてそれで体力を消耗しちまったのか、仲良く逝っちまったよ」


「そう、か」


 私はかける言葉もなく俯いてしまう。


「アンガスは言ってたんだ。もし、カルドの旦那が無事に薬の材料を取ってきてくれたのに、奴が死んじまってた時は、無駄にしちまって申し訳ないって。でも、その薬は必ず町を救うことになるはずだって。だから、せめてものお礼にアンガス達の店をやるってさ。夫婦二人でやってた店だし、他に継がせるものもいないからって」


「そんなの、買いかぶり過ぎですよ、アンガスさん」


 私はいざとなれば逃げればいいんだと思っていた自分が無性に腹立たしくて仕方なかった。

 今の自分のレベルとスキルならどうとでもなるさという、軽い気持ちがどこかにあったんだろう。

 そんなことを考えている暇があれば、もっと急いでいたら間に合ったかもしれないのに。


 私が後悔の念に囚われていると、ラインバルブがやって来た。


「カルドさん、お帰りなさい! 薬は?」


「材料は手に入ったんでこれから作るつもりでした。でも、もう」


「ああ、アンガス達のことを聞いたんですね。私も友人として悲しいです。それにカルドさんがそこまで悲しんでくれるなんて」


 悲しんでいるのとはちょっと違うな。少しの時間接しただけで、赤の他人といってもいい相手ではあった。それでも頼まれたことを安易に引き受け、失敗してしまった。原因も、自分の慢心がなかったと言えないことがやるせない。


 そんな私の気も知らず、ラインバルブは話し続ける。


「でも、今は一刻を争うんです。もう、この町は限界ギリギリなんです。七日熱は猛威をふるい、住民達の不安は高まるばかり。いつ、どんな形で爆発するか」


 ラインバルブはそういうと、騒いでいる老人の方に視線を向けた。


「古い予言があるんです。世界の終焉を予言している、普段なら与太話にしかならないような話です。でも、今は住人達の不安の矛先になり、いつ、暴動になってもおかしくない。あの老人とその取り巻きはその予言を声を高らかに騒いでいるです」


 そこで門番も話に入ってきた。


「ちょうどその予言とやらに、七日熱みたいな熱病が、終焉を告げる始まりのベルだとか、なんだとかって記述があるらしくてな。こんな情勢で信じちまってる奴も多くて。下手に取り締まると、どう不満が爆発するかわからないからまだ様子見してるんだ」


 またラインバルブが話し出す。


「そんななかで、もし薬という希望があったらこんな騒乱はあっという間に落ち着くんです。お願いします、カルドさん。ぜひ、この町のため、薬を作ってください」


 私はラインバルブの言葉に無言で頷く。元々薬は作るつもりだったし、小市民の自分としてはここで断る理由もない。


 さっそく前に泊まっていた宿に向かう。

 手配はラインバルブに頼み、部屋に一人にしてもらう。


 一人になると、もやもやとアンガス夫妻の死、不吉な予言の存在などの雑念に苛まれる。何とか気持ちを振り切り、錬金術の準備に取りかかった。


 いつものように、インベントリからビンと触媒:万年雪を取り出し両手に持つ。

 一つ大きく深呼吸し、集中力を高め、高らかに歌い出す。

 それと共に魔力を練り上げていく。


 高く高く。ただひたすらに歌い続け、ポーションが完成する。


 物品鑑定をすると、無事に、耐熱ポーションが完成していた。


 ひとしきり確認した後、部屋を出て、宿の一階へと降りていく。

 宿の一階にはラインバルブとリッヒの二人が、今か今かと待ち構えていた。

 ラインバルブにポーションを渡しながら説明をする。


「このポーションになります。こちらの名前は耐熱ポーションです。七日熱の死因の一つが熱によるダメージではないかと考えました。この耐熱ポーションはその、熱によるダメージを無効化します。つまり、熱によるダメージがなくなるっていう薬です。」


「素晴らしい! そして全く聞いたことのない薬だ。さすがカルド殿。して、お値段の方なんですが」


「それなら今回は無料か格安でいいです。報酬は実はもう頂いているんです」


「アンガスの店をもらうという話ですね。確かに遺言されているので、それは実現するでしょう。それに今回は町全体に配らなきゃ行けないものです。お気遣いありがとうございます。格安にしてくださるのは大変助かります。今回の件では大きな借りが出来ましたね」


「まずは薬が効果があるか試して見てください。耐熱ポーションを一口で1日持ちます。ちょうど一瓶で七口分です。理論上は熱のダメージがなくなれば、助かるはず」


「重ね重ねありがとうございます。私はさっそく七日熱にかかっている人のところに行き、効果を確かめて来ます」


 ラインバルブはそういうと足早に立ち去った。

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