第11話 薬屋の日常
ランチミーティングの日から数日がたった。
あとあと、無事に店員の追加採用も進んだ。マルティナさんのお友だちのご婦人で、暇のある人を紹介してもらい、先日から働いてもらっている。
そして最近では町の役所からの一括納品の注文が増えている。
具体的な折衝はマルティナさんにお任せしている。私はマルティナさんの取ってきた注文を元に、せこせことポーションを作るだけの簡単なお仕事です。
その関係で店の方の接客はマリアさん(例のマルティナさんの友人で、新人の店員さんだ)に大部分をお願いしているようだ。
気心を知れた友人同士、上手く役割分担をしてやっている様子。
私は今もマルティナさんの取ってきた注文を部屋でこなしている最中。
最初の頃は劣化スタミナポーションばかりだったんだけど、今は初級スタミナポーションの製作が増えている。
限定10本のしばりは、役所からの納品依頼の時は目をつぶっている。この世界でお上の権力というのは、馬鹿にならないからね。
また一本、歌を歌い終わり、手のなかには黄色い液体が詰まったポーションが完成。
ふー。後二十本か。頑張ろう。
もう、無意識でも作れるようになってきた初級スタミナポーションの呪文を歌いながら、納品を取ってきた時にマルティナさんから聞いたことを思い返していた。
「なんだか最近、お役所からの納品依頼が増えてない?」
「店長、この前話しましたよね? 北の方の争いの噂話。」
「そういえば聞いたかも~。なに、この町も戦争の準備でもしているの?」
「戦争に備えてるって言うのもあるかも知れないですけど、大部分は難民が増えているせいですよ。難民の話、町で持ちきりですけど何も聞いてないんですか?」
ジト目でこちらを見てくるマルティナ。なんかデジャブだ。
「えっ、争いってやつから逃げてきた人たちがここまで来てるの? 遠い北の方って話じゃ無かったっけ?」
「この町まで来ているのはごく少数らしいですけど、この国の北の地域の町村では難民がごった返して大変なことになってるらしいですよ。それで支援物資として国からの命令で、各種物資が集められているそうです。」
「ふーん。意外とちゃんとしているんだね。なんかこう、もっと冷徹に難民なんか捨て置くって感じかと思ってた」
「どちらかというと、一地域に留めて国全体の治安の悪化とかを防ぐのが目的らしいですよ。北の方の争いがいつこの国まで来るかわからない状況で、難民が国中で問題を起こしていたら対応が後手に回ってしまいまうからって。お役人が言っていました」
「ふーむ。なんかこの国の上層部は有能そうだね。町のお役人の人まで国の政策を理解しているなんて」
「まあこの町も商業に特化しているので、物資の集積、輸送で重点的に指示がされてるからかもしれません」
つらつらとそんなマルティナさんとの会話を思い起こしながらポーションの作成を続けていたが、ようやく今回の納品分の作成が終わった。
外はすっかり暗くなっている。
雨も降っているようだ。
珍しい。
この世界にきて、初めての雨だ。
そういえばこっちの季節とか雨季の有無とか知らないな。
これからもし雨季だったら雨具を用意しないとな。
外を眺めながらそんなことを考えていたが、お腹が鳴ったので夕御飯にすることにした。
雨のなか、食堂まで行くのも億劫だったので、インベントリにしまってあった非常時用の焼き串を取り出して手早く済ます。
やることもなくなったので、寝てしまうかと思った時、なにかがドアにぶつかる音が聞こえてきた。
もしや強盗か? とクレナイを呼び出し、いつでも防御できるようにお願いすると、そろそろと、音を立てないようにドアに近づく。
この町で私を殺せるような高レベルの強盗は、万が一にも居ないとは思う。それでも、長年の習慣か出来るだけ気付かれないよう、そっと扉を開けて外を覗こうとする。
扉が開きにくい。
何かが引っ掛かっているようだ。
一度扉をしめ、ゆっくり後ずさる。
不用意に顔を出すような真似はさすがにしない。
そこを狙って首や目を狙ってナイフがってのが、容易に想像できる。
クレナイに、敵性存在がいたら可能であれば捕獲、不可能であれば排除か撤退をするようにお願いする。
クレナイはスルリと影から抜け出し、薄く薄く広がるとドアの下の隙間から外に出る。
・・・何の物音もしない。
すぐにドアが開かれる。
クレナイが体を変形させ、ノブを包み込んで回して開けたようだ。
そのクレナイの下には、ずぶ濡れで傷だらけの子どもが、気を失って倒れ込んでいた。
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