第53話 晩餐会 後編
改めて目の前の中年貴族をよく観察する。
なかなか渋い感じの中年だ。尊大さが端々から感じられる。
今もワインをくねらし、こちらを気にした風もなく、悠然としている。
「この国の特産品はワインなのだよ、しっていたかな?」
急に話しかけてくる。
「いや」
私は言葉短く、答える。
ほぼほぼこいつは敵だろうと、警戒する。
「色々と、考えているようだけど、楽にしたまえ。もう、すべては決まったんだよ。足掻くだけ無駄さ」
私は内心の疑問を隠し、とぼけてみる。
「それはどうかな?」
その貴族はワインを啜りながら話し続ける。
「ふむ、どうやら本当に色々わかってないようだ。よし、少しなら教えてあげるかな」
「それは親切なことで」
「なになに、こちらとしては感謝の気持ちだよ」
そういうと、貴族はワインをメイドに渡し、立ち上がって歩き始める。
どうやら演説するときは歩きたい奴らしい。
身ぶり手振り大袈裟に話始める。
「まず、私のことはリムリールと呼んでくれたまえ。その方が分かりやすいだろう。我々はずっと君を探していたんだ。神の手の触れた特異点たる、君をね。君はこの世界で随分と力を分けてきたみたいだね。お陰で集めるのに苦労したさ。でも、ようやくこの場所に揃った」
「シロガネと、イブのことか」
「レインホールド少尉は少し違うんだがね。あれは我々から見てもよくわからない。どちらかといえば、君の使い魔たちだね。なかなか苦労したんだよ? 手加減したり、負けた振りをしながら自然にここまで誘導するのは。こうしてすべてがここ、王都に揃い、儀式の準備も整った。抵抗しても無駄だよ。絶対に逃げられないからね」
「……何がしたいんだ、お前たちは」
「自分の価値を知らないらしいね。カルド、君には膨大な魔力が詰まり、周囲の運命をねじ曲げる特異点としての性質を有している。知ってたかい? レインホールド少尉の部族に伝わる予言を?」
「……いや、知らないな」
「そうか。その予言では大地を焼く熱、海エルフの予言では大寒波とも言われている、モノ。それって、君のことなんだよ。君の持つ膨大すぎる魔力はこの世界自体を蝕んでいるのさ。君の存在と魔力が、世界の抗体反応を引き起こしてきたのさ」
リムリールはメイドからワインを奪うと一気に煽り、グラスを投げ捨てて話し続ける。
「その抗体反応が、ある場所では、これまで存在しなかった伝染病となり、また別の場所では人々を狂わせ、互いに争わせる。つまり、君の存在はあるだけで、この世界にとっては悪ってわけ。少しは自覚があるから、ここ数年、塔に籠って色々調べてたんでしょ?」
だんだんと言葉遣いが崩れはじめるリムリール。
それにあわせて、姿も変化しはじめる。
こいつは完全に敵だな。
私は、所詮敵の戯言、嘘か本当かわからない与太話として、投げやりに聞き返す。
「じゃあ、お前たちはなんなんだよ? この世界に何しにきた?」
「この世界から君という害悪を取り除いてあげる善意の第三者、かな。君に分かりやすく言えば、この病んだ世界に打ち込まれたワクチンといった所だね」
「嘘つけ、善意の存在がこうやって国を乗っとるもんか」
「まあ、ボランティアじゃないからねー。手間賃として、この世界を我々に少し住みやすいように換えさせてもらうだけだよ」
「最初から相容れないとは思っていたけどね。もういいだろう。死ね!」
私はそういうと、クレナイに攻撃の指示をする。
影から伸びるクレナイの粘体の槍は、しかしリムリールの不可視の障壁で易々と弾かれてしまう。
「おやおや、まだ色々話してないんだけどなー。でも、こうなったらお話は終わりか。じゃあ儀式をはじめるとしよう」
そういうと、リムリールは大仰に両手を広げ、一度、拍を打つ。
「蕀の鳥籠、世界転変の理。雛鳥たる根源世界の特異点よ。雛鳥から新世界の礎たる擁卵へと可逆したまえ。第八世界のリムリールが命ずるはこの世界の願いなり」
恍惚とした表情で訳のわからないことを唱え続けるリムリールの顔面にクレナイも攻撃を集中する。
僅かに障壁は削れているようだが、すぐに修復されるのか、届かない。
私は一つめの切り札を切る。
「クレナイ、配下支配権限を委譲する!」
攻撃の合間に粘体でガッツポーズするクレナイ。
「スライム全員攻撃開始! クレナイの統制に従え!」
私の影から、溢れだす千体を越えるスライムたち。ここ数年作り続けてきた使い魔をすべて放出し、クレナイの統制下で一斉攻撃させる。
すべてのスライムから、粘体の刺突が五月雨のように繰り出される。
そのすべてがクレナイの制御下に置かれ、一切のエネルギーの無駄もなく、ただ、リムリールの障壁を突破するために注がれる。
一撃一撃が、岩を砕くほどの威力の刺突が、一秒に満たない間に千を越える回数叩き込まれる。
さすがの障壁にもヒビが入りはじめる。
その時、リムリールは祝詞らしい戯言を唱えながらニヤリと笑う。
すると、地面からするすると半透明のイバラが伸びてくる。
地面から無数に伸びたイバラが、私に、クレナイに、スライム達に巻き付く。
触ろうとしても、触れられない。
実体がない?
動きを阻害するものでは無さそうだ。しかし、半透明のイバラがどんどんと体の中に侵入してくる。
体の中でイバラが暴れだす。体中から存在を書き換えられ、魂を浸食されるような悪寒がはしる。
あまりのおぞましさに思わず膝をついてしまう。
スライムたちにも巻き付くイバラ。スライムたちはそれでも攻撃を続けるが、先程までの勢いはない。
ついに意識が朦朧とする。もうだめかと思ったとき、扉が蹴破られる。
先頭に立つのはイブ。続いて兵士たちが雪崩れ込んでくる。
「屠りつくせっ!」
イブの雄叫び。そして誰よりも早く突き出された、イブの金色に輝く刺突。
剣先が脆くなっていた障壁を突き破り、リムリールの心臓を一突きにする。
ぐちゅぐちゅと、崩れ出すリムリール。
しかし、不可触のイバラは消えない。
兵士の1人が叫ぶ。
「隊長! 本体は、あのメイドだ!」
──ああ、あの兵士がイブの近くにいるドリームウォーカーか。
朦朧とした意識のなか、私は推移を見つめる。
隅でうずくまり、怯えた振りをしていたメイドが、飛び出すように全速力で走り出す。
その口は祝詞を唱え続けている。
イバラの浸食が一層激しくなる。
先ほど叫んだドリームウォーカーの兵士が一番リムリールの本体に近い。
咄嗟に振るわれた兵士の剣が、鮮やかにメイドの首を切り飛ばす。
リムリールの首は、空を飛びながらも、満面の笑みを浮かべ、祝詞を唱え続ける。
リムリールの体だけが走り続けている。
イブが叫ぶ。
「心臓を狙え! カルド!」
どうやらリムリールの体は頭を失い、走る進路が逸れたらしい。
──私が一番近い、な。確かに。
私はイバラに全身を喰われながら、右手の拳に力を込める。
レベルMAXのステータスに任せて、大きく振りかぶり、リムリールの心臓を目掛け殴り付ける。
右手が、当たる。
そのレベルMAXのステータス任せの拳が、リムリールの体を撃ち抜き、体ごと心臓を破裂させる。
心臓を失ったリムリールの頭がさらさらと砂に変わり始める。
しかし、砂に成りながらも、祝詞を唱え続けるリムリール。
ちょうど祝詞の最後の一音を発する口の形を作った所で、完全に砂になる。
しかし、時すでに遅く、儀式が発動してしまう。未完成のまま。
──王都を上空から見ているものが居たならば、こう言うだろう。
まるで真っ白な卵のようだった、と。
どこからともなく溢れだした真っ白な光──暴走したカルドの保有していた全魔力──が、すべてを飲み込む。
それは王城を包み込み、そのまま膨らみ続け王都自身を包み込む。
一瞬の静寂。
しかし、すぐに光で出来た卵が割れるように、更なる光が溢れだし、暴れだす。
暴走した魔力が、世界を飲み込み始める。
白一色に埋め尽くされる世界。
それは、未完成の術式のまま、誰もが望まぬ形へと世界を作り替え始める。
これが、後世から、大災渦の時代と呼ばれる日々の始まりとなった。
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