第48話 閑話 シロガネ 9
全身が、だるいです。
無意識に、首に巻き付けられている首輪を、片手で撫でます。
その首輪からは鎖が延び、地下牢の檻の外にいる番人に握られています。
今日の番人は、女です。
見た目は女ですが、中身はどうせ化け物でしょう。
ここには化け物しかいないのですから。
命を食らう化け物。
ぼんやりとする頭で、ここにつれてこられた時のことを思い出します。
そんなに経っていないはずなのに、もう、あやふやなイメージしか残っていないですね。
伸びてくる無数の手。
突然首に触れる冷たい感触。
そこから始まる、まるで、命を、魂を丸かじりされているような、不快感。
また、無意識のうちに片手で首輪を撫でています。
この首輪のせいで、能力が著しく制限されてしまっています。
ホムンクルスである、わたくし自身の、人造霊魂が生み出す活力を吸いとられてしまっているようです。
そのため、だるいし、頭は回らないし、力も出ません。
スキルもスカスカです。爆弾魔スキルは発動すらしませんでした。
当然、暴れれば罰が待っています。
化け物どもは躾と称していますが。
首輪といい、まるで犬扱い。
普段は気にならない石畳の地面の冷たさが体に染みます。
体が弱っているからでしょう。
どこで選択を間違えてしまったのでしょうか。
そういえば、リムリール先生、いや、もうリムリールでよいですか。リムリールとの再戦はかなわないかもしれないですね。
このまま、この湿った石の地下牢に閉じ込められ、ずっと命を吸われ続けてしまう。
だんだん思考の精度も落ちて参りました。
先程から同じ思考が、ループしてしまっていますね。
何か違うことをしなければ。
わたくしは無意識に首輪を撫でていた指を離し、手のひらを見つめます。
指は細かく震え、色は土気色。
そっと指を握りしめ、魔力を込めます。
……ダメですね。魔力は集まるそばから吸われてしまいます。
そっと指を開きます。
これだけの動作でも疲労感が広がります。
動かなくてもできること。
わたくしはステータスを開きました。
○スキル一覧
人造霊魂レベル1
異世界知識レベル1
毒舌レベル3
工作レベル1
石器使いレベル1
道化師レベル2
アイアンクローレベル1
爆弾魔レベル1
釣りレベル2
霊感レベル1
盗賊レベル1
逃げ足レベル1
吸魂レベル- new!
見たことのないスキルが生えています。しかもレベル表示がおかしいです。
数字が入っていませんね。
説明を見てみましょう。
吸魂レベル-:魂を吸う。成長しない。魂を吸われた経験を持つものが得る。
なんの説明にもなっていません。唯一、今、わたくしが魂を吸われていることはわかりました。
ダメもとです。
使ってみましょう。
わたくしは、なにか変わってほしいっ、と願いをこめ、吸魂スキルを使用します。
……何も変化はない、ですね?
これも他の多くのスキルと同じ、クズスキルです。
スキルの発動を切ると、どっと疲労感が押し寄せてきました。
まるで、押し止められていたものが、溢れ出すように。
っ!
わたくしは念のため、もう一度吸魂スキルを起動します。
やっぱり!
鎖を通して流れ出していた、わたくしの活力の流出が減っています。
完全に、ではないけど、これなら戦えるかもです。
そっと番人の様子を伺います。
なんだか、違和感を感じている様子。こちらに歩いて来ます。
魂を吸っている量が減ったことを感じているのでしょうか。
わたくしは、とっさに、もう力尽きる寸前っといった風に見えるよう、全身の力を抜き、伏せます。
これで、死にそうだから、わたくしから番人への命の流入が弱まっていると思ってくれれば、よいのですけど。
番人が鍵をあけ、入ってきます。
爪先で軽く蹴られます。
わたくしが反応しないでうずくまっていると、大きく足を引き、全力で蹴ろうと構える番人。
とっさにわたくしは跳ね起き、両手で番人の軸足を刈り取りにかかります。
よし。
足に手がかかりました。
そのまま足を刈り、番人を引き倒します。
すぐさま馬乗りになり、マウントポジションを確保。顔面を交互に殴りつけます。
これでもかと。
何度も何度も。
これまでの囚われていた鬱憤すべてをはらすように。
顔面の形が簡単に変わっていきます。
籠手を取られてしまったので、威力が不安でしたが、これなら問題ないですね。
そんなことを考えながら、鼻歌混じりに殴り続けます。
執拗に執拗に。
テンポよくリズムよく。
拳が奏でる肉のドラムが、音が湿って鳴らなくなる頃。
最初は何か喚いていた番人も、すっかりぐったりして来ました。
完全に意識は無さそうですね。
止めとばかりに、抜き手を心臓に突き刺します。
ピコンッ
突然響く電子音。
想定外の事態に、抜き手を番人の腹に突き刺したまま固まります。
何も起きません。
もしやと思い、ステータスを開くと、見慣れないメッセージ表示が出ています。
『吸魂スキルが 条件を 満たしました。実行する事で ランダムに 対象からスキルを 獲得します』
わたくしは、そっと呟いてみます。
「実行」
ステータス画面のメッセージが変化しました。
『対象よりスキル【融合】を吸収しました』
ステータスのコメントが自動で消え、スキル欄には確かに、融合レベル1の表示が増えていました。
手を番人の腹から抜き取り、わたくしは、牢から外へと向かいます。
その背後では、番人のぐちゃぐちゃになった顔の肉が剥がれ落ち始めていました。
まるで、融合スキルを奪われたために、顔の肉を、顔面として保持できなくなったかの如く。
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