第六章:善き者には美酒を、悪しき者には四五口径の花束を/02
瑛士は玲奈とともに、あくまでウェイターを装いつつデニス・アールクヴィストたちの元へ――――客として潜入していた遥が見つけ出した彼らの元へ、さりげなく近づこうと試みる。
玲奈は手ぶら、瑛士は片手に銀のサービストレイを携えていた。その上にはシャンパンが注がれたグラスが三つ並んでいる。自然にアールクヴィストに接触する為の小道具として、さっき補充しておいた物だ。
それを手に、瑛士は玲奈とともに……お互い多少の距離は置きながらも、ウェイターとしてアールクヴィストへと近づいていく。
「…………やっとツラ拝ませてくれたな、下卑野郎」
大勢詰めかけた客たちの合間を縫うように歩き、近づいていくと。すると瑛士は人波の向こう側に、微かだが確かにアールクヴィストの姿を見つけることが出来た。
他にも副官の三原と、それに護衛と思しき長身の女、そして長髪の男もアールクヴィストに同伴している。
女の方は右の前髪が垂れた青いストレートロングの髪で、黒いタンクトップの上に同色のミリタリージャケットを羽織った格好だ。下はジーンズとコンバット・ブーツで、首元には二枚一組のドッグタグなんか吊している。背丈は一八〇センチ丁度といったところか。
そして男の方は、遥の髪と同じ色の……綺麗な白銀の長髪だ。髪は腰辺りまで伸ばしている。
そんな長い銀髪の男は、襟を開けた黒いカッターシャツの上から……なんだろうか。藍色の、何処か陣羽織を思わせるロングコートを羽織っていた。
下は同色のパンツで、手には黒い指ぬきグローブなんかを嵌めている。背丈は一八二センチで、その凛とした佇まいはどことなく武人を思わせる感じだ。それこそ、日本刀なんか持たせたら似合うだろう。
どちらにせよ、護衛二人はあまりにも不作法極まりない、言ってしまえばラフな出で立ちだった。襟を開けたカッターシャツの色が青と白という違いだけで、どちらも黒いビジネススーツを身に纏ったアールクヴィストと三原が傍に居るだけに、その不作法感が余計に際立ってしまっている。
だが――――護衛として優秀なのは、一目で分かった。
明らかに武人のような立ち姿の長髪男はともかくとして、ミリタリージャケットを羽織った青い髪の女もかなりの手練れと見受けられる。自分や玲奈と同等の腕前と見るべきか。
「シャンパン、如何でしょう?」
そんな風に、あくまで冷静な心で護衛役の二人を分析しつつ……瑛士は極々自然な調子でアールクヴィストへと近づき、薄い笑顔で彼に酒を勧めた。
「ふむ、では頂くとしよう」
アールクヴィストは小さく表情を綻ばせながら頷き、瑛士が差し出したシャンパングラスを受け取る。
本当なら、シャンパンに毒薬でも盛って毒殺といきたいところだったが――――しかし依頼主である公安刑事・桐原智里からの依頼は彼の暗殺ではなく、あくまで『インディゴ・ワン』の調査だ。気持ち的には一服盛りたい気持ちの瑛士だったが、その心は理性で押さえ付けていた。
だから、今アールクヴィストが口を付けたシャンパンは普通のシャンパンだ。
「お楽しみください」
瑛士はそうしてグラスを傾けるアールクヴィストとの間合いをそっと詰め、ニコリと笑顔を浮かべながら、懐に忍ばせていた発信器をさりげなく彼のスーツに取り付けた。
米粒よりちょっと大きいぐらいの、超小型発信器だ。蒼真お手製の代物で、こうした諜報任務には最適の発信器。スパイ映画に感化されて作った物だと聞いている。ああ見えて、意外と手先は器用な方なのだ、彼は。
(……よし)
アールクヴィスト本人や周りの三人に気付かれることなく、瑛士は蒼真謹製の超小型発信器を取り付けることに成功した。
そのことに安堵し、表情には出さないまま内心でホッと安堵しつつ、瑛士が心の中でガッツポーズをしていると。すると――――。
「――――ジークルーネ、なの?」
「シュヴェルトライテ、姉様…………?」
瑛士が発信器を取り付けたのと同時に、一緒に近づいていた玲奈と護衛の女の目が合っていて。そうすれば二人はうわ言のように呟き、お互いに唖然とした顔で見合っていた。
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