第一章:二人のスイーパー/11

 ――――数十分後。

 響子の店を後にした瑛士と玲奈は、店の前に停めていた純白のNSX‐Rに再び乗り込み、自宅マンションへの帰り道を走っていた。

 店を出た頃には既に太陽は西方の彼方に没していて、見上げる今の空は薄暗いを通り越して最早真っ暗。しかし街明かりは煌びやかだ。まるで誘蛾灯のように誘う不夜の街明かりを一身に浴びながら、ヘッドライトの眩い光で行く先を照らし出しつつ。瑛士はサイドシートに玲奈を乗せて、寡黙なままにNSX‐Rを新宿の街に走らせていた。

「……玲奈」

 そうして走らせながら、ギアを三速から四速に切り替えつつ、瑛士が何気なしに玲奈に話しかける。

「なに、マスター」

「今回の依頼、玲奈はどう思う?」

 その問いに玲奈は「うーん……」といつも通りの無表情で、少しの間思い悩んだ後。コクリと一度頷けば「……どうも思わない」と返す。

「マスターがやるって言うのなら、僕はやるだけだから。……さっき、お店で言った通り」

「そうかい……」

 ――――マスターが、自分がやるというのなら、ただやるだけ。

 そんな玲奈の答えを聞いて、瑛士は至極複雑そうな面持ちで小さく肩を竦める。

「…………ところで、最近はどうだ?」

 窓の外を流れる夜景。サイド・ウィンドウ越しに流れていく夜景をぼうっと眺めているサイドシートの玲奈に、瑛士は横目の視線を投げ掛けつつ問うてみる。今までの流れを完全にぶった切るように、全く別の話題を切り出すかのように。

「……?」

 すると、質問された玲奈は瑛士の方を振り向くと、大変不思議そうな顔できょとんと首を傾げる。

「どう……って、どういう意味?」

 とすれば、次に飛び出してくるのは本末転倒にも程がある、そんな言葉だ。瑛士はそんな彼女に「言葉通りの意味だ」と返す。

「最近、玲奈は楽しく生きていられているのか、ソイツがチョイと気になってな」

「楽しく……生きる?」

「そうだ。生きてて楽しくなけりゃ、生きている意味なんか無えからな」

 彼の言葉を聞いて、玲奈はまたうーんと少しの間唸って悩み。そうした後でまた同じようにコクリと独り頷くと、隣のコクピット・シートでステアリングを握る彼に向かって、彼女はこんな答えを投げ掛けていた。

「……楽しい、と思う。マスターと、エイジと毎日一緒だから」

 そう、無表情ながらもほんの少しだけ表情を和らげながら、彼女は楽しいと答えてくれた。

「……そっか。なら良いんだ、なら」

 彼女の答えを聞いた瑛士の顔は、心なしか嬉しそうで。横顔こそポーカー・フェイスを気取っていたが、しかし嬉しく思っている気持ちがダダ漏れだった。

「? マスター、それがどうかしたの」

 しかし、そんな分かりやすい彼の反応にも玲奈は気付かぬまま、何処か小動物めいた可愛らしい仕草でまた首を傾げる。それに瑛士は「何でもない」と照れ隠しのように言って、

「あと、マスターはやめてくれ」

 言いながら、巧みな操作でNSX‐Rのギアを一段下に落とした。

 ――――夜の帳が降りた東京の街中を。天を貫く摩天楼の並び立つ、眠りを知らぬ不夜城の中を、純白のNSX‐Rが駆け抜けていく。ただひとえに、家路を急ぐかのように。





(第一章『二人のスイーパー』了)

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