第一章:二人のスイーパー/10

「まず一人目から話そう。名前はデニス・アールクヴィスト、元スウェーデン国防軍の特殊部隊SOGの隊員で、嘗ては『スタビリティ』の戦闘部門の幹部だった男だよ。今は噂のテロ・グループ『インディゴ・ワン』のリーダーをしているらしいね」

 ミリィの饒舌な説明を聞きつつ、瑛士と玲奈は封筒から取り出した資料と……それに添付されていた写真に視線を落とす。

 ――――デニス・アールクヴィスト。

 今ミリィが話していた通り、スウェーデン人の男だ。年齢は四三歳、身長は一八三センチ。白人で、髪は金髪のオールバック。かなり彫りの深い顔立ちで、蒼い瞳の双眸は鋭く研ぎ澄まされている。まさに戦士といった顔立ちの男だ。どうやらこの男が、瑛士たちが探りを入れようとしているテロ・グループのリーダーらしい。

「今でこそ『インディゴ・ワン』のリーダーなんて似合わない立場に収まっているけれど、元はかなり優秀な戦士だったみたいだね。ちなみにシラットの達人だそうだ。今回はそういう状況にならないだろうけれど……仮に直接戦うのなら、かなり厄介な相手になるだろうね」

「シラットか……」

 ――――シラット。

 東南アジアの格闘術だ。猛獣の爪のように湾曲した刃と、グリップ底部に備え付けられた人差し指を通す為のリングが特徴的なカランビット・ナイフが特に有名だが、格闘術そのものも実戦的でかなり有用だ。最近では西洋でも流行っているし、このシラットを惜しげもなく披露したインドネシアのアクション映画、イコ・ウワイス主演の『ザ・レイド』シリーズなんかも一時期は結構な話題になった。

 どうやらこのアールクヴィストという男、そのシラット格闘術の達人らしい。詳しい流派は不明だが……仮に彼と直に戦うとして、格闘戦はなるべく避けたい相手だ。尤も、単なる調査依頼である今回、彼と実際に戦うという機会はまずあり得ないだろうが。

「経歴にある通り、『スタビリティ』時代は戦闘部門の幹部だったそうだ。特殊部隊SOGを除隊した自分を拾い、そして目を掛けてくれた『スタビリティ』のリーダー……今は亡きユーリ・ヴァレンタインに彼は心酔していたようでね。そのヴァレンタインを死に追いやったからと、変な勘違いをして日本に物凄い恨みを抱いているみたいだ」

「つまり、それがテロを仕掛けようとしている動機というワケか」

「そうなるね」

 あまりにも俗っぽい理由ではあるが、だからこそ納得がいく。恨み、憎悪の類は単純な感情だが、しかしそれが故に強大なパワーを有している。古来より憎悪という感情は、ヒトを人殺しに走らせる最大級の要因だ。

 ミリィ曰く、アールクヴィストは元居た組織、『スタビリティ』のリーダーであったヴァレンタインという男に心酔していたという。それほどまでに惚れ込んでいた男を殺されたとあっては、日本という国そのものを恨んでも仕方ないといえば仕方ない話だ。

「……まあ、日本がヴァレンタインを死に追いやったなんてのは、とんでもない勘違いなんだけれどね。実際に『スタビリティ』を壊滅に追い込んだのは、他でもないなんだから」

「そうね……一応私たち公安が手を貸したといえ、殆どは晴彦がやってしまったものね」

 ボソリと呟くミリィと、それにうんうんと頷く智里。二人の話す言葉の意図するところが、瑛士には分からなかったが……しかし、ひとつだけ分かることがある。

 ――――デニス・アールクヴィストが日本政府に対して抱いている恨みは、完全に的外れで勘違いもいいところだということだ。

 二人の話を聞く限り、ユーリ・ヴァレンタインを死に追いやり、そして『スタビリティ』を壊滅させたのは日本政府ではなく、たった独りのある男のようだ。

 その男というのが誰なのかは知らないが……少なくとも、日本政府はほぼノータッチ。強いて言うなら公安が智里を通して多少手を貸した程度で、殆ど何もしていないのと同義のようだ。

 何にせよ、このデニス・アールクヴィストという男は見当違いも甚だしい理由で日本政府を恨み、嘗て自分が属していた組織の残党を纏め上げ、テロ・グループを結成し……そして日本に対して大規模なテロ攻撃を画策している、ということのようだ。今までの話を総合すると、こういうことになる。

「……さてと、アールクヴィストの話ばかりしていても仕方ない。次に行こう」

 と、ミリィは少しの咳払いの後でそう言うと、アールクヴィストに関しての説明を打ち切り。今度は二人目の男についての説明を始めた。

「二人目は三原みはら宗二そうじ、見ての通り日本人だ。『スタビリティ』時代からアールクヴィストの仲間だった男みたいで、今は組織で彼の右腕として働いているらしい。まあ、要は副官みたいな立場だね」

 そう説明するミリィの言う通り、資料に添付されていた二人目の写真に写っていたのは、どう見ても日本人の顔だった。

 ――――三原みはら宗二そうじ

 三五歳、身長一七八センチ。パーマをかけた黒髪で、外見上に特筆すべき点は見当たらない。経歴の方は元陸上自衛隊の普通科隊員で、除隊後に海外を放浪していた際に、何らかの切っ掛けで『スタビリティ』入りしたとある。

「……ちょっと待て、ミリィとかいったか? 資料ってのはこの二人のことしか書いてないのか?」

 と、三原の経歴をサラッと読み終えたところで、資料がそれきりで終わっていることに気が付き、瑛士が怪訝そうに目の前のミリィへと問いかける。

 するとミリィは「そうだよ?」と当然のような顔で頷き返してから、こう続けた。

「残念ながら、『インディゴ・ワン』の主要構成員はこの二人ぐらいしかまだ判明していないんだ。寧ろ、アールクヴィストと三原を見つけ出しただけでも大戦果と言って欲しいものだね」

「って言われてもな……」

「それぐらい、正体の掴めない謎の組織なのよ。瑛士、分かって頂戴」

 申し訳なさそうな調子で智里に言われ、瑛士は「……まあ、そうだろうな」と諦め気味に返す。

 そんな彼の反応を見た後で、智里はこほんと咳払いをし。そうして一旦間を置いてから、対面に座る瑛士たちスイーパー二人に対し、改めて念押しするようにこう告げた。

「今回、私から貴方たちに依頼するのは、あくまでも『インディゴ・ワン』に関する調査だけよ。直接戦う必要も、組織を壊滅させる必要もないの。深入りしすぎないで頂戴。そこだけは、ちゃんと頭に入れておいて」

「そうあって欲しいがな。こればっかりは時と場合によるってモンだ」

「……うん、時と場合」

 と、智里の念押しに対し瑛士は皮肉げな調子で返してやり。そんな彼の横では、玲奈がいつものような無表情でコクコクと頷いていた。

 そんな二人を少し遠巻きに眺めながら、ラーク・マイルドの煙草を咥えたまま。響子は瑛士たちに対してこう告げる。

「瑛士、玲奈。この依頼を請けるか請けないか、最終的な判断はアンタらに任せるわ。……構わないわよね、智里?」

「勿論です、先輩」

「……ま、請けない理由は何処にも無えわな」

「マスターがやるなら、私もやる」

「そういうこった。桐原智里さんよ――――この依頼、請けるぜ」

 ニヤリとしながらそう言って、了承した瑛士はスッとテーブル越しに智里へと手を差し伸べる。改めて握手を交わそうという意思表示だ。

「……感謝するわ、瑛士。それに玲奈ちゃんも。改めて、よろしく頼むわね」

 智里はフッと表情を綻ばせながらそう言うと、差し出された瑛士の手を握り返し。契約成立の証として、彼と固く握手を交わし合った。

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