第一章:二人のスイーパー/09
「まず前提として、嘗て存在した巨大国際犯罪シンジケート……『スタビリティ』についての知識を共有しておく必要があるわね」
そんな一言を皮切りとして、主に智里の口から今回の依頼に関しての説明が始まった。
「仮にもスイーパーですもの、ある程度のことは知っているでしょうから、細かいコトは省かせて貰うわ。もう存在しない組織のことですもの。
…………巨大犯罪シンジケート『スタビリティ』。組織のボス、ユーリ・ヴァレンタインがカリスマ的な手腕で一気に世界最大の犯罪組織として成長させた組織よ。尤も、数年前に
「ちなみに、僕ら二人も『スタビリティ』の壊滅には手を貸しているんだ。……というか、殆ど当事者みたいなものだけれど」
「
澄まし顔のミリィの後で、カウンターの向こう側から響子もニヤリとした表情で口を挟んでくる。
どうやら『スタビリティ』という組織が壊滅した数年前の出来事について、瑛士と玲奈以外の三人は色々と事情を知っているらしい。ミリィの言葉が本当なら、特に智里とミリィは当事者ということらしいが。
「その件なら、ある程度のことは知ってる。全く懐かしい名前だぜ。なんでまた今になって『スタビリティ』の話題なんざ出してくるんだ?」
横から口を挟んできた二人の後で瑛士が言うと、智里は「実はね……」と言って、一呼吸置いてから今までの話の真意を告げる。
「…………今、密かに『スタビリティ』の残党グループが日本国内で動き始めているのよ」
「何だって?」
「その残党は『インディゴ・ワン』と名乗っているわ。元の組織が崩壊してから今まで数年間……恐らくは国外に逃げていたんでしょうね。ずっと姿を眩ませていたのだけれど、ここ最近になって急に国内で活発に動き始めたのよ。数週間前、別件の捜査に当たっていた麻薬取締官が死体で発見されたことで、『インディゴ・ワン』の存在と活動が浮き彫りになったの」
「で、その『インディゴ・ワン』とやらの目的は?」
「それを貴方たちに調べて貰いたいのよ、津雲瑛士」
と言って、智里は一旦喋る口を止めて。懐からハイライト・メンソールの煙草を一本取り出すと、それを咥えてジッポーで火を付ける。
そんな智里の横では、ミリィも自分の煙草……フィリップ・モーリス銘柄の物を瑞々しい唇に咥え、同じようにジッポーで火を付けて燻らせ始めていた。一見するとティーン・エイジャーの美少女のように見えるミリィだが、どうやら成人年齢は超えているらしい。
「…………」
対面で煙草を吹かし始めた二人を見て、瑛士が小さく顔をしかめる。そんな彼の反応に智里がきょとんと不思議そうに首を傾げると、響子がニヤニヤと笑いながら瑛士の微妙な反応の
「瑛士はね、煙草の類が大嫌いなのよ。吸うのは当然として、臭いも大っ嫌いってワケさね」
「あら……ごめんなさい」
知らなかったといえ、悪いことをしてしまった。
話を聞かされた智里は、瑛士が煙草嫌いと知って申し訳なさそうな顔で、今まで咥えていたハイライト・メンソールの煙草を目の前の灰皿に押し付けようとするが。しかしそれを「いや、構わねえさ」と言って瑛士が制する。
「火ィ付けちまったモンはしょうがねえ。ただし、二人ともその一本こっきりにしてくれると助かる。ババアが言った通り、俺は煙草の臭いが大の苦手でな」
「なんだか、申し訳ないわ」
「ふふ、難儀なことだね。ハリーとはあまり気が合わなさそうだ」
「あらミリィ、彼はそういう配慮は出来る男よ?」
「ふっ……流石に彼のことには詳しいね、智里は」
「ちょっとミリィ、それってどういう意味かしら」
「言葉通りの意味さ……」
とまあ、こんな風に内輪の話に華を咲かせ始めた智里とミリィの二人であったが。しかし
「…………『インディゴ・ワン』に関しては、我々公安部も目下、全力で捜査を進めているわ。けれど、敵の方が私たちより何枚も上手で、どうにも上手く尻尾を掴めないでいるの」
「だから、俺たちに調査を外注したいと?」
「簡単に言ってしまうと、そうなるわね」
智里は瑛士に頷き返した後で、こう言葉を続ける。
「連中は恐らく、日本での大規模なテロを画策しているわ。それを未然に防ぐ為に、瑛士……貴方と、そして玲奈ちゃん。二人に『インディゴ・ワン』の調査を依頼したいの」
「智里は信頼出来る相手だよ。何せアタシの元部下で弟子なんだからね。まして立場的には公安との仲介人みたいなモンよ。依頼人としちゃあ、これ以上なく安心出来るバックグラウンドさね」
続けて響子が、ニヤリとしながら瑛士に向かってそう告げる。
確かに彼女の言う通り、依頼人としてこれ以上なく信頼出来る相手だ。公安が後ろ盾になっているということもあるが……それよりも何よりも、公安刑事時代の響子の元部下で、そして弟子だというのなら信用出来る。報酬が未払いのまま踏み倒されるだとか、裏切られるだとか。そういう心配は極限までしなくても済みそうな相手であることには違いない。
「……というか智里、今更こんなことを言うのも何だけどね。そういう類の依頼なら、アタシに相談するまでもなく……それこそ
瑛士がそんなことを内心で思っている間に、響子がそんな疑問を智里に投げ掛けていた。
「出来たら、その方がありがたかったです。晴彦に頼めるのなら、そうしていますよ。先輩のお手を煩わせたくはないですから」
それに智里はそう返した後で「……でも」と、少し低い声のトーンで続く言葉を紡いでいく。
「残念ながら、今の晴彦は別の厄介な事件を抱え込んでいて、そっちで手いっぱいなんです。ですから頼むに頼めず、こうして先輩を頼らせて貰ったんですよ」
「ははーん、なるほどねえ」
とすれば、智里の言葉を聞いた響子は納得した風に独りカウンターの奥で頷いていた。
そうして小さく息をつくと、響子はカウンターの上へ雑に放っていたラーク・マイルドの煙草の箱へおもむろに手を伸ばす。
箱から取り出した一本を響子はルージュの目立つ唇に咥えて、安っぽい百円ライターで堂々と火を付ける。
「おいババア、煙草はやめてくれ。臭いが服に付いちまう」
そんな風に煙草を吸い始めた響子を見て、瑛士は露骨すぎるぐらい嫌そうに顔をしかめて言うが。しかし響子はフッと嘲笑うような顔で彼にこう返していた。
「馬鹿言いなさんな、此処はアタシの店だよ。自分の店でアタシが何しようが、アタシの勝手さね。大体、智里とミリィちゃんが目の前で吹かしてんだから、今更アタシが増えたところで変わんないわよ」
「ったく、勘弁してくれよ……」
瑛士の文句を完全に取り合おうとしない響子の態度に、瑛士は参ったように肩を揺らす。
ハイライト・メンソールにフィリップ・モーリス、そしてラーク・マイルド。三種類の紫煙の匂いが複雑に入り混じって店内に漂い始める中、瑛士はげんなりした顔で「……まあいい、続けてくれ」と言い、智里に話の続きを話すように促した。
「大雑把な話はもう済んだよ。後は二人とも、これに目を通しておいてくれ」
すると、答えたのは智里ではなく隣のミリィ・レイスだった。
彼女は背の低いテーブル越しに茶封筒を瑛士たちに差し出してくる。瑛士はそれを受け取って、封筒を開き。中に収められていた写真付きの資料に、隣にちょこんと座る玲奈とともに目を通し始めた。
封筒の中身は――――どうやら、『インディゴ・ワン』の主要人物のプロフィールが記された資料のようだった。
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