第一章:二人のスイーパー/08
学園前で玲奈を拾った瑛士がNSX‐Rを走らせていった先は、住み慣れた新宿の街だった。
が、真っ直ぐ自宅マンションに帰るワケではない。向かった先は表通りから一本入った横丁にある……とあるスナックだった。
目的地であるその店、スナック『エデン』の前に瑛士は堂々と純白のNSX‐Rを路駐させると、ギアをニュートラル位置に戻し、サイドブレーキを掛けてふぅと小さく息をつく。
「……は? なんだアレ」
そうしてエンジンを切ろうとした矢先、路駐をした自機のすぐ目の前にある、同じように路駐の格好で停まっている車に目が行った瑛士は、ポカンとした顔で思わずそんな独り言を漏らしてしまっていた。
見慣れない車種のスポーツカーだ。銀色で、二ドアクーペ。車体自体もそこそこの大きさをしている。
――――TVR・サーブラウ・スピード6。
それは、瑛士が見慣れないのも無理ないような車種だった。
サーブラウは英国製のスポーツクーペで、奇抜な四つ目のヘッドライト配置になる前の一九九九年式だから、見た目はよくあるヘッドライトが二つだけの双眼フェイス。中でもスピード6モデルは、そのモデル名と同様の直列六気筒・排気量四リッターの『スピード6』エンジンを搭載した刺激的なタイプだ。
中々に悪くない、あらゆる意味で英国車らしい独特な重量級スポーツクーペではあるものの……いかんせん地味というかマイナーというか。言ってしまえば、珍車の領域に片足どころか両足まで突っ込んでいるような車種だ。瑛士ですらも街中で見かけたのは数回程度しかない。
だから、彼がどうにもピンときていなかったというか、奇妙に思ってしまうのも仕方のないことだった。
「マスター、降りないの」
「んあ? ……あー、悪りい悪りい。んじゃま、行くとするか」
そんなTVR・サーブラウに色々な意味で目を奪われていた瑛士だったが、彼が中々エンジンを切らないことを不思議に思った隣の玲奈に言われて、彼は漸く我に返り。やっとこさエンジンを切ってキーを引き抜くと、彼女とともに愛機NSX‐Rを降り、目の前の店の戸を潜っていく。扉には準備中の札が掛かっていたが……呼びつけてきたのは向こうの方だ、構うことはないだろう。
「悪いわね、まだ準備中よ……っと、アンタらだったのね。待ちくたびれていたところよ」
カランコロン、と来客を告げるベルの鳴る扉を潜った瑛士と玲奈。そんな二人を店のカウンターの向こう側から出迎えたのは、それなりに歳のいった……しかし妙な色気のある、不思議な雰囲気の女だった。
――――
この店、スナック『エデン』の店主であり、同時に瑛士と玲奈のサポート役でもある女だ。
年齢は六二歳、背丈は一六五センチ。茶髪に染めたセミロングの髪がトレードマークで、格好は紫のワンピースドレスに丈の短い黒のジャケットを羽織り、首には真珠のネックレスを吊しているといった……まあ、スナックのママらしい感じの派手な出で立ちだ。
見た目はこんなだが、嘗ては敏腕の公安刑事であり……その後は長らくスイーパーとして裏通りで八面六臂の活躍をしていたという異色の経歴を有している。何らかの事情で警察を退職した後でスイーパーになったらしいが、どちらも現役時代は物凄い腕利きとして名を馳せていたらしい。
だがまあ、今ではスイーパーとしても一線を退き、こうしてスナックを営む傍ら……瑛士と玲奈、二人の若きスイーパーの面倒を見ているといった感じだった。
「おう、さっきは悪かったな。仕事用の携帯をうっかり家に忘れちまってたもんで、ババアから電話掛かってたの気付けなかったんだ」
「……響子、今日も元気そうで何より」
カウンターの向こうから出迎える響子に、瑛士と玲奈はそれぞれ挨拶を返す。
ちなみに、瑛士は彼女のことを専ら『ババア』と呼んでいた。傍から聞くと失礼極まりない呼び方ではあるが……長年この呼び方をされている響子自身が別に気にしていない辺り、ある種の愛称のようなものなのかもしれない。まあ、本当のところは本人たちにしか分からないのだが。
「……なあババア、奥の二人はどちらさんだ?」
と、響子に挨拶を返しつつ店の中に足を踏み入れたところで、瑛士は奥のボックス席に見慣れない二人が座っていることに気が付き。開店前にも関わらず店に居座っているあの二人が何者なのかと、怪訝そうな顔で響子に問うていた。
その二人、両方ともが女だ。
いいや……片方はどっちかっていうと、少女という喩えの方が相応しいぐらいに若々しい見た目をしている。
とにかく、そんな二人がボックス席に座っていた。
片方はセミロング丈の栗色の髪で、スカートスタイルのビジネススーツを着こなす、キャリアウーマン然とした雰囲気の如何にもといった感じの風貌だ。背丈の方は一七〇センチぐらいと、女性にしては結構な高身長になるのか。
そして、もう片方の少女然とした見た目の彼女はというと――――セミショート丈に切り揃えた朱色の髪に、明らかに白人系の血が混ざっている真っ白い肌。そして切れ長のターコイズ・ブルーの瞳という、かなり可愛らしい見た目をしていた。
格好はインナーに黒のTシャツをあしらったパーカー、下は赤黒チェックのスカートと黒のニーソックス、そして革のブーツといった具合だ。透かした表情を浮かべていて、飄々として掴みどころの無さそうな雰囲気は……何処か成宮マリアと重なって見えてしまう。少なくとも、瑛士にはそう見えていた。
「ああ、智里とミリィちゃんのことかね。二人は今回の依頼人と、その協力者さね」
「依頼人?」
そんなボックス席の二人をざっくりと紹介する響子の言い草に、瑛士が首を傾げる。
「んじゃあよ、ババアは俺たちを仕事の話で呼んだのか?」
「アタシがそれ以外のことでアンタらを呼びつけるとでも?」
響子はニヤリとしながら、軽く皮肉った風に瑛士へとそう言葉を返す。言われた瑛士はやれやれと肩を竦めながら「違いない」と響子に頷き返していた。
そうした後で、瑛士は玲奈とともに奥のボックス席に――――例の二人の対面へと腰掛けた。
「初めまして、私は
「で、僕がミリィ・レイスだ。別に公安の刑事ってワケじゃあないんだけれど、個人的な事情で智里に手を貸しているって感じかな」
「津雲瑛士だ」
「……斑鳩、玲奈」
そうして席に着くと、簡単な自己紹介の後に瑛士は目の前の二人とそれぞれ軽い握手を交わし合う。
――――桐原智里、そしてミリィ・レイス。
前者がビジネススーツを着こなすキャリアウーマンっぽい方、後者がパーカーを羽織る飄々とした態度の美少女の方だ。
智里の方は公安刑事と言っていたから、恐らく響子の後輩だろう。響子のことを『都田先輩』と呼んでいたから、間違いない。元公安の敏腕刑事で自分の元上司、そして嘗ては超腕利きのスイーパーであった響子を頼って瑛士たちに辿り着いた……といった具合だろうか。
まあ何にせよ、この二人――――というか、公安刑事の桐原智里が今回の依頼人らしい。
瑛士は軽い自己紹介と握手を交わし合った後、ボックス席のソファに深く座り直し。その後で「早速で悪いけれど、本題に入らせて貰うわ」と言って智里が切り出した話に――――今回の依頼に関する説明に、玲奈と一緒になって耳を傾けた。
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