第二章:プライベート・アイズ/01

 第二章:プライベート・アイズ



「おう蒼真、居るか?」

 翌日。朝も早くから起き出した瑛士は自宅マンションの三階フロアに昇り、哀川蒼真の住む部屋の戸を叩いていた。

「瑛士氏、待っていたでござるよ」

「待っていた……俺をか?」

 数回のノックの後、出てきた蒼真が待ち侘びたと言わんばかりの声と顔で言うから、きょとんと瑛士が首を傾げる。すると蒼真はそんな風に首を傾げる彼に向かって、

「他に拙者が誰を待っているというのでござるか。空から美少女が降ってくるなら話は別でござるが」

 グフフ、という奇妙な笑い声とともに、そんな言葉を返してきた。

「例のテロ・グループ、『インディゴ・ワン』の件で拙者の元を訪ねられたのでござろう?」

「驚いたな、言う前からもう仕事を始めてたのか。蒼真、お前ひょっとしてエスパーの類か?」

「拙者にも敵が見える! でござるか。そうだったら拙者としても嬉しいのでござるが、ネタばらしをしてしまうと……ミリィ氏に頼まれていたのでござるよ」

「ミリィ……まさか、ミリィ・レイスか?」

 その通りでござるよ、と頷き返して答える蒼真を前にして、瑛士は意外な名前が彼の口から出てきたことに驚いていた。

 まさか、彼からミリィ・レイスの名が――――今回の依頼人、公安刑事の桐原智里の協力者である彼女の名前が出てくるとは。

 当然ながら予想だにしていなかった名前が蒼真の口から出てきたことに、瑛士はいつもの皮肉っぽい笑みも忘れ、ただただ唖然として驚いていた。

「どういうことだ、なんでお前がアイツのことを知っている?」

 とすれば、次に彼の口から出てくるのはそんな疑問だ。

 蒼真は驚いた顔の瑛士が投げ掛けてきた問いかけに、いつも通りの口調でこう答えてみせる。

「ミリィ氏とは前々から仲良くさせて貰っているのでござるよ。ミリィ氏も拙者と似たような生業なりわいでござるからな」

 彼の言う通りなら――――ミリィ・レイスも蒼真と同じく情報屋、電子戦を得意とするスーパーハッカーの類ということなのか。

「拙者の仕事を手伝って貰ったことも、逆にミリィ氏の仕事を手伝わせて貰ったこともあるでござる。……といっても、拙者はミリィ氏の足元にも及ばぬでござるが」

「自称ウィザード級のお前でも、か?」

「自称は余計でござるよ、瑛士氏。……その通りでござるよ。拙者とてウデに覚えはあるでござるが、ミリィ氏は何というか別次元でござる。まさに神の領域という奴でござるな」

「そんなにか」

「そんなにでござるよ」

 …………と、いうことらしい。

 電子戦方面に於ける蒼真の腕前は相当なものだ。仮にも瑛士が重宝し、こうして自宅マンションに住まわせてやっているぐらいには凄まじい腕前のハッカーなのだが……しかし蒼真の言葉が真実であるとするのならば、あのミリィ・レイスはこの哀川蒼真をも凌ぐ腕前だという。

 例え国家機関の最高機密情報だろうが涼しい顔で簡単に手に入れてくる、そんな蒼真の凄さを知っている瑛士からすれば……どうにも眉唾モノの話ではあるが。しかし蒼真が敢えて瑛士に嘘をつく理由も見当たらない。

 だとすれば、今彼がミリィ・レイスに関して説明したことは、紛れもない事実なのだろう。彼女はこの哀川蒼真をも凌ぐ、とんでもないレベルのスーパーハッカーだということだ。

 それに……もしそうだとするのならば、智里が彼女を協力者として連れて来ていたのにも納得がいく。

 智里だって、仮にもあの都田響子の元部下で、そして弟子なのだ。公安刑事として現役だった頃の響子がどれぐらい凄かったのか、それを瑛士が知る手段は当然無いのだが……しかし、未だに身に纏うあの独特な雰囲気から、公安刑事時代の響子がどれほど凄かったのかは、何となくだが推し量れる。

 智里は、その響子の弟子だ。そんな彼女が信頼し、協力者とするほどの相手。ならば、蒼真と同等かそれ以上の腕前を有しているスーパーハッカーであって然るべきだろう。そういう客観的な目線から見ても、ミリィ・レイスが蒼真をも凌ぐ腕前だということも納得出来る。

「……つまり、お前はミリィと前から知り合いで、そんでもって今回の依頼のことも連絡を貰った。だから俺が声を掛けるよりも先に動いていた……と、つまりそういうことか?」

「流石に瑛士氏は話が早くて助かるでござるな。……その通りでござる。響子氏を通じて、拙者が瑛士氏と協力関係にあることは向こうも把握していたようでござるからな。

 ……だから昨日の晩、ミリィ氏から連絡があったのでござるよ。聞いたでござるよ? 公安の大仕事を請けたらしいでござるな」

「大仕事って程じゃあない。単に調査しろってだけの話だ。……何にせよ、事情を全部把握しているのなら話は早い。お前のことだ、もうとっくに調べは付いているんだろ?」

「当然でござるよ。……といっても、大したことは掴めていないでござるが」

「なんだよ、期待外れか?」

「無茶言わないで貰いたいでござるな。のミリィ・レイス氏ですら掴めない情報、拙者如き若輩者がそう易々と手に入れられるモノではないでござるよ」

「……そうかい」

 大したことは掴んでいないと蒼真に言われ、瑛士は落胆した風に肩を落とす。

 そんな具合に残念そうな反応を見せる瑛士に、玄関扉を開けっ放しで応対していた蒼真は、部屋の中へと彼を手招きしながら、続けて瑛士にこんな言葉を投げ掛けていた。

「とはいえ、興味深い噂話は手に入ったでござる。まあ立ち話も何でござるから、詳しくは中で」

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