第二章:プライベート・アイズ/11

「玲奈、頼む!」

「分かったよ、マスター……!」

 階段を駆け下りる二人が、階段を駆け昇ってきた五人の男たちと遭遇する。パーカーや諸々の私服で身を固めた、統一感のない出で立ちの一団。彼らに共通していることは、誰も彼もが拳銃を手にしていることぐらいか。

 見たところ……連中は同業者、つまり同じスイーパーだ。

 だが、かなり程度の低い連中と見て間違いない。チンピラ崩れの、スイーパーと呼べるかどうかも怪しい連中。階段を駆け昇ってきた彼らの立ち振る舞いから見て、どうやらそれは間違いなさそうだ。

 彼らは駆け下りてきた瑛士たち二人を見るなり、大声を上げながら各々の拳銃を頭上の二人へと向けてくる。

 だが――――瑛士と玲奈、二人の超一流スイーパーの動きの方が圧倒的に早かった。

「…………!」

 多くを聞かずに瑛士の命令とその意図を察し、タンッと床を蹴って飛び――――更に手すりを踏み台にしてもう一段高く飛び上がれば、玲奈の小さな身体がひらひらと軽やかに宙を舞う。

 そうして飛び上がった玲奈は、眼下の男たちが銃を構えるよりも圧倒的に早く、バッと左手一本で構えたマニューリンを下方に向かって六連射した。

 とすれば、階段の踊り場に集まっていた六人――――全員だ。彼らは玲奈の放った三五七マグナム弾で文字通りに脳天を撃ち抜かれ、即死してその場に崩れ落ちる。

 タンッと小さな音を立てて玲奈が踊り場の床に着地した頃、そこにはもう生者は居らず……ただ、物言わぬ死骸だけが彼女の周りに転がっていた。

「マスター、次が来る」

「オーライ、ソイツは俺に任せろ!」

 だが玲奈が着地した直後、下からは息つく間もなくまた別の一団が駆け上がってきていた。

 一気に六連射し、マニューリンの弾を切らしてしまった今の玲奈は無防備だ。しかし……それを見過ごす瑛士ではなかった。

 彼女に言われるまでもなく階段を駆け下りていた瑛士は、踊り場に立つ玲奈の前に躍り出て、下から駆け昇ってきた三人の男たちを1911の連射で撃ち抜いてやる。

「遅せえんだよ!」

 ダンダン、ダンと一定のリズムを刻み、四五ACP弾の重い銃声が非常階段に木霊する。

 銃口から瞬く閃光、激しく前後するスライドから伝わる重い反動と、蹴り出される熱い空薬莢。ドングリのように大きな四五口径ジャケッテッド・ホロー・ポイント弾頭を、瑛士はやはり一人に対して胴体二発、眉間に一発のペースで撃ち込んでいく。

 念には念を入れて……という奴だ。普通に考えれば眉間にヘッドショットを見舞ってやれば、人間は一撃で死に至る。だが敢えて瑛士は的が大きくて狙いやすく、当たりやすい胴体に当てて怯ませ……その上で頭部を撃ち抜き、確実な死を見舞う戦い方を好んでいた。

 そんな風に一人につき三発を撃ち込んでいくが、しかしその連射はかなり素早い。三発の四五ACPを撃ち込むのに一秒もかかっていないぐらいだ。

「チッ……!」

 そうして瑛士はまず二人を三発ずつで仕留め、そして残る一人の胴体にも二発を撃ち込んでやったが……しかし、このタイミングで1911は弾切れを起こし、スライドを引ききったまま静止するホールド・オープンの格好を晒してしまう。

 八発の少ない弾倉容量が故の弊害だ。一人に対して過剰なぐらいの攻撃を見舞う戦い方……実を言うと、手数の少ないシングルカーラム弾倉の拳銃には合っていない。だがそれでもその戦い方を貫く辺りが、津雲瑛士という男の慎重さの表れだった。

「くたばれ!」

 愛銃が弾切れを起こしたのを見て、すぐさま瑛士は先程のように空弾倉を派手に弾き飛ばし、右手で掴み取った新しい弾倉を瞬時に装填。そのままの流れで右手を動かし、開きっ放しのスライドを軽く引いて前進させると……腹と胸を撃たれてたたらを踏む最後の男に狙いを定め、その眉間へと慈悲の一発を見舞ってやった。

「なあ玲奈、まだ来るのか!?」

「……肯定。思っていたよりも多い。更に十五人以上が昇ってきている、そんな気配がする」

「ったく……次から次へとキリがねえ。玲奈、予備の弾は足りてるか?」

「多分、足りる。足りなかったら奪うか、懐に飛び込めば良いだけの話」

「相変わらずだな。流石のインファイターっぷりだぜ、玲奈はよ……!」

 マニューリンの空薬莢を足元に落とし、三五七マグナム弾の再装填作業をする傍らの玲奈の呟きを横に聞きながら、瑛士が皮肉じみた言葉を口にする。

 彼女の人並み外れた鋭敏すぎる感覚に頼るまでもなく、下のフロアから敵の一団がどんどん昇ってきている気配は瑛士も感じていた。

「どうするよ、エレヴェーターでも使うか?」

「……非推奨。多分、一階のエレヴェーターホールは押さえられている」

「ま、そうだろうな。結局のところは正面から殴り合うっきゃねえってか」

「大丈夫。僕とマスターなら、簡単に突破できる」

「……かもな」

 無表情で呟く玲奈に、瑛士は肩を竦めながら頷き返し。そして彼女を連れて、また階段を駆け下り始める。

 多勢に無勢の撤退戦は、まだ始まったばかりだ。敵がどんな意図を以て、こうして仕掛けて来たのかは知らないが……売られた喧嘩は買ってやる。手痛い代償を払うのは、奴らの方だ。

 瑛士と玲奈が、オフィスビルの階段を足早に駆け下りる。そうすれば銃声が何度も非常階段に響き渡り、銃火の閃光が絶え間なく瞬き続ける。

 そうすれば、非常階段に積み上がるのはむくろの山だ。だが……そんな死の旋風が吹き荒れる中でも、四五ACPと三五七マグナムの銃声だけは、決して絶えることがなかった。二人が駆け下りて、一階フロアに辿り着くまで。それまでずっと、二種類の銃声が絶えることはなかった。

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