第五章:血の繋がりは祝福か、或いは足枷たる呪いか/05

 朝食を食べ終わった後、瑛士は食器を片付けるべくキッチンに立っていた。

 そんな彼の横には、遥の姿もある。食器洗いを手伝うと申し出てくれたから、お言葉に甘えることにしたのだ。

 ちなみに……遥の身長は一四三センチとかなり小柄。その為にこの家のキッチンでは微妙に身長不足な為、低い踏み台を使った上で彼女はキッチンに立っている。

 不便じゃないかと瑛士は思ったのだが、どうやら遥自身は大して不便に感じていないらしい。やはり慣れというものなのか。

「…………」

「悪りい遥、洗剤取ってくれ」

「これですか?」

「おう、サンキュー」

 キッチンに立ち、三人分の食器を手早く洗う瑛士と遥。二人が背にしたリビングルームでは、玲奈がソファの上で体育座りをしながらぼうっとテレビを眺めていた。どうやら朝のワイドショー番組を観ているらしい。

「……なあ、遥」

 一瞬背後を振り向き、そんな玲奈の姿をチラリと見た後で、瑛士が隣に立つ遥へと小声で囁きかける。

「なんですか?」

「兄貴が敵に回っているって、昨日言ってたよな」

「……ええ」

 俯き気味に、遥が小さく頷き返す。その横顔は少しだけ曇っているように……少なくとも、すぐ隣に立つ瑛士の瞳には映っていた。

「遥は……遥は本当に、兄貴を殺す気なのか?」

 恐る恐るといった風に問うてみた瑛士の質問に、遥は僅かな間を置いた後で「……はい」と静かに頷き返す。

「それが、私に課せられた責務ですから」

「……そうか」

「どうして瑛士は、私にそんなことを訊くのですか?」

 遥の答えを聞き、瑛士は何処か哀しげな顔で小さく頷く。そんな彼の様子を横目に見た遥がそう訊き返すと、瑛士は僅かに横目の視線を彼女へ、隣に立つ遥に向けながら答えた。

「俺にも、妹が居たから。だから……遥が兄貴を殺すって聞いてから、なんだか色々と考えちまってな」

「居た……ということは」

 ああ、と相槌を打ち、瑛士は遥に告げる。

「――――死んだよ、もう随分と前に」

「……申し訳ありません、変なコトを訊いてしまって」

 至極申し訳なさそうな面持ちで遥が細く呟くと、瑛士は僅かに笑んで「構わないさ」と言い、彼女の頭をそっと撫でる。

 ショート丈に切り揃えられた、遥の綺麗な白銀の髪を指先で少しだけ撫でて……手を離した後、瑛士は言葉を続けた。今はもう居ない、妹のことを遥に話すために。

「…………妹は、殺されたんだ。誰かも分からない相手に、何の理由もなく」

「殺された……?」

「そう、妹は……未沙は、殺されたんだよ」

 紛れもない、事実だった。

 津雲瑛士の妹、津雲つぐも未沙みさは――――何者かに殺されている。

 故に、彼としては色々と思うところがあったのだ。遥が実の兄と殺し合わねばならぬ宿命を背負っているという、この現実に。他人事だと分かっていても……それでも、心が痛んで仕方ない。嘗て妹を喪ってしまった兄として、遥の背負った重すぎる宿命のことを思うと、心が痛んで痛んで仕方ないのだ。

「だから、余計に思っちまうんだ。こんなこと、部外者の俺がとやかく口出しするコトじゃないって分かっていても……それでも、思っちまうんだよ。兄妹同士で殺し合うなんざ、そんなに悲しいことはねえ……ってな」

「……………本当に、その通りです」

 二人で食器を洗いながら、お互いに視線を向けないまま俯きつつ。そのまま、瑛士と玲奈は細い言葉で囁き合う。妹を喪った兄と、兄を殺す使命を帯びた妹。悲しき二人の兄妹が、まるで互いの傷を舐め合うかのように……………………。





(第五章『血の繋がりは祝福か、或いは足枷たる呪いか』了)

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