第六章:善き者には美酒を、悪しき者には四五口径の花束を/01

 第六章:善き者には美酒を、悪しき者には四五口径の花束を



 ――――五日後。

 瑛士と玲奈はホテルスタッフとして、パーティ会場のある横浜某所の高級ホテルへと無事に潜り込んでいた。

 ホテル内部への手引き役になる従業員も全て響子が手配してくれていたから、此処までは驚くぐらいスムーズにコトが運んでいる。今は丁度、その手引き役の従業員に先導される形で、パーティ会場になっているホテル二階の大ホールへと案内されているところだった。

「この先が会場です。立ち振る舞いは先程ご説明した通りに。あくまで我々と同じスタッフとして振る舞ってください。それと……面倒事は起こさないようにお願いしますよ?」

「俺たちから仕掛けるつもりはないさ。案内までさせちまって悪かったな。万が一がある、アンタはもう家に帰んな。タクシー代ぐらいは奢ってやるから」

 大ホールへと続く扉の前、小声で耳打ちしてくる従業員に瑛士は薄い笑顔でそう返すと、ズボンのポケットから取り出した一万円札を従業員の胸ポケットへと滑り込ませてやる。

 交通費も兼ねた口止め料、後は多少の感謝の気持ちを込めた心付けだ。従業員の男はそれを受け取ると「あ、ありがとうございます」と怯えた顔で礼を言って、そのまま瑛士たち二人の傍からそそくさと離れていってしまった。

「さてと……ここからが本番だ。ヘマしないように頼むぜ、玲奈」

「……大丈夫、僕は完璧。マスターこそ、気を付けて」

「ヘッ、言ってろよ」

 隣の玲奈と小声でそんなやり取りを交わした後、瑛士はニヤリと不敵な笑みを浮かべ。そうすれば目の前の扉に手を掛け、その先にあるパーティ会場へと二人揃って足を踏み入れた。

「――――すごい」

 そうして一歩踏み入れば、広い会場の煌びやかな雰囲気に気圧けおされた玲奈がボソリ、と呟く。

 実際――――イザ目の前に現れたパーティ会場は、本当に華やかで格調高い空間だった。

 形式としては、立食パーティのような感じだ。老若男女、多種多様な客が詰めかけている広い会場の中に点々と設置されているのは、白布で覆われた大きな丸テーブル。そこにホテル側が用意した様々な料理が並んでいて、それを各々好きに取っていくという……要はビュッフェ形式のパーティだ。

 そして、そんな会場に集まっている客たちは事前の情報通り、皆かなり社会的地位の高い者ばかりのようだった。

 身に纏う服装や、それに漂わせる雰囲気がまず一般人とは違う。加えて現役の政治家先生だとか、芸能界ではかなり名の知れた大物だとか。そういった……瑛士も見知っている顔も多く見受けられる。

 どうやら、霧島の情報は正しかったようだ。

 ザッと見渡した感じ、此処からだとデニス・アールクヴィストや、副官の三原宗二の姿は確認できなかったが……これだけ広いパーティ会場だ。きっと何処かには居るだろう。或いはまだ会場に到着していないのか、それともアールクヴィストが来るかも知れない、という部分だけが嘘だったのか…………。

 ――――何にせよ、真偽はいずれ分かることだ。

 今はひとまず、ホテルの従業員を装いながらパーティ会場内を歩き回ることから始めよう。

 そう思い、瑛士は隣でぼーっと会場を眺める玲奈に目配せをしてから、彼女と一緒に会場内を歩き始めた。

 幸いにして、響子が事前に衣装を用意してくれていたお陰で、二人はホテルスタッフとして会場に上手く溶け込めている。

 格好はさっきから述べている通り、ホテルスタッフ――――厳密に言えば給仕役、分かりやすい言い方をすればウェイターの格好だ。二人とも男女別の制服の為、多少なりともデザインに差はあれど……燕尾服のような印象の、清潔感のある見た目なのには違いない。

 そんなウェイターの格好をした二人。瑛士の方はさておくにしても、驚くべきなのは玲奈の方だ。

 いつもは白鷺学園のブレザー制服姿、年がら年中あの制服ばかり着ている彼女だから、どうにも幼げな印象が抜けないのだが――――しかしウェイターの服装を身に纏った今の彼女は、驚くべきことに普段より数割増しで大人びて見える。

 まあ、服に着られている感はどうしても否めないが。それでも普段よりは年上に見える感じで、例えるなら……働き始めの新人ウェイターぐらいには見えるだろう。多少のミスマッチ感はあれど、概ね会場には溶け込めていた。

 悔しいが、蒼真の見る目は本物だったというワケだ。確かに普通に着飾ってしまえば、彼の言う通り結構イケる。少なくとも、白鷺学園に通っている年頃の学生とは思われないだろう。悔しい話だが、瑛士は負けを認めるしかなかった。

「さてと……上手く立ち回れよ、玲奈」

「分かってる。予習は万全、任せてマスター」

 そんな出で立ちの二人は、時折小声で言葉を交わしつつ。ひとまずウェイターとしてパーティ会場の中をごく自然な立ち振る舞いで歩き回る。

 勿論、仕事もせずに手ぶらのままでは不審がられてしまう。だから銀のサービストレイに乗せたシャンパングラスを客に振る舞ったり、そういう風に接客みたいなこともやってみせた。

 さっき心付けを渡した手引き役の従業員から十五分ぐらい前に習ったままの、完全に見よう見真似だが……意外や意外、これでも案外どうにかなるものだ。少なくとも、客や他のウェイターに不審がられた様子はない。

「失礼、シャンパンを頂けるかしら?」

 そうして接客の真似事をしつつ会場の様子を窺うこと、三十分が経過した頃。玲奈と別れて会場内をさりげなく見回っていた瑛士は、客と思しき見知らぬ女性に声を掛けられていた。

 声を掛けてきた彼女は――――かなり小柄な女性だ。

 割と高めのハイヒールを履いているから多少の誤差はあるが、素の背丈は一四〇センチ台の前半から中頃ぐらいと見るべきか。

 陶磁みたいに真っ白い肩が露出した、綺麗な青のパーティドレスを身に纏っている。金糸みたいに透き通る金髪は長く、腰辺りまで届くストレートロングの格好だ。華奢な脚はスラリと長く、胸元が多少寂しい程度でスタイルは十分。濃すぎない程度にうっすらと化粧をした……そんな見目麗しい淑女だ。

 彼女は見てくれこそ少女のように見えるが、しかし落ち着いた語気と立ち振る舞い、上品な言葉遣いから察するに……歳は二十代前半で、かなり社会的地位の高い家に生まれたご令嬢と見るべきか。

 もしかしたら歳はもう少し若く、ひょっとすると十代の青春真っ盛りな年頃なのかも知れないが……しかし、こうした社交の場に慣れていることは間違いない。彼女の漂わせる雰囲気は、明らかに社交界慣れした者のそれだ。

「え、ええ。どうぞ」

 そんな彼女の美貌を前に、瑛士ですらも思わず眼を奪われてしまっていたが。しかし見上げてくる彼女の、翠色の瞳に見つめられていると……瑛士はすぐにハッと我に返り。そうすれば、片手に乗せていた銀のサービストレイに乗っていたシャンパングラスをそっと彼女に手渡す。

「ありがとう」

 グラスを受け取った彼女は瑛士に柔らかく微笑み、小さくお辞儀をすると。そのまま瑛士の脇をすり抜け、会場内に詰めかけた客たちの中に消えていく。

「ふふ――――」

 だが――――微笑を浮かべる彼女はすれ違いざまに、瑛士の制服ズボンのポケットへ何かを突っ込んでいった。本当にさりげなく、誰にも悟られぬほどに自然な仕草で。

「…………おいおい、マジかよ」

 丁度空になったサービストレイを小脇に抱えつつ、瑛士が違和感を覚えたポケットを漁ってみる。

 すると、そこに入っていたのは小さく折り畳まれた紙切れだった。

 開いてみれば、その紙切れに記されていたのは要点だけを箇条書きした簡潔な連絡で。加えて、その末尾には――――驚くことに、長月遥の名が記されていた。

 どうやらあの見目麗しい金髪の淑女、遥が変装した姿だったらしい。まるで別人にしか見えなかったが故の、瑛士のこの驚き方というワケだ。

「流石はニンジャってワケか、マジで誰か分からなかったな」

 誰にも聞かれぬ程度の小声で呟く独り言は、遥に対する心からの賛辞の言葉だ。

 遥の実力は、やはり本物のようだ。宗賀衆とやらで彼女が最高位、上忍の位を授けられたのも納得出来る。あれほど完璧な変装を瑛士は見たことがない。自分自身ですらも出来るか怪しい。それほどまでに、ついさっき出逢った遥の変装は完璧そのものだった。

 恐らく、人並み外れた感覚の持ち主である玲奈でも察知するのは困難だろう。遥は見た目だけではない、喋り方や声のトーン、何気ない所作や仕草まで、完璧に別人を演じていたのだ。低い背丈だけは流石にどうしようもなかったようだが……それでも、完璧な変装だ。

 響子が言っていた別ルートというのは、遥が客としてこの場に潜り込むことだったのか。

 今更になって納得しつつ、瑛士はたまたま近くを通り掛かった玲奈をチョイチョイ、と手招きして呼び寄せる。

「なに、マスター」

 銀のサービストレイを抱え、とてとてと小走り気味に歩み寄って来た玲奈。不思議そうに首を傾げる彼女に、瑛士はニヤリとしてこう告げる。

「アイツが此処に来てるみたいだぜ。遥が見つけてくれたんだ。――――デニス・アールクヴィストをな」

 遥から貰った小さな手紙を指で摘まみ、それを玲奈に見せつけつつ。瑛士は不敵な笑みを湛えながら、囁く声音で玲奈にそう告げていた。

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