第二章:プライベート・アイズ/08

 ――――三日後。

 十九時過ぎの都内。真っ暗な夜空を頭上に仰ぐ、煌びやかな街明かりの中。港区は南青山の国道246号――――青山通りを流す、純白のスーパー・スポーツの姿があった。

 二〇〇五年式、ホンダ・NSX‐R。タイプRの証明たる深紅のエンブレムを奢ったそのチューンドカーを走らせるのは、当然ながら津雲瑛士だ。隣の助手席にはやはり玲奈の姿がある。

「マスター、そろそろ着く?」

「この辺りだからな、もうすぐのはずだ」

 最早官能的とも言えるほどに甘美なVTECサウンドを響かせるNSX‐Rを走らせながら、サイドシートにちょこんと座る玲奈に話しかけられた瑛士がそう答える。実際、目的地はもう間もなくの距離にまで迫っていた。

 そんなNSX‐Rの車内、カーステレオからは稲垣潤一の『246:3AM』が流れている。一九八〇年代前半の名曲だ。よく考えれば、偶然にもこの国道246号は青山通りから来ているタイトルの曲でもある。

 選曲は瑛士の趣味だ。基本的に彼の趣味というか……特に音楽センスは割と古い。洋楽の方は割と幅広く聞いているが、邦楽なら八〇年代、バブル期の……いわゆるシティポップが好み。であるが故のこの選曲というワケだ。

 古い流行り歌を聴きながら、珠玉のスーパー・スポーツで都内の煌びやかな夜の表通りを流していると、妙に小洒落た気分になってしまう。これで目的地が仕事先でなければ言うことないのだが……まあ、仕事は仕事だ。その程度のことで文句を言ってはいられない。

「……この辺り、夜になると綺麗だね」

 カーステレオから流れる、古い流行り歌を背景に、サイド・ウィンドウに流れる街並みを眺めていた玲奈がぽつりと呟く。

「まあ、青山通りだからな。夜景が綺麗なのも当然さ」

「マスターと一緒に、今度プライベートで来たい」

「この南青山に、か?」

 横目を向けながら瑛士が問うと、同じく横目の視線を合わせてきた玲奈がコクリと彼に頷き返す。

「そうさな……だったら今度、今の仕事が一段落したら、また改めて連れて来てやるよ」

「……ほんと?」

「ホントもホント。俺が玲奈に嘘ついてどうすんだよ」

 うーんと唸った後に瑛士が答えて、それにきょとんとした顔で訊き返してくる玲奈に対し、視線を向けないままに頷き返してやると。すると玲奈はやはり無表情のままだったが……しかし、ほんの僅かに嬉しそうに表情を綻ばせながら、サイドシートで独りこんなことを呟いていた。

「マスターと、デート……」

 と、そんな風な浮ついた独り言を。

 そんな彼女を横目に、瑛士はやれやれと肩を揺らす。

 とはいえ、瑛士の顔も満更でも無さそうな感じだ。まあ……彼女に向ける感情といえば、どちらかといえば妹に接しているような、そんな感じのものなのだが。

 しかし、そんな瑛士の内心を知るよしもない玲奈は独り、無表情な顔を僅かに綻ばせながら「嬉しい……」と独り言を呟き続けていた。

「……ま、いいか」

 瑛士は呟きながら、ギアを三速へと落とす。巧みに回転数を合わせながらのギアダウンだから、変速ショックは極限まで少ない。クラッチ捌きも丁寧なものだ。本気で攻めた走りをしないときの、街中を流すときの瑛士の運転は紳士そのものだった。

 そうして瑛士はギアを落としながら、純白のNSX‐Rで交差点を滑らかに曲がっていく。

 青山通りから幾つか交差点を折れ、細い横丁の方へと彼はNSX‐Rを走らせた。向かう先は……もう頭に叩き込んである。もう数分もしない内に、目的地が見えてくるはずだ。

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