第一章:二人のスイーパー/01
第一章:二人のスイーパー
「マスター、起きてマスター」
「んあ……」
カーテンの隙間から眩い朝日の欠片が差し込み、窓の向こうからは小鳥の囁く鳴き声が聞こえてくる、そんな早朝のことだ。
ゆらゆらと誰かに身体を揺さぶられ、
「早く起きて。でないと、遅刻する」
「ええ? 今何時だよ……」
尚もゆさゆさと瑛士の身体を揺さぶってくる玲奈に言われて、瑛士は眠い頭を億劫そうに動かし、ベッドサイドに置いてあった小振りなデジタル時計を確認するが……しかし、時刻はまだ午前七時半だった。
「昨日は遅かったからさ、もう少し寝かせてくれよ……」
「だめ」
「駄目じゃなくて……マジで眠いんだよ……」
「だめ。今日、マスターが学園まで送ってくれるって約束した」
まだ朝も早いじゃないかと思い、寝ぼすけな瑛士はそのまま二度寝と洒落込もうとするが。しかし無表情ながら、何処か膨れっ面っぽい玲奈に揺さぶられながらそう言われてしまうと、瑛士としても起きないわけにもいかず。瑛士は殆ど身体の上に乗っかるような格好だった玲奈を押し退けると、仕方なしにベッドから起き上がった。
ふわーあ、と欠伸をしてからうんと伸びをして、凝り固まった身体をパキポキと鳴らす。そうしてから瑛士は「ちょっと待ってろ」と言うと、立ち上がって洗面所へと赴いていく。
まあ、寝起きで真っ先に洗面所に向かう目的といえばただひとつ。眠気覚ましがてらに顔を洗うことぐらいなものだ。
バシャバシャと冷水を顔に浴びせてやれば、完全に寝ぼけていた意識も否応なく叩き起こされるというもの。まして今は肌寒い、師走も目の前な冬の季節なのだから尚更のことだ。
「っ、ふぅーっ……」
冷たい水を顔に浴びて、やっとこさ意識を覚醒させた瑛士は濡れた顔のまま、目の前にある洗面台の鏡を何気なしに見つめる。
そこに映るのは、自分の顔だ。そこそこ彫りの深い顔は、日本人にしては割に白めの肌で。パーマをかけた茶髪の髪は、今は前髪辺りが水で濡れていた。
まさに水も滴るイイ男……なんて寝ぼけた自画自賛を内心で瑛士がしていると、いつの間にか傍らに立っていた玲奈が「マスター、これ」と言って、乾いたタオルを差し出してくれる。
どうやら、これで顔を拭けということらしい。瑛士は「サンキュー」と礼を言いながらそれを受け取ると、濡れた顔をそのタオルで拭った。
そうしてタオルで顔の水気を取ってやると、傍らに立つ玲奈とともに鏡に映るのは……津雲瑛士という自分自身の、眠気が抜けて精悍になった青年の顔だった。
――――
身長一七五センチ、年齢は今日現在で二四歳。誕生日は八月二一日で、ギリギリの滑り込みセーフで獅子座だ。あと二日遅ければ乙女座になるところだった。こんなナリで乙女座というのは……面白いといえばそうかも知れないが、本人的には色んな意味で嬉しくない。
ちなみに彼、児童養護施設……有り体に言えば孤児院の出身だから、親類は居らず。真の意味で天涯孤独だったりする。嘗てはたった一人の妹も居たのだが……ある事件のせいで、今はもう帰らぬ人になってしまっていた。故に今の瑛士は、本当の意味で天涯孤独なのだ。
また、表向きには自宅にしているビル……というかマンションか。そこの管理人兼、私立探偵ということになっている。とはいえその辺は書類やら税金対策の為の方便でしかなく、実際にはスイーパー、つまり闇の稼業を営んでいた。
…………スイーパー。
日本語に直訳すれば、掃除人といったところか。別の言い方だとクリーナーというのもあるらしいが、スイーパーの呼び方の方が裏通りでは広く通じている。
スイーパーといっても仕事内容は一口には語れず、依頼人によって仕事も様々。人捜しだったり素行調査だったり、尾行だったり潜入だったり、或いは直接的な殺しの仕事もある。
言ってしまえば広義的な殺し屋なのだが、ただ他人を殺すだけが仕事ではない。先に述べた通り、依頼人によって仕事内容は本当に千差万別なのだ。故に私立探偵という彼の表向きの肩書きも、あながち間違っていないと言えるかも知れない。
何にせよ、彼はそういう稼業の人間だった。だから当然のように銃器の類は持っているし、戦闘経験も並大抵ではない。まず間違いなく、そこいらの正規軍人が聞いたら泡を吹いてひっくり返るぐらいの、壮絶な経験を積んできている。潜ってきた修羅場の数は十や二十ではとても効かないぐらいだ。
――――少し、話が逸れたか。
ともかく、これが津雲瑛士という男の身の上だった。
そんな彼の隣に立ち、感情の機微が窺い知れない無表情でずーっと瑛士のことを見つめている少女。瑛士の相棒でもある玲奈もまた、彼と同じスイーパーなのだが……彼女に関してのことは、今は後回しにしておこう。
「マスター、マスター」
「なんだ?」
「おなかすいた」
「えぇ? ……ったく、しゃーねえな。すぐ作ってやるから、ちょっとだけ待ってな」
「うん、待ってる」
「リクエストは?」
「マスターが作ってくれるものなら、なんでも美味しい。……と言いたいところだけど、今日はパンの気分」
「んじゃあ洋食系のメニューでいくか。っつっても、朝っぱらからそう手の込んだモンは作らねえからな?」
「うん、分かってる」
「良い子だ。分かったら席に着いてろ。ちゃっちゃと作ってやるから」
くいくい、と瑛士の服の裾を引っ張り、無表情のまま催促してきた玲奈とそんなやり取りを交わし合った後。とてとてと小走りでリビングルームの方に去って行く彼女の背中を眺めながら、瑛士はやれやれ、と言わんばかりに小さく肩を揺らしていた。
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