第一章:二人のスイーパー/02
その後、瑛士はダイニング・テーブルの椅子に腰掛け、まるで幼児のように純真な眼差しで待つ玲奈の視線を背中に浴びながらキッチンに立ち、ご要望通りに朝食を
今日はついさっき玲奈にリクエストされた通り、パン……というかトーストをメインに据えた洋風な朝食メニューだ。
といっても、そう難しいものではない。バターをこれでもかと塗りたくった分厚いトーストを主食に、後は手早く作ったスクランブルエッグとベーコンに、後はカット済みで包装された形でスーパーマーケットに並んでいた出来合いのサラダを添えただけの、そんな簡単なものだ。
本当ならもう少しぐらい手の込んだ物を用意してやりたいところだが、時間が時間だけにあまり食事の支度に時間を割いてはいられないのだ。午前七時半ちょっと過ぎは二度寝するには最高の時間だが、いざ玲奈を学園まで送り届けるとなると、少しばかり余裕がない頃合いだ。
「はむはむ」
「美味いか?」
「うん、美味しい」
「なら良し」
厚切りのトーストを両手で持ち、まるで小動物のような仕草で頬張る対面の玲奈に頷きつつ、瑛士もまた自分の分のトーストを囓る。
そうしながら瑛士がおもむろにリモコンを手に取り、少し離れたところにある液晶テレビの電源を入れると。すると映ったのは朝のワイドショー番組で、今日は『フレイア』……あるNGO団体がハワイ沖合、太平洋上に作っていた平和目的の超巨大な国際科学研究用の人工島。それが大爆発して海中に没した、数ヶ月前に起きた凄惨な事故に関しての報道を繰り返していた。
といっても、今更になって新事実が判明したワケでもない。良い感じのタイミングを見計らって、賑やかし程度でニュースに取り上げているだけのことだ。
――――今から遡ること数ヶ月前、何の脈絡もなく原因不明の大爆発事故を起こした『フレイア』は内部から爆ぜ、人工島の本体である洋上のプラットフォームが丸ごと月まで吹っ飛んでしまった。
その『フレイア』には出身国も様々な科学者や職員、諸々合わせてかなりの人数が詰めていたらしいが……なんと、大爆発の中で生存者はゼロ。偶発的な事故によって生じた悲劇的な大惨事として、事故が起こった当初は世界中が騒然としていたものだ。
が、今となってはそれもかなり風化してしまっている。どれだけ騒いだところで、結局はこんなものだ。太平洋上の大きな人工島が丸ごとひとつ海図から消え、とんでもない数の死者を出してしまった大惨事だとしても……人々の記憶からは、いずれ忘れられていく。諸行無常、こればかりはヒトがヒトである以上、避けることなど出来ないのだ。
「あーっと玲奈、今日のベーコンは醤油じゃない、どっちかってと塩コショウの方がオススメだ」
「ほんと?」
「俺が嘘つく意味なんてあるかよ。……ほら、これ使いな」
「ん、ありがとマスター」
そんな報道番組を聞き流しつつ、瑛士は手元に用意しておいた塩と胡椒の瓶をそれぞれ玲奈に手渡してやりながら、朝食を頬張る彼女の顔を対面の位置からぼうっと眺めていた。
――――
見た通りの少女だ。身長一五六センチ、年齢は一応十六歳ということになっている。
髪色は文字通りの銀髪で、頭の左右に尾を垂らす可愛らしいツーサイドアップの髪型で纏めていた。ちなみに後ろ髪の長さに個人差があるツーサイドアップだが、彼女の場合はショート丈ぐらいに短く切り揃えてある。そのせいなのか、玲奈は妙に子供っぽく見えてしまう。
また、瞳の色は綺麗な薄紫……宝石に例えるのなら、アメジストのような色をしている。肌は割と色白な瑛士よりも白く、明らかに白人系の血を引いているような白さだ。
ちなみに、スリーサイズは上からバスト八五のウエスト五五、ヒップ八〇。本来なら国家機密級のトップ・シークレットであるこの極秘情報を公言すれば、口を滑らせた奴を袋叩きにして然るべきなのが普通の女の子の、ごく普通の反応なのだが……こと玲奈に関しては頓着がないというか、そもそも色々と分かっていないからなのか、例えこれを人前で公言したところで、彼女は何の反応も示さないだろう。
……いやまあ、それはあらゆる意味でどうかと思うのだが。
――――話が脇道に逸れてしまったが。とにもかくにも玲奈はそんな風な、色々な意味で変わった女の子だった。
瑛士のことを『マスター』と呼ぶのも、彼女が変わっている点のひとつだ。まあ、これに関してはちょっと複雑な理由があるのだが……そこに関しては、また追々話すとしよう。
それで、だ。当然のことながら、彼女もまた瑛士と同じスイーパーの身の上でもある。
一応今は……ブレザー制服を着ていることからも分かる通り、都内にある私立学園、私立・
だから、玲奈にとって学生の身分はあくまで表の顔であり。真の顔は瑛士と同様の裏稼業、スイーパーなのだ。
「マスター、おかわり」
「おかわりって……流石にベーコンやら焼いてる時間もねえし、トーストだけで良いか?」
「うん、問題ない。バターたっぷりにしてくれると、嬉しい」
「へいへい……っと」
そんな彼女を相棒にして……もう何年経っただろうか。
色々と込み入った事情があることもあり、常に無表情な玲奈は一見すると無感情に思えるのだが、実はよく観察すると感情の機微が分かるのだ。
当然、出逢った当初は彼女の心の揺れ動きなんてまるで分からなかった。寧ろ不気味にすら思えていたのだ。何をしても何の感慨もなさそうで、ある意味で当時の瑛士は玲奈のことを怖がっていた。
だが……ここ最近は自然とコツが掴めたのか、玲奈が今どう思っているかは何となく分かるようになってきた。
「はむはむ……」
例えば今は、朝食が美味しくて少し嬉しそうな顔だ。二枚目のトーストをお代わりで、ご希望通りにこれでもかとバターを塗りたくってから出してやったから、特に嬉しそうな顔をしている。
…………といった具合に、玲奈は確かに無表情だが、決して感情の機微がないワケではないのだ。
ただ、その表現の仕方を知らないだけ。生い立ちや今までの境遇が境遇だけに、そういった人間らしい感情表現……とでも言うのだろうか。そういうものを学ぶ機会が、極端に少なかっただけのことだ。
それに、玲奈自身も出逢った頃より感情表現が上手くなっている。
といっても、普通の人間に比べればまだまだ拙いものだが。それでも、昔よりはずっと感情が豊かになった方だと、少なくとも瑛士はそう思っていた。
――――この
玲奈と出逢った当初、瑛士にとっての雇い主であり、スイーパーとしての育ての親である女が言っていた言葉だ。
あらゆる意味で的を射ていた、と瑛士は彼女の言葉を思い返す度に思う。斑鳩玲奈からは一般常識やその他諸々が欠落していて、そういう意味では赤子同然なのだ。
出逢って数年経って、彼女も色々と学習してきたから……これでも、随分と成長した方なのだが。それでもまだ、足りない部分は多い。
だが、それは彼女が究極的に純粋、何者にも穢されていないピュアな心の持ち主であることの裏返しでもある。瑛士が玲奈のことを放っておけなくて、何だかんだと世話を焼いてしまうのは……玲奈にそういった部分があるからなのかもしれない。津雲瑛士にとって、斑鳩玲奈はまるで妹のような存在ともいえた。
「……美味しかった」
「腹いっぱいになったか?」
「うん、お腹いっぱい」
「なら良し、だ。……さーてと、俺もいい加減に身支度せにゃならんな」
朝食を食べ終わった玲奈の食器を下げ、自分の分の食器も一緒にサッと洗い。濡れた手をタオルで拭いながら、壁掛け時計を見て瑛士がひとりごちていた。
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