第七章:兄と妹と、姉と妹と/02

「ッ!」

 斬り結んだ格好から互いに後ろへ飛び退き、遥と八雲の二人は一旦、互いに間合いを取る。

 そうして飛び退いた遥は、邪魔になるハイヒールのかかとを……文字通りヒール部分をバキンとへし折り。更に青いパーティドレスの裾も、動きやすいようにビリッと軽く裂いてみせる。

「ふっ、こうして其方とあいまみえることになるとはな――――!!」

 ヒールを折り、ドレスを裂き。そうやって遥が臨戦態勢を整えた頃、これを待っていたかのように八雲がタンッと地を蹴り、物凄い勢いで間合いを詰めてくる。

「早い……!!」

 振るわれる八雲の短刀を、同じく逆手に握り締めた右手の短刀で遥が再び受け止める。

 短い刀身同士が激突すると、金属が擦れ合う音以外に、キィィィン……と甲高い音が響く。お互いに高周波振動装置を仕込んだ刀同士が斬り結んだからこそ起こる、共鳴のような音だ。八雲の短刀もまた遥の物と同様、宗賀衆が好んで使う超振動刀……ヴァイブロ・ブレードだった。

「兄さん、どうして裏切りなんて真似を!?」

「知れたこと! 遥、我が妹よ! 其方にも分かるはずだ! 宗賀衆にもう未来はないと!!」

「宗賀衆に、未来がない……!? っ、くっ!!」

 斬り結んでは離れ、離れてはまた斬り結び。短く扱いやすい短刀が故の、息もつかせぬ斬撃の雨あられに遥は顔をしかめる。

 今はただ、兄の振るう刃を受け止め、そして流すだけで精いっぱいだ。完全に防戦一方。この猛攻……凌ぎきるには、少々骨が折れる。

「だとしても、裏切りを働く理由にはならない!!」

 されるがままでは、勝負の流れを完全に握られてしまう。

 そう思った遥は一瞬の隙を見出し、こちらから短刀を振るって反撃に転じる。

 ギィン、とまた甲高い音が響いて、短刀と短刀が斬り結び。右手で逆手に握った刃同士で、今日だけで何度目かという鍔迫り合いにも似た様相になって遥と八雲は睨み合う。

「裏切り? 違う、宗賀衆の方がそれがしを裏切ったのだ!!」

「兄さん、何を馬鹿なことを!!」

「いい加減に気付け、我が妹よ!! 宗賀衆は……あの愚かな者たちは! 本当に其方が生命いのちを賭けて尽くすに値する存在なのか!?」

「だとしても……!」

「だとしても、其方は何と申すか! 申してみよ、遥!!」

「っ…………!!」

 何度も、何度も何度も攻撃を仕掛ける。横薙ぎの一閃、刃を返して袈裟掛けに二連撃。そのまま下から縦一文字に斬り上げる一閃。

 だが、その全てを八雲は涼しい顔で受け流してみせる。まるで妹との剣戟を楽しんでいるかのように、日常の組み手稽古を楽しんでいた時のように。八雲は遥の放つ短刀の斬撃を、全て涼しい顔で受けてみせた。

(瑛士たちが離脱するだけの時間は稼いだ……だとしたら、この辺りが退き際ですね)

 殆ど五分五分、いや八雲の方が幾らか勝っているぐらいの戦いだ。このまま斬り合いを続ければ、時間が経って疲労が蓄積するだけ、こちらの方が不利になる。

 だが――――今日の目的は、長月八雲を仕留めることじゃない。こうして自分が忍ぶことを止め、表に飛び出て兄と斬り合っているのは……あくまで、瑛士が混乱状態の玲奈を連れて逃げ切るだけの時間を稼ぐためだ。

 こうして斬り合う中で、それなりに時間は稼いだつもりだ。だとしたら、そろそろ退き際か…………。

「ふっ……!!」

 そう判断した遥は兄との短刀での斬り合いを止め、バッと地を蹴りバック宙気味に大きく飛び退き。懐から取り出した十字手裏剣を三枚同時に左手で八雲に向かって投げつける。

「笑止!」

 が、八雲は飛んで来た三枚の十字手裏剣を、右手の短刀でいとも簡単に斬り払ってしまった。

「…………!」

 とはいえ、これも想定内だ。大きく宙を舞って飛び退いた遥はタンッと床に着地すると、右手の短刀を懐の鞘に収め。そうして右手がフリーになれば、裂いた裾の隙間からドレスの脚に手を突っ込み……その奥に隠していた自動拳銃を引き抜いた。

 ――――スプリングフィールド・XDM‐40。

 クロアチア製の原型ピストルを改良した、合衆国製の自動拳銃だ。流行りの樹脂フレームを用いた軽量なピストルで、遥が取り出した物は四・五インチ寸法スライドのフルサイズ仕様、四〇S&W弾を用いるタイプの物だった。

「これなら!」

 XDMを抜いた遥は右腕一本でそれを構え、間髪入れずに兄に向かって躊躇なく連射する。

 白煙立ち込める中、遥の構えたXDMの銃口で続けざまに火花が瞬き。そうすれば四〇口径のフルメタル・ジャケット弾頭が、銃を持たぬ……最早丸腰同然の八雲へと殺到する。

 だが――――。

「ふっ……!!」

 八雲は飛んで来た銃弾の雨あられを、素早く閃かせた右手の短刀で全て斬り払ってしまったではないか。

 ――――超音速で飛来する銃弾を、斬り払う。

 それは最早、人間業とは思えない所業だ。だが八雲は涼しい顔でそれをいとも簡単に成し遂げてしまった。

「銃火器など児戯! 斯様かような物に頼るなど……笑止千万!!」

「やっぱり、この程度じゃ兄さんは倒せない……!!」

 当然のように銃弾を斬り払って見せた兄に舌を巻きつつ、遥は更にXDMを連射して牽制しながら、バック宙気味に飛んで後退していく。

 遂には弾倉ひとつ分を撃ち込んだ遥だったが、しかし八雲はその全てを……計十六発の四〇S&W弾を斬り払ってしまった。どれだけ撃ったところで、銃弾如きでは長月八雲に傷ひとつ付けることは叶わぬと、まるでそう言いたげな笑みを湛えながらで、だ。

 だが、当たらずとも隙を作り出すことは出来た。大きく飛び退いて後退していった遥は、そのまま煙に紛れるようにしてこの場を離脱する。

「…………フッ」

 実を言うと、このまま遥を追撃することも出来る。

 出来るのだが……しかし八雲は敢えて妹を追わず。フッと満足げに笑むと、そのまま右手の短刀を懐の鞘に収めた。

 そうした頃に、やっとこさ煙を感知した火災報知器がけたたましいサイレンを鳴らし始め、とすれば同時に天井のスプリンクラーから、消火用の水が雨のように降り注ぎ始めた。

 降りつけるスプリンクラーの水に打たれながら、煙の消えたパーティ会場に立ち尽くす八雲は――――至極満足げに、微笑んでいた。

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