第三章:ブラック・レイン/04

 二人分の脚力に蝶番ちょうつがいが耐えきれず、バンッとド派手に吹き飛んだ扉。その向こう側に広がるVIPルームでは、霧島の護衛たちが泡を食ったように懐から拳銃を抜いているところだった。

 恐らく、今の銃声で襲撃だと気が付いたのだろう。それにしては動きが遅く、まるでなっていないが。恐らく二束三文で雇った護衛たち、素人に毛が生えた程度の奴か……実戦経験の乏しい連中だ。実際どうなのかは分からないが、とにかく護衛役の費用をケチったことが……霧島の犯した人生最大のミステイクだった。

「玲奈、俺は左半分を」

「了解、右は僕に任せて」

 そんな護衛たちに対し、瑛士と玲奈はそれぞれ役割分担しつつ早撃ちで対処した。

 すると、護衛たちは全員が銃を撃つ前に身体を射貫かれ、次々とVIPルームの床に膝を折っていく。

 瑛士の連射に、狙い澄ました玲奈の正確無比にして素早い射撃。数秒も経たない内に護衛の全員が倒れ、VIPルームに残る生者は扉を蹴破って現れた瑛士たち二人と、後は霧島に……加えて彼と取引をしていた、この店の店主と思しき男だけだった。

 見ると、霧島と店主が対面になって座る席、テーブルの上には現金の入ったアタッシュケースと……そして、透明なビニールに袋詰めされた状態の、小麦粉めいた白い粉が大量に入ったアタッシュケースの二つが並べられている。

 どうやら当初の予想通り、霧島は麻薬取引の為にこの店を訪れたらしい。これで店の黒い噂が真実であることは確定、店主は完全にクロだ。

「ひ、ヒィッ!」

 霧島の護衛が瞬く間に皆殺しにされたのを見て、恐れおののいた店主は我先にと逃げ出していく。

「させるかよ」

 が、その背中を瑛士が無慈悲に撃ち抜いた。

 ドングリのように大きな四五口径のジャケッテッド・ホロー・ポイント弾頭に背中の中心を殴られ、店主の男が転んだようにうつ伏せになって派手に倒れる。どうやら上手い具合に脊椎のド真ん中をブチ抜けていたようで、倒れた店主は泡を吹き白目を剥いたまま、ピクリとも動かない。殆ど即死だった。

「な、なんてことだ……! アールクヴィスト氏、幾ら何でも早すぎますよ……!?」

 とすれば、恐怖した霧島も逃げ出そうとする。

 だが瑛士の方は、店主を射殺した一発がどうやら最後の一発だったらしく。彼の1911は弾切れを起こしてしまい、スライドを後退させたまま無様にホールド・オープンの格好を晒している。

 だから、瑛士に逃げる霧島を止めることは出来ない。

「玲奈」

 しかし、瑛士は慌てない。彼は至極落ち着いた様子で、暗に任せたと相棒に告げていた。

「――――了解、マスター」

 自らのあるじたる彼に告げられて、玲奈が動き出す。

 タンッと地を蹴って飛び上がれば、玲奈は天井スレスレの高さを滑空し。空中で身を捩りながら、ツーサイドアップに結った銀髪を揺らしながら、そのまま霧島の前へと立ち塞がるように着地する。

「ヒッ!?」

 突然目の前に現れた玲奈の、彼にとっての死神に等しい少女の姿を目の当たりにして、霧島は怯えた声を上げながら思わず後ろに何歩かたたらを踏む。

「――――」

 玲奈は左手のリヴォルヴァー拳銃をホルスターに仕舞うと、瞬く間にそんな彼の懐に飛び込み、一瞬の内に霧島をその場に叩き伏せてしまった。

 ぐるりと視界が回る中、霧島は自分の身に何が起こったのかも分からなかっただろう。自分とは結構な体格差がある、こんな少女の手で軽々と投げられてしまったなんて……まさか、想像できるはずもない。

「がはっ……!?」

 バンッと音がするぐらいの勢いで床に背中を叩き付け、霧島が眼を見開いて喘ぐ。

「ひゅーっ、ひゅーっ、ひゅーっ……! あ、かはっ! う、ぐ……ゲホッ!」

「それ以上、喋らなくていい」

 叩き付けられた衝撃で、肺に溜まっていた空気を根こそぎ絞り出された霧島が床の上で丸まり、空気を求めて過呼吸気味に喘ぐ中。玲奈はそんな彼の首の後ろに鋭い手刀を当てて意識を刈り取った。

 当て身を喰らった霧島が気絶すると、玲奈は懐からタイラップ――――プラスチック製の、身も蓋もない言い方をしてしまえば結束バンドだ。それを使い、素早く霧島の手足を縛って拘束してしまう。

 とすれば、今度はダクトテープのロールを取り出し、愛用のエストレイマ・ラティオMF2の折り畳み式ナイフで切り分けたそれを使い、今度は霧島の目と口にダクトテープを巻き付けた。

「マスター、梱包終わったよ」

「よーし良い子だ。んじゃま、とっととズラかるとしようぜ。警察に絡まれたら面倒だ」

「ん、分かった。荷物・・はマスターが担いでね。僕が引きずるにはちょっと重いから」

「へいへい、心配しなくても初めからそのつもりだ」

 そうして玲奈が手際よく梱包・・した、ガチガチに拘束された霧島を瑛士は肩に担ぎ上げると、そのまま玲奈とともに裏口から店を後にしていく。

 二人が店を出て行った頃、度重なる銃声のせいで店内は酷い騒ぎになり始めていて。混乱と悲鳴、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化した高級中華料理店の様相を尻目に、瑛士たちは裏口から夜闇の中へと消えていった。

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