第三章:ブラック・レイン/06

 仕組まれたロシアンルーレットで完全に心を折られた霧島は、知っていることを瑛士たちに洗いざらい吐いた。

 といっても、大半の情報は大したことのないものだった。

 幾つか例を挙げるとすれば……ザッとこんな感じのことを霧島は喋った。

 ――――まずひとつ。彼がアールクヴィストと知り合った切っ掛けは数年前、まだ巨大国際犯罪シンジケート『スタビリティ』が存在していた頃のことだった。

 まだ駆け出しだった霧島が『スタビリティ』の支援を受けつつ、組織の庇護の下で……主に日本国内へ武器や人員を持ち込む役割を与えられていた。その際に視察にやって来たのが、当時は同組織の戦闘部門の幹部であったデニス・アールクヴィストだったらしい。

 その出逢いを切っ掛けに、二人は意気投合し……そして『スタビリティ』が崩壊した後、彼と彼の組織を霧島が支援することになったそうだ。

 …………もうひとつ、例を挙げるとしよう。

 霧島を援助していた『スタビリティ』が壊滅した後、実は彼の経営する企業は割と危ないレベルまで傾きかけていたそうだ。

 パトロンであり得意先でもあった大組織が丸ごと消え去ったのならば当然のことで、そこに新たな取引先として現れたのが、アールクヴィストが組織の残党を掻き集めて旗揚げした例の組織『インディゴ・ワン』だったらしい。彼らが軍資金集めの為に色々と新規の顧客を流してくれたことで、霧島の企業もどうにかこうにか持ち直したそうだ。

 つまり、二人は互いに互いの窮地を救い合った仲、というワケだ。

 ……そう、霧島の吐いた情報といえば、この程度の至極どうでもいい身の上話ばかりだった。

 だが――――ひとつだけ、彼は瑛士たちにとって有益な情報をもたらしてくれた。

「き、君たちはミスタ・アールクヴィストを探しているのだろう? だったらいい話がある。い、一週間後……横浜の一流ホテルで大きなパーティが催されるんだ。そこには政治家先生や大企業のCEO、芸能界の大物だとか……とにかく、業界の著名人ばかりが集まるパーティでね。

 それで、だ。実を言うと、ミスタ・アールクヴィストと関係を持っている者、いわゆる裏の人間だが……私以外にも数多く存在する。彼らもそのパーティに出席するはずだ。何か有益な情報を得られるかもしれない。いいや、ひょっとするとミスタ・アールクヴィスト本人が現れる可能性もある…………」

 ――――だ、そうだ。

 怯えきり、恐怖に支配された霧島の眼の色は、どう見ても嘘をついているような感じではなかった。今の話も、ある程度は信憑性のあるものだろう。

 だが、アールクヴィストの用心深さと用意周到さを考えれば、これも罠である可能性も否定できない。霧島が嘘をついていないにしろ、もし霧島に瑛士たちが直接こうして尋問することまで想定していたと考えれば……どうにも、誘導されているような気がしてならない。

「――――ということらしいぜ、ババア」

 その辺りの判断がどうしても付けられず、且つ今の話を報告しなければならなかったこともあって、瑛士は一旦霧島の尋問を中断。携帯電話を耳に当て、響子に連絡を取っていた。

 ちなみに、今彼が左耳に当てているのは私物のスマートフォンではなく、古い二つ折り型の携帯電話……仕事用の方だったりする。

 こうして携帯を使い分けること自体、実際はほぼほぼ意味が無いことなのだが、その辺りは雰囲気と瑛士自身の趣味だ。多機能な利便性を考慮しないのなら、実は瑛士の好みは古式めいた二つ折り携帯の方だったりする。この辺りの変なチョイスも、瑛士の趣味の古さというか……妙なセンスの表れだ。

『ふーん、なーるほどねえ……』

「奴の用心深さを思えば、コイツも罠だって可能性も考えられる」

『んで、アタシの意見を聞きたくなったってワケかい』

「そういうことだ。……んでババア、アンタはどう思う?」

『どうもこうもないさね。昨日も言ったけど、手掛かりは結局ソイツしかないんだ。罠だろうが何だろうが、食い付いてみるしかないじゃないか』

「ま……そりゃそうだわな」

 当然だと言わんばかりな口振りの響子に、瑛士は電話越しに肩を竦める。

 実際、彼女の言う通りだ。今のところ、デニス・アールクヴィストと『インディゴ・ワン』に繋がる手掛かりは目の前で椅子に縛られている霧島啓一と、そして彼の吐いた情報しかない。例えこれが罠だとしても、アールクヴィストに誘導されているのだとしても。それでも、食らい付いてみる以外に取れる手段はないのだ。

 瑛士の本心としては、ひょっとするとその辺りを確認したかったのかも知れない。全て分かっていたが、響子に背中を押して貰いたかったのかも知れない。

 だからこそ、瑛士はこんな風に肩を竦めていたのだ。当然だよな、という風に。

『んで、アンタはどうしたいんだい?』

「……ババア、例のホテルへの潜入の手筈、そっちで整えられるか?」

『…………ああ、やってやれないことはないわよ』

 響子は少し唸った後で、瑛士の問いかけに対し肯定の意を示した。

『下拵えはアタシの方でやっとく。もうその男に利用価値は無いわ。アンタらの顔もバッチリ見られちゃってることだし、さっさと始末しちゃいなさい。後片付けは全部アタシの方で手配しとくから』

「分かった。……何から何まで悪いな、ババア」

『気にしなさんな、アフターケアもアタシの立派な仕事さね。もう夜も遅いし、終わったらさっさと帰っておいで』

 そんな響子の言葉を聞き、瑛士はフッと口角を緩め。最後に「……ああ」と静かに頷き返すと、そのまま電話を切った。

 パタンと二つ折りの携帯を閉じ、懐に仕舞い。そうしながら玲奈の方に振り向くと、ずっとこちらを見つめていたらしい彼女と眼が合った。

「どうだった?」

「予定通りだ」

「ん、分かった」

 瑛士の短い答えに、玲奈は小さく頷き返し。そうすると、だらんと下げていた左手を伸ばし――――撃鉄を起こしっ放しにしていたマニューリン・MR73を、目の前の霧島に対し改めて突き付ける。銃口が捉えるのは、眉間だ。

「や、やめろ! 正直に答えたら殺さないんじゃあなかったのか!?」

「バーカ、俺は『クリア出来たら解放してやる』って言ったんだ。吐いた後のコトまで約束した覚えはねえぜ?」

 眼を見開いて抗議する霧島を、瑛士はニヤニヤといやらしい笑みを向けておちょくる。

「……マスター、撃っていい?」

「ああ、好きにしろ」

 そうしていると、小さく振り返った玲奈が許可を求めてくるから、瑛士はひらひらと手を振りながら軽い調子で承諾する。

「やめろ、やめてくれ! 私は、私はまだ死にたくない! 死にたく――――」

「――――さよなら」

 涙目になった霧島の必死の命乞いも虚しく、その言葉が紡ぎ終わるより前に……玲奈は眉ひとつ動かさぬまま、華奢な左の人差し指でマニューリンの引鉄を絞っていた。

 真夜中の倉庫に、三五七マグナムの雷鳴が如き激しすぎる銃声が轟き、ボロい壁や床が崩れるんじゃあないかってぐらいに激しく木霊する。まるで、天に召される霧島啓一に対しての鎮魂歌レクイエムを奏でるかのように――――――。





(第三章『ブラック・レイン』了)

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