第二章:プライベート・アイズ/04

 玲奈を連れて瑛士が向かった先。それはマンションの地下駐車場――――の更に下にある、広大な射撃練習場だった。

 そこは、文字通りの射撃場だ。拳銃用の五メートルレンジから、ライフル調整用の二五メートルの射場まで様々。奥にはちょっとした武器庫も据えられているし、コンクリート打ちっ放しの壁と床で囲まれたこの空間は……まさに秘密基地といった様相を見せていた。

 そんな地下射撃場の中、瑛士と玲奈はそれぞれイヤーマフ……大きなヘッドフォンのような形をした、謂わば耳栓だ。それを難聴防止の為に二人は耳に着け、隣同士の射撃ブースに立つ。

「んじゃあ始めるとすっか」

「……分かった」

 そうすれば、二人は天井から垂れているクリップにボール紙の標的を挟み。ブースの仕切りに付けられているリモコンを使い、標的を五メートル向こうまで遠ざける。

 標的を遠ざけた後、瑛士はさっき整備したばかりのシグ・ザウエル1911を。そして玲奈は愛用のマニューリン・MR73のリヴォルヴァー拳銃の銃把を、二人とも左手に握って構える。

 ――――これは余談だが、瑛士は変則的な両利きだったりする。

 まさに今、拳銃を左手で構えているのがそうだ。

 瑛士、基本はこのように左利きなのだが……ペンに箸、そしてライフルなどの長物の銃器だけは右手で扱う、かなり変則的な両利きなのだ。

 ペンと箸はさておくにしても、ライフルなどの長物銃器に関しては、左で構えるよりも右の方がしっくりくるという事情がある。

 良く馴染むし――――何より、銃火器というものは基本的に左利きに優しくない。

 ここ最近は各メーカー、両利きを意識してくれてきた節はあるが。しかし、まだまだ左利きには優しくないのが現状だ。

 それでも、拳銃ならばテクニック次第でどうにでもなる。だが……長物になると話は別だ。

 例えば、FA‐MASファマスなどのブルパップ式の自動ライフル。これは銃床部分に機関部が据えられた構造の……まあ、銃床から弾倉が生えているような格好のライフルなのだが。銃床に機関部が据えられているというその構造上、どうしても薬莢が頬に直撃してしまう為、咄嗟に左で構えることは難しい。

 勿論、左利き用に組み替えることも出来るが……あくまで分解した上での話だ。敵の死体から剥ぎ取ったライフルを使うとき、わざわざ分解するだけの時間があるとは思えない。だから基本、左利きがブルパップを拾って使うことは出来ないようなものだ。

 ――――というように、銃火器も他の例に漏れず、マイノリティな左利きにはどうしても優しくないのだ。

 だから、瑛士は長物類だけは……その方が身体に馴染むというのが一番の理由だが、拳銃と違い右手で扱うのだ。

 また余談だが、拳銃の方も本来は左利き用に、つまり右側に付け替えるべきマガジンキャッチボタンも……瑛士は右利き用のまま使っている。

 これは、単に人差し指で扱う方に慣れてしまったというだけだ。今では逆に、親指でマグキャッチを扱う方が違和感を覚えるぐらいだ。

 ――――閑話休題。

「……今日はマスターより、僕の方が当たってる」

 そんな瑛士とは対照的に、玲奈の方は完全な左利きだった。

 銃もペンも箸も、何もかも左で彼女は扱う。ライフルなどの長物類もだ。瑛士のように変な使い分けの奇妙な両利きでない分、ある意味で潔いというか。

 …………まあ、瑛士も玲奈もプロのスイーパーだ。片手だけでしか武器を扱えないということはなく、当然のように左右両方で扱える。

 が、出来る限りは利き腕で撃った方がやりやすいというものだ。変則的な両利きの瑛士に、完全な左利きの玲奈。二人の利き腕事情は、そんな感じのものだった。

「気のせいだ」

 弾倉ひとつ分打ち終えた瑛士が、隣のブースで自慢げに呟く玲奈に言い返す。

「じゃあ、見比べてみる?」

「上等」

 またリモコンを操作し、弾痕の空いた標的を二人はそれぞれ手元に引き寄せて。天井から垂れているクリップより外したそれを持ち寄り、互いに互いの結果を見やる。

「ほれみろ、俺の方が当たってるだろ?」

「……む、マスターは八発。僕は六発だから、総合的に見ると僕の方が当たってる」

「たった二発の差、だろ?」

「されど、二発」

 …………とまあ、二人の調子はこんな風だが、実際には瑛士も玲奈も五分五分といった具合の命中率だった。

「というか、玲奈よ……いい加減にオートマチックに替えろよ」

 そうしたやり取りを経た後で、瑛士は玲奈が片手にぶら下げているリヴォルヴァー拳銃…………フランス製のマニューリン・MR73を見て、微妙な表情でそんなことを彼女に言う。

 しかし玲奈の方は、オートマチック――――自動拳銃を使えという瑛士の言葉に決して首を縦に振ろうとはしなかった。

「回転式の方が、信用出来るから」

「まーたそれかよ……ンでも六発こっきりだろ? 流石にキツいぜ」

「当てれば、いい話」

「ああ、そうかい……」

 完全に聞く耳持たずといった風な、頑固な態度の玲奈に瑛士は大きく肩を竦め、何十回目かという説得を諦める。

 ――――玲奈は、見ての通りのリヴォルヴァー信者だ。

 それも、その信仰心といったらもう病的といっていいレベルの、だ。

 確かにリヴォルヴァー拳銃は原始的な造り故、オートマチックと違い弾詰まりが起きることも無く、トラブルで発射不能になる可能性は極限まで低いといえる。弾薬側の不備で不発が起きない限りは、よっぽどない限り確実に撃てると言っていい。その信頼性の面は、確かに瑛士も認めるところだ。

 だが、手数の方が問題だ。

 リヴォルヴァー拳銃は基本的に六発こっきりの装填数が基本だ。中にはS&Wのモデル686+のように、七発を装填出来る特殊な物もあるが、それでも大した数の弾を込められないのには間違いない。例え使う弾が強力な三五七マグナムだとしても、だ。

 それに対し、今時の自動拳銃、ダブルカーラム弾倉を使う物は十数発の装填数が当たり前だ。この手数の差は、やはりリヴォルヴァーの方が不利と言わざるを得ない。

 まあ、たった八発しか装填出来ない1911を使っている辺り、瑛士も決してヒトのことは言えないのだが――――。

 とにもかくにも、玲奈は頑なにリヴォルヴァー拳銃以外を使おうとしない、奇妙なこだわりの持ち主だった。

 ――――閑話休題。

 瑛士は玲奈に対し、いい加減に自動拳銃を使えと、これで本当に十数回目の……記憶にあるだけでも、これで二五回目の説得を試みたのだが。しかし結果はご覧の通りだ。どうやら玲奈のリヴォルヴァー信者っぷりは筋金入りで、瑛士がどうこう言ったところで治りそうもない。

 瑛士と出会う以前、よほど自動拳銃で酷い目に遭ったのか……定かではないが、とにかく彼女は決して回転式以外の拳銃は使おうとはしなかった。

「やれやれだ……」

 半ばダメ元だった説得が失敗した瑛士に出来ることといえば、もう呆れることだけだった。

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