第八章:鈍色の夜空に何を思う/01

 第八章:鈍色の夜空に何を思う



「瑛士っ!!」

 混乱に陥った高級ホテルの廊下を、放心状態の玲奈の手を引いて駆ける瑛士。そんな彼の元に合流してきた遥が、彼の横を走りながらそう声を掛ける。

「遥、無事だったか!」

「無論です。……それで、玲奈は?」

「見ての通りだ。詳しい事情は後で話す! ……それより遥、さっきの男は」

 実を言うと、瑛士はどうして玲奈がここまでの状態に陥ってしまったのか、その理由を知っている。何故彼女がジークルーネと呼ばれていたのか、何故あのシュヴェルトライテという女に妹扱いされていたのか。『プロイェクト・ヴァルキュリア』とは何なのか、そして斑鳩玲奈とは一体何者なのか…………。

 その全てが、彼女の生い立ちにまつわる話だ。

 だから瑛士もある程度の事情は心得ている。玲奈が何故これほどまでに混乱し、そして放心状態に陥っているのか。大体のことは瑛士も察していた。

 そう、玲奈のことは大体分かっているのだ。

 だが――――煙を超えて斬り掛かってきた、あの長髪男は一体何者なのか。

 こちらも大体察してはいるが、しかし瑛士はその点が気掛かりだった。出来たら遥の口から、事情を説明して欲しかったのだ。

「……ええ」

 そんな彼の意図を察してか否か、遥は影色の差した顔で頷き。そして続けて瑛士にこう告げた。

「私の兄、長月ながつき八雲やぐもです」

「そうか…………」

 とすれば、何となく察していたことだけに瑛士の反応はそういう、何とも言えないものだった。

 実の兄と妹が殺し合う運命さだめにあるというのは、実に心痛む話だ。瑛士も胸が痛んで仕方ない。嘗て未沙という妹が居て、そして彼女を喪ってしまった過去が彼にもあるが故に……遥のその境遇に、瑛士の心は強く痛む一方だ。

 だが痛む一方で、同時に八雲のことをとんでもない脅威だと認識している、冷静にして冷酷な自分も居る。そのことが、瑛士にとってはどうしようもなく嫌だった。

 しかし――――長月八雲が恐ろしい相手であることは事実だ。

 まず間違いなく、瑛士単体での対処は不可能。一目見ただけでも分かる。あのレベルの剣客、瑛士が太刀打ち出来る相手ではない。万全の状態の玲奈でもどうだろうか、という相手だ。

 恐らく八雲の相手は、同じ宗賀衆の忍である遥にしか出来ない。

 辛い話だ。辛くて、苦しくて、胸が痛んで痛んで仕方ない。

 だが――――彼女にしか対処出来ない相手であることも、また事実だ。

 故に瑛士は、後のことはさておくにしても……本当に彼が自分の予想通り、遥の兄なのかを確かめておきたかった。だからこうして、彼女へ直に問うていたのだ。

「……こちらも、詳しい話は後にしましょう。今はこの場から逃げおおせることを最優先に考えないと」

「…………ああ、全くだ!」

 とはいえ、心を痛めている余裕も、同情している場合でもない。

 まだ逃げ切っているワケではないのだ。現に三人の背後からは追っ手の気配と、こちらに飛んでくる銃火の瞬きが現れ始めている。

 恐らくはアールクヴィストが随伴させていた、『インディゴ・ワン』の戦闘員たちだろう。拳銃だけじゃない、サブ・マシーンガンの連射も窺える辺り……本来は万が一の交戦を想定した予備部隊だったのか。

 何にせよ、追っ手であることには変わりない。瑛士と遥は走りながら互いに頷き合うと、瑛士はシグ・ザウエル1911を。そして遥は右手にXDM‐40、左手に棒手裏剣といった格好で振り向き、追いかけてくる『インディゴ・ワン』の戦闘員たちに対して応戦を始めた。

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