第四章:遥かなる闇へと音も無く、白銀は月影に煌めいて/05

 結局、何だかんだと響子の口車に乗せられて。遥も迎え入れた一同は響子の意志のまま、何故か寿司屋に連れて行かれることになってしまっていた。

 とはいえ、移動のアシがないことには始まらない。店を出た四人はひとまず瑛士のマンションに行き、地下駐車場に並べてある車を取りに行く。

 ――――ちなみに、これは完全に余談になってしまうが。響子の店、スナック『エデン』と瑛士のマンションは完全に徒歩圏内の距離にある。

 それこそ、歩いて五分ぐらいの近さだ。文字通り目と鼻の先という奴で、響子が瑛士のことを気軽に呼びつけるのも、これだけ近いから気兼ねないということもあったりする。

 ――――閑話休題。

 そうして瑛士は皆を連れて徒歩で自宅マンションに戻ると、地下駐車場にズラリと並べてあるカー・コレクションの内のひとつを今宵のアシに使うことにした。

 といっても、普段乗っているNSX‐Rではない。アレは二シーター、つまり二人乗りだ。当然ながらこの場に居る全員を乗せることは出来ない。だから今日使うのは四枚ドアの、いわゆるスポーツセダンに分類される車種だった。

「ったく、なーんか良いように使われてる気がするぜ……」

 独り言を呟いてボヤきながら、瑛士はスマートキー片手に駐車場の片隅に停められている、銀色のスポーツセダンの方に歩いて行く。

 手元でロック解除ボタンを押せば、ピッピーッというアラーム音とともにウィンカーが一瞬明滅し、車のドアロックがガチャリと開く。瑛士は独り言をぶつぶつと呟きながらその銀のスポーツセダンに近寄ると、おもむろに運転席側のドアを開いた。

 ――――二〇一五年式、スバル・WRX‐S4。

 昔のインプレッサから分離したスポーツ車種だ。今のインプレッサはもう完全に大衆向けの汎用セダンだったりハッチバックの趣が強くなっているから、スポーツラインとしてはこちらが正当な血統に当たる。

 といっても、STI型と違ってS4の中身は完全なオートマチック車だ。搭載エンジンも伝統と信頼のEJ20型ではなく、新型直噴ターボのFA20DIT。ギアボックスもスポーツ仕様のメタルチェーン式CVTだし、安全機能のアイサイト・システムまで付いている始末だ。

 とはいえ――――その戦闘力は、決して馬鹿に出来たものではない。

 エンジンの方は……あくまでカタログ上の数値ではあるが、三〇〇馬力のハイパワー級だ。ターボの過給の掛かり方も比較的リニアな感覚で、一昔前のドッカンターボのような不自然さは少ない。最大過給圧も一・五キロ前後と結構高いセッティングだ。

 その良質なターボエンジンに組み合わさるのは、スバル伝統のフルタイム四輪駆動システム。更にCVT型オートマチック・ギアボックスの無段変速も滑らかの一言で、乗り味はまさに氷上を滑るかの如し。走り出しの際、CVT特有の変なもたつきや加速のタイムラグも殆ど感じない。従来の遊星歯車式オートマチックに比べれば……多少はあるにはあるが、それでも走り出しはCVTとしては極限まで滑らかだ。

 変速の味付けや技術の煮詰め方を考えても、CVT型のオートマチック・ギアボックスとしては国内外で最高のクオリティと言えるだろう。ある意味で、CVTという技術のひとつの到達点が、このWRX‐S4だ。

 確かに伝統のEJ20エンジン、六速マニュアル・ギアボックスのWRX‐STIも素晴らしい。いや完全にそちらの方がスポーツ車としてのクオリティは圧倒的に上だ。

 だが……このS4も決して馬鹿に出来たものではない。上品かつ大胆で過激な乗り味はまさに唯一無二。オートマチックだから、CVTだからといって、決して馬鹿には出来ないのだ。マニュアルにはマニュアルの、オートマチックにはオートマチックの良さがある。オートマチックだからスポーツ車ではないと十把一絡げに決めつけるのは、最早時代錯誤な考え方と言っても過言ではないだろう…………。

 ――――と、少し余談が暴走しすぎたが。ともかく瑛士はそんな銀のWRX‐S4に近寄っていくと、おもむろに運転席側のドアを開けて乗り込んだのだった。

 ブレーキペダルを踏みつけながらエンジンスタートボタンを押し、エンジン始動。郵便ポストめいた大きなエアダクトが備えられたボンネットの下でエンジンが唸り声を上げ、低い振動がボディ全体を揺さぶり始める。

 そうしてエンジンを掛けると、瑛士はまた車を降りて。暖機運転が済むまでの少しの間を、ボディに寄りかかりながらボーッとして待った。

 ちなみに――――実を言うと、瑛士はWRX‐S4を二台持っている。

 一台が今まさに乗り込もうとしている、この銀色の方だ。四隅のアンダー部分に純正のSTIエアロパーツ、トランク部分に小さな純正品のリアスポイラーを奢っているぐらいで、見た目はほぼほぼ純正な……言ってしまえば、大人しい見た目の奴。

 まあ……大人しいといっても、それは見た目だけの話だ。

 HKS製フラッシュエディタを使ってコンピュータを軽く弄ってみたり、同社製のサスペンションを入れてみたり、ブレーキ系を赤色キャリパーが目立つENDLESS製の大型ブレーキシステムに換装してみたり。後はワーク・エモーション11Rの銀色アルミホイールに換装してみたり……と、軽く例を挙げるだけでもこんな感じだ。車高と排気系こそ純正そのままだが、内部にはかなり手を入れている。

 だが――――それ以上にやりたい放題なのが、真隣に駐車してある真っ赤な方だ。

 こちらも同年式のS4で、前述の通りボディカラーは真っ赤。ブロンズ色のホイールはRAYS製の伝統的なTE37SAGAだし、トランク部分には純正品の……ラリーカーかってぐらいに大きくド派手なリアウィングが生えている。

 後は排気系を社外品に全取っ替えしているぐらいで、基本的に内部のチューニング内容は銀色の方に準じているが。しかし銀色の方が割と大人しい、何処にでも居る没個性的なセダンに留まっているのに対し……赤色の方はド派手の極みというか、まさにスポーツセダンといった雰囲気を醸し出していた。

 まあ、その辺りの違いはド派手な色合いと、何よりもドデカいリアウィングのせいだろう。アレがあると無いとでは、同じボディでも車の印象が一八〇度変わる。羽根がひとつ生えるか生えないかで印象がガラリと変わるのも、この車の面白いところだ。

 ――――幾らなんでも、余談が過ぎたか。

「ちょっと瑛士、まだなのかい?」

「んあ? ……ああ、もう大丈夫だ。良い感じに暖まってる」

「ま、暖気の大事さはアタシもよく心得てるさね。別に文句は言わないよ」

「助かる。それとババア――――」

「なんだい、藪から棒に」

「…………俺の傍で、煙草はやめろ」

 瑛士の文句にやれやれと肩を竦め、咥えていた煙草を携帯灰皿に放り込む響子を横目に眺めつつ。瑛士もまた勘弁してくれと言わんばかりに肩を竦めながら、やっとこさ暖まったS4の運転席に乗り込んでいく。

 その後で他の三人が乗り込むと、瑛士は電動式のサイドブレーキを解除し。ギアをドライヴに入れて、そのまま銀色のS4を走らせ始めた。すぐ隣に停めてある、赤色のド派手な同型機を横目に眺めながら。

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