第四章:遥かなる闇へと音も無く、白銀は月影に煌めいて/08
「そういやババア、なんでまた急に寿司食おうだなんて言い出したんだ?」
そうして銀座の寿司屋での会食が始まって……一時間ぐらい経った頃だろうか。皆の空腹もそこそこ解消され始め、ただ独り日本酒を呑む響子の方は順調に酔っ払いとして出来上がりつつあるこのタイミングで、ふと思い立った瑛士が唐突に響子へとそう問うていたのは。
「なんだい、藪から棒に」
瑛士が問うと、響子は
「気になっただけだよ、別に深い意味はねえ。どうせ単純にババアが食いたかったってだけだろうけどよ」
「アタシが食べたかったって部分は否定しないわよ。でも、今日に限ってはそれだけじゃない」
「珍しいな? ……折角だ、聞かせてくれよ。そのもうひとつの理由って奴をな」
「単純な話さね。遥ちゃんの好物だからよ、寿司がね」
「へえ?」
意外……というワケでもないが、響子の言葉を聞いた瑛士は興味深そうな顔で唸る。
そうすれば、響子の隣では遥が無言のままにコクリと頷いていた。本人が肯定しただけに、どうやら今の話は酔っ払った響子の口から出任せというワケでもないらしい。
「全く、どうにもニンジャらしい好みだことで……。じゃあ何か、板前のニンジャも居るのか?」
響子の話を聞いた後、次に瑛士の口から飛び出してくるのは、そんな皮肉じみた冗談で。しかし、それに対する遥の回答はというと――――。
「…………居なくはありません。詳しいことをお話しするワケにはいきませんが、確かに存在します」
――――薄い無表情を浮かべる彼女の口から飛び出してきたのは、そんな回答で。とすれば言葉を失った瑛士は独り、
「マジかよ…………」
とうわ言のように呟き、ただただ絶句するだけだった。
「そういえば瑛士、アンタのマンションって空き部屋かなりあったわよね?」
そんな風に瑛士が絶句していると、横から響子が声を掛けてくる。
頭を抱えた格好から顔を上げた瑛士が「ダダ余りだが、それが何だってんだ?」と彼女の方を向きながら、怪訝そうに問うと。すると響子が次に口にしたのは、何というか突拍子もない提案だった。
「遥ちゃんだけどね、今日からアンタのトコに住まわしてやってくれないかい?」
「…………なんだって?」
「言葉通りの意味よ。アンタのマンションにある適当な部屋を一部屋、遥ちゃんに貸してやっちゃくれないかい?」
「まあ……空き部屋は幾らでもあるから、別に何部屋だろうが構わねえけど。というか、遥はそれで良いのかよ?」
実際、瑛士のあのマンションはドデカい見た目の割に入居者はたったの三人こっきりだ。大家である瑛士と、同居している相棒の玲奈。それ以外の住人らしい住人といえば、ひとつ上のフロアを丸ごと貸してやっている蒼真ぐらいなもので。それ以外の部屋は全部空っぽ、誰も住んでいない空き部屋だらけだ。
だから、住まわせる分には全然構わないのだが……問題は、遥本人の意志だ。
幾ら彼女が訓練されたニンジャといえども、流石に知り合ったばかりの男のマンション……仮に別の部屋といえども、泊まるというのは嫌じゃないかと瑛士は思ったのだ。
しかも響子の言い方から察するに、今夜一晩だけでなく向こう暫く、恐らく『インディゴ・ワン』にまつわるあれこれが終わるまで……彼女が帯びた任務が終わるまで部屋を貸してやれということなのだろう。
だからこそ余計に、瑛士は本人の意志を確認しておこうと思ったのだが。
「……構いません。響子から概ねのことは聞いています。住まわせて頂けるのであれば、是非とも」
そう呟きながらコクリと頷く遥の反応を見るに、どうやら本人も既に了承済みのことだったらしい。
とすれば、これ以上気を遣う必要もないか。
遥の答えを聞いた後、瑛士はまた遥の方に横目の視線をやりながら「遥が良いのなら、部屋ぐらい幾らでも使ってくれよ」と頷き返し。向こう暫くの間、遥の滞在場所として自宅マンションの部屋を貸すことを了承した。
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