第43話 ココアの夢☆

 ココアは大きく息を吸うと肺に空気を貯めた。

 その空気は上手く言葉にできないが、下界の空気とも違い、これがワンダーラビリットの空気なんだなと言うことを改めて認識をする。

「女王様、私の夢は〝ぴぴ〟とずっと一緒に居たいそれだけです」

「ココア!」

 目を丸くしたのは一瞬で〝ぴぴ〟はココアを怒鳴りつけた。

「何を言っているのじゃ!!女王様も言っておったじゃろう。ワンダーラビリットの住人と一緒にいたいという夢は叶えられないのじゃ!!それにココア、自分の病気はどうするのじゃ!! そっか、あの娘、奈々だったか、が言ったことを気にしているんじゃな。この際、自然の法則なんてーーー」

「〝ぴぴ〟!ちょっと!黙って!!」

「ココア……」

 ココアは〝ぴぴ〟を見る。〝ぴぴ〟のいつも真直ぐ伸びている耳は元気のない植物のように萎びていた。

「これは、私が今本当に思っていることなの。確かに、奈々ちゃんの言葉に考えさせられたりもした。でも、私は自分の未来をなるように任せてみたいの。でもね。変な確信があるんだけど、今の私は病気には負けない。ここで叶えてもらわなくても、いつかきっと治るって思うの。だって私は一年前の光のカラットで病気に負けない心を手にしているんだよ?忘れちゃってたけれど……」

「また、忘れてしまうのじゃぞ」

「大丈夫!私には力強い言葉があるもん」

「心が覚えているか」

「うん!」

「ココア……。ワシは……ワシは……。再びこの試練の開催をお願いしたのはココアに……会いたかったからでもあったが、ココアに病気を治してもらいたいからでもあったのじゃ……ココア……」

 そう言って、ココアを見た〝ぴぴ〟の顔は悲しさの裏に虚しさも含まれていた。

「もう!〝ぴぴ〟!そんな顔しないで、私、〝ぴぴ〟と一緒にいたいって言っているのに!」

「ココア……。でも、お別れじゃ……」

「ココア、すまないが、例外はない。お主の夢は残念ながら叶えてやることは出来ない」

 女王が口を開くと、ココアは目を伏せた後でゆっくりと頷いた。

「お主の夢を叶えてやることはできん。他に何かあれば、叶えてやるが」

「う〜ん……」

 ココアはしばらく考える。

「……なければ、無理に出さなくてもいいんだぞ?」

「あっ!夢とは違うかもしれないけれど」

「なんだ?」

「これからも、カラットの試練は続くでしょ? だから、悲しいのは……、心を抉るような悲しいのは、なしにして下さい」

「……それでいいのか?」

 女王は少し目を見開いた後、改めて確かめた。

「はい」

「ココア……」

「わかった。その願いを叶えよう」

 女王はココアには理解できない言葉の羅列を唱えると、手に持っていた虹色のカラットが音を立てて半分に割れる。破片は床に落ちる前にその姿を消し、女王の手の中には半分に割れた虹のカラットだけが残った。

「では、ココア。これで最後だ」

「はい……」

「ココアは今回肉体と共にワンダーラビリットに来ているからな。今までのように花の精霊は使って、魂を帰すことはできないんだ」

「それじゃあ」

 ここに来た時から気になっていたこの場には不釣り合いな少し古びた木の扉を指して言った。

「その扉の先は下界まで続く階段がある。時間は掛かるがそれを使ってもらう」

「わかりました」

「あの扉の向こうは人間しか通れない。だからここで……〝ぴぴ〟ともお別れだ」

 ココアはゆっくりと頷く。木の扉までは30秒も掛からず、辿り着き、刻一刻と別れが近付いていることを実感させた。

 肩に乗る〝ぴぴ〟を見る。

 自分を見つめる〝ぴぴ〟はやはり元気がない。

「〝ぴぴ〟そんな顔するのはやめよう!お別れくらい笑って……しよう……よ」

「なんじゃ、ココア……。そういうココアも顔が歪んでいるのじゃ」

「だって……」

 ココアは手で顔を拭うと、ぎこちなく口角を上げた。

「ううん。また、きっと会えるよ。絶対会える。ねっ?」

「なんじゃ、ココア。その変な自信は。顔も変じゃし」

「〝ぴぴ〟だって……」

 〝ぴぴ〟とココアお互い歪んだ表情で笑って見せる。

「〝ぴぴ〟……じゃあね……」

 すると、〝ぴぴ〟はココアの肩から器用に胸のところまで移動した。

 ココアは〝ぴぴ〟を優しく包み込んだ。

「ココア、忘れないのじゃ。くれぐれも元気で過ごすんじゃぞ!ココアは時に無茶をするから……の。体の事もちゃんと考えるのじゃ。それにココアは優しすぎるからな。傷付いた時はワシを思い浮かべるのじゃ」

「もう。わかってるよ!それに下界についたら、〝ぴぴ〟のこと忘れちゃってるんだよ?」

「心が覚えているって言ったのはココアなのじゃ。忘れるのは頭のほうだけじゃろう?」

「そうだね。きっと、この言葉も忘れちゃうんだろうね。でも、大丈夫。大丈夫……。忘れないよ。大好き」

「ワシもじゃ」

 ココアと〝ぴぴ〟は自然と離れると、〝ぴぴ〟からココアのおでこにキスをした。ココアも「またね」と呟くと〝ぴぴ〟のフワフワとした毛に包まれた額に同じものを落とす。

 後ろ髪を引かれながらも、銅色の扉の取っ手に手を掛けると、ココアは自分の方に思いっきり引く。重々しい〝ギィィィィ〟という軋み音と共に開かれた先は白いパイプの階段が渦を巻くように下へ下へと続いていた。

「ワンダーラビリットに来た時の布の階段とは全然違う」

 〝ぴぴ〟は口からトランクを出し、乗り込んだ。ココアは肩からその重さがなくなったことに寂しさを感じながらも、微笑み続ける。

 ココアは〝ぴぴ〟の頭を名残惜しそうに撫でながら離れ、階段の先に到達すると、扉が再び〝ギィィィィ〟という音を立てて、呆気なく閉まった。

 伸びた手の先にはすでに〝ぴぴ〟の姿や女王の玉座の部屋もなければ、〝ぴぴ〟の感触さえもなくなった。

 ココアは空気を掴むように指先を丸めた。

 閉まる直前に〝ぴぴ〟が「さらばじゃ」と言ったのがココアの脳裏に焼き付いている。

「あっ!最後に〝ぴぴ〟の夢、聞いておけばよかったな……」

 握った手のひらを開いても、そこには何一つ残っていなかった。




「〝ぴぴ〟、それでお主の願いはどうする?」

 女王が半分に残った虹色のカラットを見つめながら、〝ぴぴ〟に問う。

「別に前のように先延ばしにしてもいいぞ」

「いえ、ワシの願いは決まっています」

「ほう」

 女王は形のいい眉を上げるとからかうように続けた。

「なんだ、ワンダーラビリットの女王の地位か?」

 〝ぴぴ〟は冗談に乗ることはせず、首を振った。

「あなたが女王を続けて、人間のこれからを見るのが、ココアの願いでもあった。それを女王様、あなたは受け入れた。ワシが望んでもその地位を渡すつもりはないのでしょう?」

「お前が望むのならやってもいいぞ?」

 女王は軽く答えると、〝ぴぴ〟は「それにワシの夢はもう別にありますから」と女王に近付き言った。

「では、教えてもらおうか?お主の夢を……」

 女王は体勢を整えると、〝ぴぴ〟を真っ直ぐ見た。


「ワシの夢は…………」

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