第41話 闇と光のカラットとココア☆


「久しいなココア」

 ピンクや水色、黄色などカラフルな柱が左右に均一に何本も重々しく立ち並び、その真ん中には金色の糸で作られたカーペットが真っ直ぐに続く。

 これでもかと高い天井を見上げるとカーペットと平行に伸びた水彩画が目に入る。〝ぴぴ〟のようなうさぎのぬいぐるみの絵が優しいタッチで沢山、描かれており、丁度、絵の真ん中には人のような身体をし、うさぎの仮面を付けた者が神々しく描かれている。それがこの国の女王を表していることが一目瞭然であった。

 長く続く水彩画の先を徐々に見下ろせば玉座に座ったこちらは本物のワンダーラビリットの女王が風景の一部のように溶け込んでいた。

 そして、玉座がある近くの壁にはこの空間にはとても不釣り合いな古びた大きな木の扉が鎮座されている。

 ココアは歩みと同時に沈んでいく金色のカーペットの上を一つ二つと進んでいく。

 一年前も会ったことがあるというのに、ワンダーラビリットの女王のその堂々たる雰囲気や態度に慣れたということはなく、ココアの身体には緊張という5文字が駆け巡っていた。

「前に私と会った時の記憶は戻っているだろう?」

「はい……、少しですが、思い出しました。一年前、私の夢を叶えてもらいました」

「この試練を通して、記憶が戻るように少し操作したんだ。どうだったかな?」

「えっと……、なんと言ったらいいか……」

 女王とある程度の距離に取ったココアはそこで歩みを止めた。

「子供の成長は早いな。一年前と身長もそうだが、大分顔つきも変わった。なぁ、〝ぴぴ〟」

「そうですね」

 ここまで黙っていた〝ぴぴ〟が口を開いた。〝ぴぴ〟にしては珍しく、感情の読めない声だった。

「言っておくが、ココア、試練はまだ終わってないぞ」

「……」

 ココアは固唾を呑んだ。

「ココア、もう一度聞こう。お前にとっての闇のカラットとは?」

「私にとっての闇のカラット……」

 ココアは俯向き、少し考えた後で、真直ぐに顔を上げた。

「私は試練が始まる前に、夢を叶えるための最後の試練って答えたんだけど、今は違います。私にとっての闇のカラットは光が輝くために必要なものです」

「……。では、お主にとっての光のカラットとは……?」

「私にとっての光のカラットとは、とても綺麗なものです」

「ほう……。綺麗なものとは一体、何かな?」

「……綺麗なものは……言葉にするのは難しいです。私にとって綺麗なものは感じたものなんです。朝起きた時の太陽の眩しさだったり、暗闇の中で光る月や星の静かな瞬き、出会いや人の頑張りだったり、勇気や優しさや思い出に生命の輝き……。それが私にとっての綺麗なもの。私が住んでる世界は綺麗なものばかりで溢れているわけじゃない。その中でいいな、素敵だなと思うものが少しでもあるから、綺麗なものが輝いて幸せを感じることができるんだと、そう思うの」

「ははは、お主は本当に面白いな。ココア、この試練の合否は何かわかっているか?」

 大きな口を開けて笑う女王にココアは首を横に振って答えた。

「私が納得するかどうか、それだけだ」

 女王はすんとした表情に戻ると声も低くなり、自分の指先の甘皮を見つめながら淡々と続けた。

「それにしても、お主は一年前とは大違いだな。覚えているかな?一年前のこの試練の君の答えを」

 ココアは再び首を振った。

「まだ、その記憶は思い出していないのか……。まぁいい、一年前のお主は水のカラットとは聞かれた時には生きるために必要なもの、火のカラットとはと聞かれた時には人の知恵、木のカラットを聞かれた時には私を癒してくれるものと答えていてな。とても安直な答えを出していたのだよ。一年でここまで答えが変わるとは、本当に面白い娘だ」

 女王が笑うの遮るように〝ぴぴ〟が続けた。

「その……、不思議だったのですが……。そのなんで一年前のココアを最後の合格者にしたのですか? それが今でも不思議で……。あの頃のココアは最終試練の問いもなんというか……合格に値するようなものでもなかったと思うのですが……」

「なんだそんなことか」

 女王は玉座の肘掛に気怠げに体を預けた。

「お前がいたからだ〝ぴぴ〟」

「……ワシがいたから……?」

「〝ぴぴ〟が……?」

 ココアは肩に乗る〝ぴぴ〟を見つめる。

「あぁ、試練が始まる前からお前の夢を知っていた。この私の地位が欲しい、『ワンダーラビリットの女王になりたい』ということを」

「な、なんでそれがココアが試練に受かったことになるのですか? あなたの地位が欲しいと言っているのですよ。女王様にとっては不都合では?」

 ワンダーラビリットの女王は仮面の奥の目を細め〝ぴぴ〟を見つめた。その瞳は冷たい色を宿していたが、どこか哀の色を隠しているようでもあった。

「ココア、ワンダーラビリットに命を宿した者はとてつもなく寿命が長いのだよ」

「はい!」

 〝ぴぴ〟ではなく、自分に会話が振られ、ココアは少し驚きながらも女王の言葉に耳を傾ける。

「私もこの世に生を受けて何年経ったか忘れてしまった。先代の女王が亡くなり、私が女王になって、500年は優に過ぎただろうか」

「500年!?」

「長いと思うか? でも、長いように見えて、思ったよりも短いのだよ。その間、人間の生活は目まぐるしく変わったな。変わらないのは人間の勝手な欲望だけだった。ワンダーラビリットの女王は自ら望んではいないのにやらなきゃいけないことがあるんだ。ココア、わかるか?」

「このカラットの試練じゃ」

 ココアが数秒沈黙を続けたので、〝ぴぴ〟が変わりに答えた。

「そう。ワンダーラビリットの女王は100年に一度、カラットの試練を開催しなければならないのだ。初めは長い時間を生きるワンダーラビリットに生命を宿した者へのご褒美のようなものだったと聞く。それがいつの間にか下界を巻き込んでの試練となっていったんだ。だがな、ワンダーラビリットの住人の夢とは違って、寿命の短い人間の夢はこれでもかというくらい欲まみれだった。誰かを生き返らせて欲しい、一生を楽に暮らせるくらいの金が欲しい。もっと、自分の人生を豊かにしろ。まだこれは可愛い方だったかな。ある日、試練に合格した1人の青年がこう言ったんだ。『憎いアイツがいない世界で未来を歩きたい』とね……。ココア、お主はこの願いどう思うのだろうか」

「その……私は……その……なんと言ったらいいのか」

 ココアの瞳は宙を彷徨う。

 それは夢とは程遠い。

 それでいて、自分のことではないのに、酷く胸を誰かに掴まれるような、とても悲しく、とても辛い願いだ。

「私は彼の願いを叶えてやったんだ」

「えっ!?」

「その時、私は考えが及ばなかった。この試練を受ける者にそんな願いをしてくる奴がいるなど、考えもしなかったのだよ。私は夢を叶える前にいくつか、叶えられない夢を伝えていた。一つ、ワンダーラビリットの住人と未来も一緒に居たいという夢は聞き入れない。二つ、10個の夢を叶えてほしいといったような夢を増やすような願いも禁止。その時はそれしか禁止をしていなかったのだ。彼の願いを叶えた後で私は酷く後悔したんだ。彼の自分勝手な願いのせいで1人の未来ある若者の命を奪ったのは……誰でもない、この私だ。後悔しても、後悔しても、日々は過ぎ去って行くだけで、私はこの命で罪を償えない。全然死なないんだ。後何年、この罪を背負って生きていけばいい?私はいつ死ねる? 後、何年この人間の勝手な欲望を聞き続けなければならない……。私は酷く疲れていた。誰かにこの役目を変わってほしいと……」

 自分の両手を見つめていた女王は視線を〝ぴぴ〟へと移した。

「だから、一年前、〝ぴぴ〟お前を合格者にした。ココアの試練の受け答えなんてどうでもよかったのだ。ただ、私は自分の宿命から逃れたかった。でも、どこかでココア、お主に少しの希望を抱いていたのかもしれん。その時は……だがな……」

 言葉尻を寂しく呟くと、女王はココアを見ながら続ける。

「ココアが叶えた夢は『1人の友人の病気を治して、一緒に未来を歩きたい』だったな。お主がその言葉を紡ぎ出した時、私は失望したよ。あぁ、純粋そうなこの娘も変わらないのだなと。一番初め、選ばれし者の素質を認める試練で少年を助けた時、私はお主に少しの希望を見たというのに……。けれどこれで最後だと思っていた。〝ぴぴ〟が、このワンダーラビリットの女王になりたいと言えば、私の役目もこれで終わりだ。もう、人間達の身勝手な欲を聞き入れなくて済む」

 女王は視線を〝ぴぴ〟に移す。

「それなのにお前は夢を叶える手前になって、自分の夢を変えたな。『もう一度、試練を開催しろ』と……。それは、一緒に過ごしたこの娘が本来の夢を叶えず、友人の寿命を伸ばしたからだろう。次こそは自分自身の夢を叶えてもらいたいと。でも、なぜ、そこで『ココアの病気を治してくれ』にならなかったのも不思議で仕方がなかった」

「それは……」

「〝ぴぴ〟……?」

 〝ぴぴ〟は一瞬ココアは見た後、なんと言ったらいいのか言葉を選んでいるように視線を右往左往させている。しばらく一緒にいたココアにはそれがわかった。〝ぴぴ〟はきっと恥ずかしいがっているのだろうと。

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