第27話 幻の土曜日とココア 後編
ココアは、帰宅早々「早く、学校に戻ってプールを調べるのじゃ」っという〝ぴぴ〟の言葉に従い、変身後、学校に向かった。
「ダメじゃな」
〝ぴぴ〟の言葉にココアは頷く。
学校のプールに戻ると、先生達がプールの調査をしていた。
プールサイドをバタバタと走り回っている先生もいれば、プールの中を覗き込んでいる先生やああじゃない、こうじゃないと言い争っている先生もいる。
「今日も先生達、カラットのせいで……早く何とかしてあげたいけれど、これだと……」
「プールの近くに行くのは無理そうじゃな」
「うん……」
「夜にまた来るのじゃ」
「待って!カラットがここにあるとは限らないんじゃないかな?」
「うむ……」
「もしかしたら、違うところにもあるうかも!今は探せそうなところだけ探してみよう?」
「そうじゃな! ココア!カラット探しにも慣れてきたのではないか?」
「そうかな?」
ココアは視線を逸らしながら答えた。
その後、更衣室、シャワールーム、見学席を探して見たが、カラットはおろか、手掛かりになりそうなものも見つけることはできず、ココアは「夜、また来るのじゃ」という〝ぴぴ〟の言葉に同意し、家路に着いた。
部屋の時計を見ると、思ったより、時間は経っており、冬ならばすでに日が沈んでいる時間だ。
「後、1時間後くらいに行けば、先生達家に帰っているかな?」
「そうじゃな、それまで、のんびりすのじゃ」
ココアは改めて、自室でくつろいでいると、ゆっくりと流れる時間に違和感に似たものを感じた。
半日はバタバタとしていたので、その落差はまるで寒いところから暖かいところに移動したした時のようななんともいえない柔らかい時間が過ぎていく感覚に、まだ気を緩めてはいけないと自分を保とうとするが、すごい力で引っ張られていった。
誰かが目の前に立っている。
黒い黒い何か。
それは少しづつ人間の姿に変わっていく。
ふんわりとした黒いドレープはその人間の服だろうか。
ココアはよく見ようとするが霧のように何かが目の前を覆ってよく見えない。
誰……誰……?
目の前の人間は口角を上げ、微かに笑った。
「ココア!ココア!起きるのじゃ!」
ココアの魂に呼び掛けるように、〝ぴぴ〟の声が内側に反響する。
そっと目を開けたところで、ココアは自分が寝ていたことに気付いた。
「私……眠っていたんだ……」
寝ぼけ声で答えると、「まだ、カラットは手に入れてないのじゃ」とブローチの〝ぴぴ〟の声が掛かった。
カラットという単語がココアの頭を徐々に覚醒へと導いていく。
「そうだ!カラット!今何時?」
ココアは部屋の時計を確認した後、急いで立ち上がるが、寝起きの体はまだ自分の命令に素直に聞いてはくれず、心臓の鼓動はドクドクと早くなり少しフラつく。数秒もその場所に立って気持ちを整えるといつもの体へと戻っていった。
「いい時間じゃ!」
「うん」
ココアは〝ぴぴ〟の言葉に頷き返すと、そのまま家を出た。
夜の学校というのは昼間には見せない一面を突如として現す。夜の空気を吸い込んで、不気味な雰囲気を纏った学校は今この街の中に建っているのが不思議なほどだ。
「待って!〝ぴぴ〟あまり深く考えてなかった……。私、夜の学校無理だよ〜!!」
「ここまで来て何を言っておるんじゃ!ちゃんすは今じゃ!」
「無理、無理、無理〜、あっ!そうだ。明日にしよう!明日の朝!学校休みだし」
「光のカラット以降、ライバルは少なくなったかもしれんが、早いに越したことはないのじゃ、夜の学校がなんだというのじゃ!」
「それはそうだと思うけど、少しは私のことも考えてくれてもよくない?」
言葉尻が徐々に小さくなっていくココアの言葉に〝ぴぴ〟は狼狽える。
「うむ……、わかったのじゃ…… カラット探しは明日に」
学校の校門の前でやり取りをしていたココア達の前に1つの影が踊り出た。
校庭の真ん中にふんわりと舞い降りたそれは、夜の漆黒を纏い、目を離すと暗闇に溶け込んでしまいそうな蝶ではなくーーー
「〝ぴぴ〟!見える? あれ……あの時にワンダーラビットに居た……」
「光のカラットを盗んだやつか?」
ココアはゆっくりと頷く。
校庭の真ん中で佇むその人物は1つモーションを起こしたかと思うと、プールの方に向かって行った。
(今、私のほうを見た?)
「ココア」
〝ぴぴ〟は厳しめの声でココアを呼ぶ。
「わかってる。大丈夫、帰りたいなんて言っている場合じゃない!追いかけないと」
「こんなにも早く、目の前に現れてくれるとは……な……」
ココアは校門をよじ登り、プールに向かった。
「いない……」
砂が溢れたプールサイドをジャリジャリと歩きながら、あたりを見渡すが、先ほどの人物らしき影もなければ、気配も感じない。
「こっちに来たと思ったのに」
「そうじゃな……」
カラットが浄化された様子もなく、プールの中は今だに大量の砂で溢れている。
「それはそうと、なんか増えてない?」
「そうじゃな……」
ココアの視線はここに来た時から気になっていたプールの砂の上へと向けられる。
暗闇のなかでも輪郭だけでわかるそれは……
「……あれ、ラクダ……だよね……?」
「ラクダじゃな……」
新しく増えたのはそれだけではなく、ぽんぽんと所々にまあるく生えた、規則正しい棘を持つ緑の植物、サボテンだった。
「……砂漠みたいになってない?」
「みたいじゃなく、砂漠じゃな……」
「なにこれ……?」
「……」
「……」
「あまり、気にせず、カラットを探すのじゃ」
「ねぇ、〝ぴぴ〟思ったんだけど、カラットってさ、この中にあるってことないよね?」
ココアはプールの中のキラキラと光る砂を指で差す。
「あるじゃろうな、多分」
「じゃあ、この砂を全部掘り出さないとなのかなぁ?」
「じゃろうな!」
「じゃろうなって、無理だよ〜!!〝ぴぴ〟はいいよ、どうせ働くのは私だけだもん……ううっ……」
「きっと、地道にやるのが一番の近道じゃ」
「うぅ……」
ココアの下がる頭にラクダがちょこんと突く。
「慰めてくれるの?ありがとう……」
カラカラに乾いたこの砂の上にも風が吹き、プールの砂を舞い上げる。
「は、は、は、ハクション!!!」
「あははははは」
ココアのくしゃみと笑い声が重なる。
その声の主はココアのよく知っている〝ぴぴ〟の声ではなかった。
「誰? 誰かいるの?」
ココアの声は目の前の暗闇に消えていく。
「なんだったんだろう……今の……?」
「あははははは」
再び、耳に届く軽やかな声
「何……?幽霊……?とか」
「幽霊なわけないでしょ?こっち、こっちよ」
後ろから掛かる声にココアは振り向く。
暗闇の見学席に、1つの人影が浮かび上がる。
「あなたは……誰……?」
夜の漆黒に似た黒い服を身にまとった人物は、見学席の階段を一段、また一段と降りる。その人物に向かってココアは口を開く。
「この私が見えるってことは、あなたもカラットを集めているってこと?」
ココアとの距離が縮まる度に夢の中の映像と重なる。夢の中とは違って輪郭や彩度が明確になる。
「ううん。あなたは光のカラットを私から奪った人ですよね?」
目の前の人物はココアが手を伸ばして届くか届かないかの距離でココアを対峙した。女の子だ。
「奪ったなんて人聞きが悪い」
「だってそうじゃないですか?」
最初蝶のように思っていた人物はそんなに優しいものではなく、悪魔のようにココアに微笑む。
髪の毛を全て帽子の中にしまい、ふわふわとしたレースを含んだスカートを着用している。風にもなびくレースのガウンはリボンと一緒に腰の辺りでキュッと結んでいた。
色は全て不安を覚えるくらい黒で統一しており、柔らかい印象を受けるのは、帽子のうさぎの耳と、胸についているこれも黒いうさぎのブローチだけだった。
背はココアと同じくらいか少し高いくらいだが、その独特の大人びた雰囲気はパッチリと開いた大きな目とぷくりとした頬には似合わず見ているだけで吸い込まれそうな力強さがある。
「ふふふ、私にも絶対に叶えたい夢があるの。夢を叶えるのに、奪った、奪われたは関係ないでしょ?」
「違う!そんなの間違ってる!いくら夢を叶えたくっても、人が持っているのを奪うのは間違っているよ! だから……光のカラットを返して!」
ココアが手を出すと、目の前の相手はそれを跳ね除けた。
「嫌よ! あなた、このカラットの正体何かわかる?」
プールの中を指しながら、目の前の相手はココアに問う。ココアはその問いに頭を横に振った。
「少しは考えようとしないの?」
ピンク色に色づいた形のいい唇を片方だけ釣り上げて、ココアをバカにしたように笑う。
「……土のカラット……?」
「あはははは、やっぱり、あなたに光のカラットは渡せない」
「えっ?」
「頭で考えることもせず、ぼんやりとカラットを集めれば、運良く全部集められちゃって、試練もポンポンと突破しちゃう……。あなたみたいな人……私は嫌いだわ」
「……」
「ココア、あんまり気にするでない」
「うん……ありがとう……」
「お友達が何か言ってくれた?」
ココアに冷たい言葉を放った人物は自分のブローチを指して言う。
「あなたのは優しいのね……ほんと、嫌いだわ」
そして、ふふふと笑うと、その先を続ける。
「じゃあ、答え合わせしましょう。そのプールの砂に手を触れてみたらいいと思うわ」
ココアは懐疑の目で少女を見る。
「大丈夫よ。あなたに何か起きるってことはないから」
その言葉にココアはプールサイドに膝を付き、恐る恐る、砂に手を伸ばす。
砂に手が触れると、そのひんやりとした感触に急いで手を引っ込めた。
その手から地面へと1つ2つと雫が落ちていく。
「濡れてる……?」
「わかったかしら?」
ココアは不思議な顔をして自分の手を見つめる。
「まだ、わからないの? はぁ……、なんで、あなたみたいな人が光のカラットを手にできたのかしら? もしこれが、土のカラットだったら、さっさと私が浄化していることを考えないの?」
「じゃあ、これは偽物のカラット……?」
「その正体は?」
問われた問いに、ココアは首を横に降る。
「はぁ……。私達の目には今、砂とラクダとサボテンが見えているでしょ? でも、実際に触れてみると、それは水のままだった。ただ、本来の姿を隠すよう映像だけを見せているにすぎないのよ。だから、これはーーー」
一泊置いて、漆黒の少女はこう答えた。
「幻想のカラット」
その瞬間、目の前の砂はその姿を溶かすように水の中へと消えていく。ラクダもサボテンも抗うことなく、吸い込まれるように水の中へと姿を消した。
「幻想?」
「皆が同じような幻を見るようカラットの力で洗脳されていたのじゃな」
全てが水の中に消えると、ポコっと浮き上がってきたのは水晶の形をした、これまで何回と目にしたカラットだった。
ぼんやりとその光景を眺めていたココアは突然押された体にバランスが取れず、そのままプールへと落ちていく。
「ひやぁっ!!!???」
「あはははは、目の前に敵がいるのに、ぼーっとしちゃダメでしょう?」
「本当に悪魔みたい……」
ココアは十分に濡れた前髪を左右に掻き分ける。
「じゃあ、後はよろしく。偽物には興味がないから」と帰っていく彼女にココアは声を掛ける。
「あなたの名前は?」
「嫌いな人に名乗ると思う?」
漆黒の少女が夜の闇に溶けるのはあっという間で、そちらに向けていた視線を近くのカラットへと移す。
いつもとはワントーン下がった声と共にステッキを取り出し「ピュリフィケーション」を唱えると、ココアはカラットを手に取る。
少し欠けた月の光を受けて、キラキラと輝くカラットはガラス玉の中でも月の形を宿し、周りの小さな白と銀の宝石のような石と共に輝いていた。しばらくすると、その月はつるんとしたプリンへと姿を変えた。
「ココア、プリンが食べたいのかの?」
「そ、そんなことないはずなんだけど……」
ココアは、カラットを〝ぴぴ〟の口元に持っていくと〝ぴぴ〟はそれを飲み込んだ。
いつもと変わらない様子にココアはやっと胸をなで下ろす。
「それよりも、変な相手とこれからも関わることになりそうじゃの?」
〝ぴぴ〟のその問にココアは小さく頷きかけやめる。
「でも……、悪い人じゃない気がするの」
「はぁ?ココアはどこまで、お人好しなんじゃ!あんなに意地悪をされて、挙句、プールにも突き落とされて、何を言っているんじゃ……まったく……」
「だって、あの子の目……とても」
空を見上げたココアの目の中の月が水に映った月と一緒に揺れる。
ココアが動く度に柔らかい水の音が今日の1日を浄化するように一緒に流れていく。
悲しそうだった……
そっと呟いたその声はすぐに遠い彼方へと消えていった。
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