第28話 記憶と金曜日とココア☆前編

 畑、畑、畑と続く道を、ココアとココアの両親を乗せた車は走る。

 ココアは一年前の夏休みに見たその景色を懐かしいと思うのと同時に行動に移す。

 都内の排気ガスなどを含んだ車内の空気を入れ替えるため、車の窓を開ける。徐々に車の中の空気は自然の匂いを含んだ夏の生暖かい空気へと姿を変えた。

 ココアはこの東京では感じられない、緑をふんだんに含んだ自然の空気が好きだった。

 車内から少し身を乗り出し、直に空気を浴びる。

「ココア、気を付けなさいね」

 助手席でお母さんが淡々と続ける。これから、自分の実家に帰るというのにその表情は少しの楽しさも安堵も感じられない。

 それもそのはずだ。ココアのお母さんは実家に帰れば、いつもの倍以上働くことになる。

 お母さんとは反対にお父さんのほうは「ココアは本当にそれをするのが好きだねぇ」と朗らかに笑い飛ばしながら、ハンドルを握り続けている。

 ココアは体勢を元に戻すと、窓を開けたまま、しばらく外の空気を堪能した。

 一年ぶりの景色と共に、楽しく踊り続ける胸の鼓動を感じながら。



 大分年季の入った家に到着すると、ココアは勢いよく車を出て、玄関ではなく縁側に向かう。

「おばあちゃん!おじいちゃん!こんにちは!」

 縁側にサンダルを脱ぎ、中に入っていく、パタパタと家の中を忙しなく回っているおばあちゃんに声を掛け、居間で新聞を読んでいるおじいちゃんのところに行けば、最近の話を教えてあげるのが恒例でもあった。

 やっと、荷物を持ったお母さんとお父さんが居間に到着する。

 一息つく暇もなく、お母さんはおばあちゃんの後に続いた。

 久しぶりのおじいちゃんとおばあちゃんの家だが、ココアもやる事がいっぱいあるのだ。

「外に行ってもいい?」とお父さんに確認をとると、少し困惑した表情でおじいちゃんをチラッと見た後、「気を付けて行っておいで」と言う。

「うん!行ってきます!」

 お気に入りのかご編みのポシェットをささっと肩に掛け、縁側に向かい、サンダルを履く。

「父上、少し困っていたようじゃが、来てしまってよかったのかの?」

 定位置のココアの右肩に捕まり、〝ぴぴ〟は久しぶりに口を開く。車での移動中の数時間、ココアと会話ができないことはわかっていたので、寝て時間を潰していたのだ。

「いいの、いいの、おじいちゃんと一緒にいるのが気まずいだけだから、お父さんも大人なんだし、上手いことやるよ」

「ココア、これからいつもの公園に行くのかの?」

「う、うん…そうだけど、あれ? 私〝ぴぴ〟に話したことあったっけ?」

「そ、そうじゃ!前に言っていたのじゃ」

「そう……だっけ?」

 家を出てもしばらくは畑の景色が続く、近所というには大分距離のある近くの家も目には見えているもののまだ、通り過ぎるにはもう少し時間が掛かりそうだ。

 やっと、近所の家を通り過ぎたところで、真新しい道路に出た。

 ここは一年前にアスファルトが敷かれたばかりでもあった。

「確か、こっちだったような気がするんだけど」

 ココアは記憶を遡り道順を思い出す。

「そう!確かこっちだよこっち!あの時は道が思い出せなくって、迷ったんだっけ、それで、〝ぴぴ〟に怒られてさ!」

「……ココア……?」

「あれ……?ごめん。一年前はまだ〝ぴぴ〟と会っていないよね。なんか記憶を思いっきり捏造してるみたい。春に会ったばかりなのに、ずっと一緒にいるから、一年前も一緒に来た気になってた〜、ごめんねぇ」

「……」

「〝ぴぴ〟?」

 その時、ココアの肩に誰かがぶつかった。

「あっ!ごめんなさい。ボーッとしてて……」

 その人物はココアの声が届かなかったのだろうか、何事もなかったようにそのまま歩き続ける。

 少し曲がった腰に大分白くなった髪の毛、何故か裸足の足……。その人物の背中を見送る。

「お婆さん、1人で大丈夫かな?」

「さぁ、でも、少し心配じゃの」

「うん……」

 ココアがそのお婆さんの後を追いかけようとした時だった。

「はぁ、はぁ、はぁ、お嬢さん……ごめんね……怪我はなかったかい?」

 息を切らし、大量の汗をかきながら、少し灰色がかった髪のお爺さんがココアに声を掛ける。

 走って来たというのに足元はサンダルで、急いで出てきたようだ。

「私は大丈夫です。でも……」

 少し先を歩くお婆さんと今目の前にいるお爺さんのほうが心配ですと言う言葉はなんと言ったらいいか分からなかった。

「はぁ……私の妻が申し訳なかったね……。あれは私の妻なんだよ。少し事情があってね。それじゃあね。お嬢さんはここら辺であまり見ない顔の子だね……気を付けて帰るんだよ?ふぅ……」

 お爺さんは早口でそう告げると、先程のお婆さんを追いかけて、息も切れ切れにまた走って行く。

 台風のような出来事にココアも〝ぴぴ〟も首を傾げる。

「〝ぴぴ〟さぁ、公園に行こ!」

「そうじゃの」

 ココアはお婆さんとお爺さんが向かった方向とは逆に歩き出した。

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