第26話 幻の土曜日とココア 前編

「なんじゃと!?盗まれた!?」

 穏やかな朝には似合わず、〝ぴぴ〟が声を上げた。ココアの部屋の窓には眩しいくらいの光が差し込んでいる。

「うん……。ごめん〝ぴぴ〟……」

 対するココアも、陽気な朝には似合わない、釈然としない声色で答える。

「何をしているんじゃ、まったく……」

「うん……」

 ぴぴは神妙な面持ちで先を続ける。

「試験を通過できなかった者達はワンダーラビリットの住人と契約を切られ、なお記憶を消されてしまう。その点、ココアは記憶も消されてない上、まだワシと一緒にいる。全ての決定権は女王様にある上、その女王様にカラットが盗まれたことが知られていないのか、または黙認してくれているのか……。とりあえず、奪い返すことはまだ、可能ということじゃ」

「うん……」

「シャキッとするのじゃココア!まだ、諦めるのには早いのじゃ」

「うん……でも、私……取った相手の顔を見てないんだよ? このまま、後2個のカラットを手に出来ても、相手が雲隠れしちゃって、光のカラットを取り返せなかったら……」

「うむ……、相手が再びココアの前に現れてくれることを信じるしかないの。もしかしたら、味をしめて、また、ココアの前に現れるかもしれないのじゃ」

「そうだね……」

「顔は見てなかったと言っておったが、何か見てないのかの?背格好とか」

「それは見たよ」

 ココアはワンダーラビリットでの出来事を思い出す。

「最初、蝶かと思ったの……。黒い服着てた。背はちょっと、距離があったから、わからない。あっ!」

「なんじゃ?」

「はっきりとは言えないけれど、服装から女の子かもしれない。蝶と間違えるくらいだったんだよ。リボンとか風に乗ってひらひらしてた!」

 ココアはクリムの格好を思い出して答える。

 クリムは確か、変身した時の服装がシャツとパンツだったと……

「クリムくん……試練受かったかな……?」

「ココア!今はそれどころじゃ……ふぅ……でも、光のカラットの試練に合格し、これからの2つのカラットを手にすることが出来れば、次にワンダーラビリットに行く時にでもまた会うこともできると思うのじゃ」

「そうだね!また、クリムくんに会えることを願って!光のカラットも取り返して、後2つのカラットも集めるよ!!」

 ココアは両手を突き上げる。

「そうじゃな!元気があるほうがやっぱりココアらしいのじゃ」

「じゃあ、〝ぴぴ〟学校行くよ!」

 ココアは〝ぴぴ〟の前の手のひらを差し出すと、それに従い〝ぴぴ〟は定位置の肩へと移される。

「今日は土曜日じゃなかったか?」

「今日は授業のある土曜日だよ!」

 ココアはランドセルを背負うと、部屋を出た。しばらくすると玄関からいつも通りの明るい声が木霊した。



 夏。

 それはジリジリと人間の体力を奪いながらもサンサンと光を放つ太陽に恨めしい目を向けることも出来ず、早く秋が来ないかなぁと大抵の人間は思うのがこの季節ではあるのだが、子供達は別で、梅雨が終わると同時に始まるプールを6月頃から徐々に感じる夏の匂いと共に楽しみにしているのだろう。

 プール開きが始まると、体育の授業が全てプールの時間へと変わる。

 ただ、プールは好き嫌いが分かれるものでもある。

 特に学校のプールは、年齢が上がる程、泳法を意識するようになるので、だんだんとプールの授業を嫌いになる子もいる。また、毎回プールに入る前は体温や体調などを記入するチェックカードがあり、これに全て丸がついた者が入れるというシステムのため、この授業の見学者は普段の体育の授業より圧倒に多くなる。

 本日もココアは屋根が設置された見学席で同級生達の授業の様子を眺めていた。

 日陰でも生暖かいジメッとした空気が布の上からでもまとわりつき、見学者達の座る距離の間隔は少しでも風通しを良くしたい、人肌を感じたくないというのは、明らかで、誰がなんのために取り付けたのか、普段だったら、透明な音をよく表し、耳の奥で軽やかに鳴る見学席の風鈴も今日は風がそこまでないため、その役割を十分に発揮が出来ないでいた。

「暑いのじゃ〜」

「暑い……」

 〝ぴぴ〟とココア、2人が同時に出した声はプールの中の住人にかき消され、まるで声が水の中に消えていくようだった。

「もう無理じゃ〜、ワシ家に帰ってもいいかの?」

「〝ぴぴ〟ずるい!!」

「なっ!?」

「一緒にこの灼熱地獄を味わってよ〜」

 じんわりと出ていた汗も耐えきれず、顎を伝い、足元に丸い小さな円を描いていく。

 再び、汗が一雫地面に落ち、かっらきし吹かなかった風が風鈴と一緒に一瞬大騒ぎをしたその時だった。

 一斉にプールの中にいた同級生達が大慌てでプールサイドに上がり始めた。

「な、何?」

 ココアに限らず、見学をしていた者達も同時に席から立ち上がる。

 皆、目線の先は一緒だった。

 いち早く異常に気付いた同級生達はもちろんのこと、先生達は児童の安全確認へと大騒ぎだ。

 そして、皆、一様にして、プール……プールの底を見るように、覗き込む。

 それは徐々に表面へと姿を表す。

 ココアは似たような光景を見たことがある。タイトルは思い出せないが映画でこんな演出があったと。

 水が一瞬にして氷に変わってしまう映像が脳裏を微かに過る。

 でも、目の前で起きているそれは水がーーー

「砂に変わってる……」

 水は全て砂に変わり、今まで同級生達が楽しんでいたプールの面影はみる影もなくなっていた。

「これは……」

 〝ぴぴ〟の声にココアは頷き返す。

「カラット……」

「カラットじゃな」

 2人同時に発した声は、その騒ぎの彼方へ消えていった。

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