第10話 偽りの火曜日とココア☆前編
今日もココアの部屋にはさんさんと輝く太陽の光が降り注いでいる。
いつも通り、元気にすっきりと起きたココアは学校に行く身支度を整えるため、部屋の中を行ったり来たりとパタパタと歩き回っていた。
昨日の朝と違うのは傍に〝ぴぴ〟というピンクベージュ色のうさぎのぬいぐるみがいることだった。
「今日は国語もあったから、国語の教科書も持っていかないと!」
「毎朝、毎朝大変じゃの」
「うん?」
「どうかしたのか?」
ココアは違和感を覚えたが気のせいと頭を振った。
「ううん。何でもない。慣れればそんなことないよ!ねぇ〝ぴぴ〟私また、ワンダーラビリットへ行けるんだよね?また、見たいな、オーロラ色に輝く花畑とかパステル色の鳥さん達!」
「ココアが頑張れば行けるのじゃ!とりあえず、当分の間はこの下界でカラット集めじゃな」
「えっ!?聞いてないよ。ねぇ、いつまで?カラットを何個集めれば行ける?」
「カラットは全部で7つじゃ、火のカラットに水のカラット、木のカラットに愛のカラットと土のカラット、それに光のカラットと闇のカラットじゃ」
「そんなに集めないとなの?」
「光と闇のカラットは別じゃ。まずは火と水と木のカラットを集めるのじゃ。ココアは最初に水のカラットを手にしているから、後2つ集めるのじゃ。そして、その3つを集めた者が光のカラットを手にできる試練がある。その試練があるのが……」
「ワンダーラビリット?」
「そうじゃ!ただ、光のカラットは10個のみ、素質を認める試練とは違って、10人の中に入らないといけないのじゃ!10人の中に残ったら、次は愛のカラットと土のカラットの2つを集めて、最後にたった1つだけの闇のカラットを手にする試練に合格したら、やっと夢をかなえられるのじゃ。道は険しいのじゃ」
「でも、最初の火と水と木のカラットはいっぱいあるってことでしょ?じゃあ、最初のうちは比較的簡単だったりして!」
「それがそうでもないのじゃ、カラットにはーー」
「あっ、時間だ!行かなきゃ、じゃあね!〝ぴぴ〟、行ってきまーす!」
「ココア!まだ最後まで話は終わっていないのじゃ!カラットには偽物もあるのじゃぞー。……聞こえていたかの……」
「今日もいい天気だなぁ〜、少し暑いくらいかな?」
ココアはいつもの通学路をいつも通り歩く。
「こんなにあったかいと学校にいるのもったいないよ。……学校行きたくないなぁ」
今日はココアにとって苦痛な授業がある。
そう体育である。運動のできないココアにとって、体育の授業は見学をするか先生の手伝いをするかのどちらかであり、遠くからクラスメイトを見るのは自分1人だけ隔離をされているように錯覚させられる。そんな時間が嫌だった。
「〝ぴぴ〟の力を借りて変身できれば、私も皆と体を動かせるのにな~、なんてね……」
(ん?)
ココアは校門をくぐると何か違和感のようなものを感じ、もう一度校門を見る。
(まぁ、気のせいだよね?)
〝キンコーンカンコーン〟とチャイムの音が鳴り、ココアのクラスの担任が朝礼を始める。
ココアのクラスの担任は20代後半の他のクラスの先生に比べれば、まだ全然若い先生、山田先生だ。
短く切ったショートカットが特徴的で毎日ジャージを着ており、活発な第一印象を受ける。
今日もエネルギッシュに朝礼を始める。
「皆さ〜ん、おはようございます!」
山田先生が挨拶をすると、一同一斉に「おはようございます」の声が上がった。
「今日はまだ4月だけど、27度くらいまで上がるみたいだから、水分補給はこまめにしてね!」
(やっぱり今日、暑いんだ)
「さぁ、1時間目の授業始めるよ!」
「皆さ〜ん、次は体育の授業は校庭でやりま〜す。着替えたら、校庭に集合してね!」
(あーあ、この時間来ちゃったな)
2時間目の終了を知らせるチャイムが鳴り終わるとすぐに、ココアはクラスメイトが着替え始める中、教室を出て行き、定位置の昇降口で体育を見学する体制に入る。
(それにしても今日は暑いな〜)
日陰にいるココアにも容赦なく、今日の太陽は一生懸命働いているようだった。
あいにく長袖を着てきてしまったココアは腕捲りをする。
「あっ!ココアちゃん居た!」
クラスメイト達が少しづつ校庭に出て行く中で2人の女の子がココアに近付き、足を止めた。
「あのね。このゴム、教室に置いてくるの忘れちゃったの?持っててくれる?」
「うん、いいよ!」
クラスメイトの女の子は腕に付けていたピンクのハートの飾りが付いたヘアゴムを自分の腕から抜くとココアに渡した。
「ありがとう!いいな〜、ココアちゃん体育見学できて、私バスケ苦手だから」
「ねっ!私もバスケ苦手だから、羨ましい」
「……。頑張って!応援してるよ!」
ココアはなんとか笑顔を作って答える。心は酷く湧き上がってくるモヤモヤを繰り返していた。
「うん。ありがとう」
「じゃあ、また後でね」
「また、後でね」
(私だって、できることなら体動かしたい……。早くカラットを集めて、夢を叶えないなぁ)
その後、クラスメイト達は準備体操から始まり、ドリブル練習へと進んでいく。
(あれ?なんか皆、汗の量が多い?)
ココアはクラスメイト達のこの季節には珍しい汗の量に違和感を覚えると同時に自分にまとわりつく暑さに気付く。
(ここも日が当たって大分暑くなってきてる……。この暑さは春の暑さというより、夏の暑さだよ……)
すると、クラスメイト達は先生の指示で水分補給を一斉に取り始めた。
「新道さ〜ん!新道さんも今日は暑いからー、こまめに水分取ってねー」
遠くで先生が声を張り上げて、ココアにも声を掛ける。
「はーい!ありがとーございまーす」
ココアも出来るだけ大きな声で返し、近くの水飲み場で水分を補給した。
外が暑いだけあって、温められた水道管から流れる水は生暖かい。
喉に水を流したことでココアは自分の喉が乾いていたことに気付いた。
(少しは生き返ったかも)
ココアは昇降口へと再び戻り、見学をする態勢に戻ると、クラスメイト達は練習試合を始めていた。
見学をするココアでさえ耐え難い暑さの中で運動をしているクラスメイト達は再び大量の汗をかきポタポタとその滴を地面に落としていた。
(なんで、今日はこんなに暑いの……)
「コ……コ……ア」
(誰か呼んでる?)
「ココア……」
(暑さで意識が朦朧としてきたかな?)
その時、呼ぶ声と同時にココアの背中を誰かが叩いていた。
「!?」
「ココア!」
「〝ぴぴ〟?」
声のする方を振り向けば、〝ぴぴ〟がトランクに乗ってココアの目の前にいるではないか。
ココアは急いで、〝ぴぴ〟を自分の腕の中に隠し、ヒソヒソ声で話し始める。
「なんで!?〝ぴぴ〟がいるの?」
「ワシも学校に来てみたくっての、ココアの母上が家を出ると同時にタイミングを見計らって出て来たのじゃ!」
「だ、大丈夫?バレなかった?」
うさぎのぬいぐるみが宙に浮かぶトランクに乗って街中をウロウロしていたら、大騒ぎになってしまう。
「大丈夫じゃ!魂と魂が繋がれた後はワシの姿はココアにしか見えんのじゃ。だから大丈夫なのじゃ!それよりも暑くてかなわん。離してくれんかの」
「そ、そうなんだ……ご、ごめんね」
ココアは〝ぴぴ〟を離すと、〝ぴぴ〟は口を大きく開け、トランクを口の中に仕舞い、喉の調子を確認してから、話し始めた。
「ココア、さっそくじゃがの、ここは外と違ってとても暑くなっておる。門が境界線のようになっておるな」
ココアは遠くにいるクラスメイト達を気にしながら〝ぴぴ〟に言葉を返す。
「どういうこと?」
「学校の中だけが暑くなっているということじゃ」
「な、何それ?」
「おそらく、カラットが悪さをしているんじゃろう」
「えっ?カラット?そもそも、カラットって悪さをするの?」
「地上に放たれたカラットは次第に地上のいろんな穢れを集めて暴走していくのじゃ」
「そ、そうなの?聞いてないよ!そんなの」
「はじめて言ったからの」
〝ぴぴ〟は悪びれもせず、プイっと横を向く。
「ど、どうすればいいの?」
「カラットの暴走を止めないとじゃ」
「で、でも、まだ授業が……」
ココアが試合をしているクラスメイト達に目を向けると校庭に繋がる職員室の扉から教頭先生が山田先生の方に走っていきコソコソと話し始めた。
(教頭先生?)
話が終わると先生が試合を急遽中止しクラスメイト達を集め、何かを言っている。クラスメイト達が先生に向かって一斉に礼をしたのち、ゾロゾロとココアのいる昇降口に向かって歩きはじめた。クラスメイト達はニコニコしており、何やら嬉しそうだ。一番先に着いた、クラスメイトが座っているココアに気付くと「なんか、この学校の中だけ気温がどんどん上がっているのみたいで、先生達で原因を追求するから今日は帰っていいってよ」と伝えてくれた。
「そ、そうなんだ。教えてくれて、ありがとう」
「本当、今日は暑くてかなわないよ」
「そ、そうだね……お疲れ様」
ココアは〝ぴぴ〟を連れて誰も通らなさそうな廊下の柱の影に移動した。
「〝ぴぴ〟どうしよう?緊急下校だって……これじゃ、カラットが探せないよ……」
「大丈夫じゃ、反対に都合がいいのじゃ」
「えっ?」
「変身した姿のほうが都合がよい。普通の者には魂だけのワシらの姿は見えんからの」
「探しやすい!!」
「のじゃ。そうと、決まれば急いで帰るぞ!」
「うん!あっ、走らないで急いで帰るよ?」
「わ、わかっているのじゃ」
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