第32話 思いと金曜日とココア☆後編

「もう、ココアちゃんなら、喜んでくれると思ったのに!なんでずっとそんな顔してるの?」

 そう言って、奈々は頬をプクッと膨らませ、ココアの顔を猫のとろろと一緒に覗き込む。

「うん……ごめんね……」

 ココアと奈々はそれから、絵を描いたり、本を読んだりしたが、どれもココアが集中できず、やめてしまった。

 始めよりは顔色はよくなったものの、いつものように笑顔をみせないココアに〝ぴぴ〟も心配になる。

「ココア、どうしたのじゃ?」

 ココアは少し笑って、首を振って見せた。

「蘇っていたと言っておったが、どういうことなんじゃ」

 〝ぴぴ〟はココアの背中で用意されていたドーナツをむしゃむしゃと食べ始めた。

「ねぇ、奈々ちゃん。このとろろどうしたの?」

 ココアに擦り寄るとろろの顎を撫でる。

「どうしたのって、とろろはうちの猫だよ〜。ねぇ、とろろ」

「そうじゃなくって、とろろは……その……亡くなったじゃない……」

「さっき、言ったでしょ!蘇ったの!ねぇとろろ!」

 奈々はとろろを抱き上げて、その白い毛に頬ずりを始めた。

「そうじゃなくって……、いつから」

「うん?」

「いつ……蘇ったの?」

「3日前からだったかなぁ、でもそんなの、関係ないよ!これから、私ととろろはまた一緒に人生を歩んでいくんだから!!」

「3日前に?突然?」

「そうだよ!朝起きたら、前みたいに私の隣に寝てたんだよ」

「カラットが大いに関係していると思うのじゃ」

 〝ぴぴ〟のその声にココアは頷く。

「ねぇ、奈々ちゃん。とろろはあの日亡くなったでしよ……?」

「ココア、やめるのじゃ!カラットを浄化すれば、自然とカラットに関わっていた時の記憶はなくなる!とろろと過ごした、この3日間の記憶もなくなるのじゃ。ここは早くカラットを探すのじゃ。相手の傷をわざわざ抉る必要はないのじゃ」

 〝ぴぴ〟の声はココアに届かなかったのか、それとも聞かなかったのか、そのままココアは続ける。

「とろろは寿命を全うしたわけじゃないから、それはとても辛いことだと思う」

「ココアちゃん、何が言いたいの」

 奈々の表情が険しくなった。

「でもね。人生には自然の法則が必ずあって、それを外れちゃダメだと思うの」

 ココアのその言葉は奈々に向けたものではなかった。でも誰かに聞いて欲しかったのだ。

 こんな人を再び悲しませるカラットを存在させて欲しくないと……。

「とろろはあの日亡くなったことには変わりなくって、それはこれから先も変わらない。だから、私は……」

 そう言って、立ち上がったココアの服の袖を奈々が勢いよく掴んだ。

「ココアちゃん!何をしようとしているの? また、私ととろろを離ればなれにするの?」

「違う……違うよ……。ちゃんと元に戻すだけだよ……」

「ココアちゃん!やめてお願い!やめて……、このままにしてよ。私、とろろが居てくれて、今、とても幸せなの」

 奈々の頬に伝わる一つ一つの雫がココアの過去の記憶を呼びおこした。出来ることならば、思い出したくないと鍵を使ってしまっておいた箱が少しづつ開かれていく。

 あの日、ココアと奈々は遊ぶ約束をしていた。

 奈々の家の目の前の公園だ。

 先に行っててと言われたココアは公園で奈々を待つ。

 現れた奈々は両手に傷だらけの変わり果てたとろろを抱いて、ぐしょぐしょに泣いていた。

 ココアは忘れもしない。全身の毛穴という毛穴から汗が吹き出し、背中が熱を失い凍っていくような感覚、反対に心臓は走った時よりとは、比べものにならないくらい早く運動し、血が逆流をするのではないかというくらい、バクバクと動いたことを。

 奈々は嗚咽を漏らしながらココアに伝えた。家を出た奈々をとろろが追いかけてしまい、そこに車が通り掛かってとろろが引かれてしまったと。

 奈々が取り乱している中でとろろの命を繋ぐのは自分ということを幼な心に理解し、混乱を繰り返す頭ので、車のバックナンバーを見たかという、最善ではない言葉を羅列していたことを今でも思いだす。

 やっと、散りばめられたピースの中で、大人に助けを求めなければという一つのピースに辿り付き、奈々のお母さんに助けを求めた。

 そのまま、奈々ととろろと奈々のお母さんは病院に向かった。

 ココアはその日は家に帰り、お母さんからとろろが亡くなったと言うことを聞かされた。

 時に大人というものは残酷なもので後日、「もう少し、早く来ていればねぇ」と獣医が言ったということを奈々自身の口から耳にした。

 突然、奪われた命はすぐには消えない傷を心に残す。後悔をすればするほど、あぁしておけばよかった、こうしておけばよかったという思いが連鎖のように続く。

 それは目の前の奈々に強烈に残っているのは目に見えてわかっていた。

 あれから、時間も経ち、奈々は楽しそうに笑ったりする日も増えたが、奈々の家の玄関のすぐ近くにはずっと、とろろが使っていたお皿がそのままになっていた。奈々の傷はまだ完全には癒えていない。もしかしたら、これから先も癒えることないのかもしれないと……ココアに縋り付き泣き続ける、奈々の目を見続ける。

「奈々ちゃん……」

「ココア!また何を考えているのじゃ!カラットは回収をしなければ……」

 ココアは静かに首を振った。

「ごめん。奈々ちゃん……。やっぱり、私、自然の法則を外れちゃいけないと思う。こんな偽り、誰も幸せにならないよ」

 ココアは自分の服にしがみ付く奈々の手をそっと握る。

「大丈夫。奈々ちゃん、3日間の記憶はなくなるよ。今日のことを覚えているのは私だけで、十分だよ」

 奈々の手を離そうとした瞬間、彼女の手はココアの手を力強く握り返した。

「お願い!やめて、ココアちゃん!!」

「奈々ちゃん……痛い……離して……」

「ココアちゃん!病気だよね。運動もできないのは知ってる。お母さんは食事制限もしてるって言っていた」

 ココアは奈々のその言葉で、あぁ、自分が病気だということがこの家では話題に上がるんだなということを理解した。

 クラスが別になっても奈々は変わらず、自分に接してくれている。それはきっと奈々のお母さんがココアの病気は風邪やインフルエンザのように接触や感染でうつる病気ではないこと、闘病をしていることを教えてくれているからなのだろう。

 奈々は今までに見たことのない必死な形相で続ける。目の中はらんらんとしていて、ココアは一歩後ずさった。

「ココアちゃん、今目の前に病気が治る薬を出されたらどうする?それは、ココアちゃんのためだけに特別に作られたものなの。そう魔法か何かで……。ココアちゃん飲むでしょ?もう、病気じゃなくなるんだもん」

「何……言ってるの?……今、関係ないよね?」

「関係あるよ。これをココアちゃんが飲むって言ったら、ココアちゃんだって、自然の法則を無視することになる。私と一緒だよ」

 ココアは気が遠くなる。

(自然の法則から外れる……)

「ココア、その娘の言う言葉に耳を貸すではない!ココア!ココア!しっかりするのじゃ!」

 〝ぴぴ〟の言葉が遠くに聞こえていた時だった。

「ココア!前!!」

 ココアを再度、呼び戻したのも〝ぴぴ〟だった。

 白い何かが、ココアに飛びかかっていた。

「とろろ!?」

 うまく交わし、とろろから間合いを取る。

 とろろは今までの柔らかい表情から一変、鬼の形相でココアに牙を向け、威嚇を続けていた。

「とろろ、どうしちゃったの?」

 飼い主の声にも耳を貸さず、とろろはココアへの威嚇を止めない。

「暴走じゃ!これでわかったぞ、カラットはこのとろろ自身じゃ!」

 ココアは部屋の扉を目指す。

「ココアちゃん!」

「奈々ちゃん、ごめんね。また後でね」

 一気に扉を開けて、玄関を目指す。

「とろろ、ちゃんと、私を追いかけてくるかな」

「来るじゃろう。とろろが狙っていたのはココアじゃった」

 すると、とろろは鬼の形相でココアの倍のスピードで階段を降りる。

 玄関を開けて、ココアは目の前の公園を目指す。

「私、走っちゃいけないんだよ〜……」

「今はそんなこと言っている場合か、変身できる場所まで頑張るのじゃ」

 倍の速さで走るとろろとの距離はすぐそこまで迫っていた。

「とろろ、さっきより大きくなってない!?でも……もう……ダメ……」

 すると、とろろが一瞬怯んだ。

(もしかして……、今は目に見えないけれど)

 その隙に、ココアと〝ぴぴ〟は目の前の公園のシンボル。豚の滑り台のお腹の穴を目指す。

 穴に滑り込んだココアはすかさず言葉を叫んだ。

「我が身に宿りし魂よ、古に伝わる魂と融合せよ」

 ココアと〝ぴぴ〟の体は眩い光に包まれ、魂が繋がったココアと〝ぴぴ〟の隣に肉体のみになったココアの体が目を閉じて寝ている。

 とろろの姿を穴の中から探すと、同時に目に飛び込んできたのはすでにココアの体以上に大きくなったとろろの攻撃をひらりと交わし対峙する黒い蝶だった。

「さっき助けてくれたのは、やっぱり、あなただったんだ!」

 黒い蝶の背中に声を掛けると、その人物はココアのほうを少しも見ずにココアに叫んだ。

「あなたはそこから出ないで!!」

「えっ!?」

「邪魔なの。余計なことしないで!!」

「私だって何か……」

「しなくていい!!そこに居て」

 黒い服を纏った少女は走って、真っ直ぐに豚の滑り台に向かってくる。

「ちょ、ちょっと!!」

 目の前に迫ってくる少女にココアはその場で身を縮める。

 すると、滑り台全体が一瞬大きな音を立てて揺れた後、ココアがそっと上半身だけを出し確認すると、案の定、とろろは滑り台にぶつかって目を回して倒れていた。

 すぐ様、黒い少女はココアがいつも唱えているソレを唱えた「ピュリフィケーション!!」と。

 一瞬で白い毛に包まれていたとろろは丸いガラス玉へと姿を変え、少女はカラットを拾わずにココアがまばたきっした瞬間に目の前から姿を消していた。

「カラットも拾わずにいっちゃった」

「偽物じゃったということじゃろう。こんなほっておいたら、また暴走するかもしれんのに。あやつについているワンダーラビリットの住人は何を考えているのかの……。ココア、拾うのじゃ」

「う、うん」

 ココアはカラットを拾い上げ、その中を覗く、いつもと変わらない綺麗なガラス玉の中には綿毛のような白い、今にも消えそうな柔らかそうな玉がフワフワといくつも浮かんでいる。周りには白や銀色をした宝石のような石が飾りつけられていた。

「こんなに綺麗なガラス玉なのに、あんなに残酷なことをするなんて……。奈々ちゃんの記憶なくなったかな」

「ココア、あまり気に……」

「心は覚えているか……。心の記憶だって、本当に綺麗なものだけ覚えておければいいのにね……」

「ココア……」

「ねぇ、〝ぴぴ〟、奈々ちゃんが言っていたでしょ、病気が治る魔法の薬があって、それを私が口にした途端、それも自然の法則から外れることだって……。もし、私がね、カラットを全部集めて、病気を治したら、それも自然の法則から外れることだと思う?」

「だから、ココアそれは……」

「奈々ちゃんが〝ぴぴ〟と出会っていて、カラットを集めるのが奈々ちゃんだったら、奈々ちゃんはきっと、とろろを蘇させると思うんだ」

「ココア!やめるのじゃ!! ワンダーラビリットの住人が目の前に現れるか、現れないか、それも運じゃ」

「……」

「ココアにそれを言われてしまったら、なぜワシはここに戻ってきたのじゃ……」

「〝ぴぴ〟……どう言うこと……何言ってるの……」

「この話はこれで最後じゃ、家に戻ろうココア……」

「〝ぴぴ〟、ねぇ!」

「これ以上、何も言うことはないのじゃ」

 ココアの知らない何かを〝ぴぴ〟が言っていた。

 その事が頭にガムのようにくっついてしまい、どうやっても離れなさそうだった。

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