第33話 繋がる過去と現在とココア
人っ子一人いない校庭の真ん中で、ココアはまだ小さい両の手のひらに収まるそれをのぞき込む。
「これも偽物のカラットじゃな……」
「うん……残念」
手の中で日の光を反射するガラスの玉を撫でると少しだけ生暖かい感触だけが残った。
カラットの中では暑さが残る季節には似合わずいくつもの雪の結晶がキラキラと舞っている。
よく見ると、同じ形のものは一つとしてなかった。
「何を呑気なことを言っておるんじゃ!こうしている間にもライバル達はなぁ」
「ライバル達はもう愛のカラットも土のカラットも集めちゃったかもしれないわね」
カラットの浄化が済んで気が緩んだところで、〝ぴぴ〟の問にタイミングよく答えるようにココアではない声が響いた。
「あなたは……」
風になびく黒一色のリボンやレース、スカートはアゲハ蝶を連想させる。
「最近はよく会うでしょ?」
「あなたが会いに来ているんじゃない!」
「ふふふ、そうかも」
「それより!」
「光のカラットを返してほしいって言うんでしょ?」
「うん、返して……」
「嫌よ!!」
すると、目の前の少女はココアを試すように笑った。
「ねぇ、いいこと思いついたの!これから勝負しましょう!あなたが勝ったら、光のカラットと土のカラットをあげる。土のカラットはまだ持ってないでしょ?」
「……勝負なんてしないよ……。光のカラットはもともと私のだし。勝負で勝って、もらったカラットなんて……なんていうか、違う気がする……」
「っ……!あなたはどこまで、いい子ちゃんをするの? 本当にあなたのそう言うところ……嫌いよ……」
「嫌いでもいいよ。なんでそこまで私を目の敵にするのかわからなくて、その……ごめんね……」
「やめてよ!! そう言うところ!そう言うところが嫌いなの!!」
ココアと対峙する少女はココアに詰め寄って言い切ると、顔を背けた。
しばらく、2人の間には風の音だけが響く。
沈黙を破ったのはココアだった。
「あのね、あなたの叶えたい夢は何?」
「はぁ? 何を言ってるの? 今聞くこと?」
「きっと、そこまでして集めたいんだから、あなにとってとても大切な夢なんだと思って。私はね、カラットを集めて自分の病気を治したいの。病気が治らない限りは何も始まらない気がして……」
すると、彼女はクツクツと笑い出すが、それは一瞬で、地を這うような声に変わり、次第に高くなっていく。
「私もよ……、私もカラットを集めて、自分の夢を叶えたいの。本当に!!本当に!!病気が治らない限り、私は明日を楽しくなんて迎えられないの!!味のしないご飯。ただただ、ベッドの上で終わる毎日……。いつまで、この思いを続けなければいけないの……? 朝起きて思うの……。今日も生きてるって……。時に怖くなるの……夜眠りにつくのが……でも、弱っている自分の体はいつのまにか寝てしまうのよ……。起きて思うのは、あぁ、永遠の眠りについてなくってよかった。それだけよ……」
「それがあなたの叶えたい夢なの……?本当に?」
その瞬間、ココアの頬は熱を帯び、それが今まさに目の前の黒い少女にぶたれたことを示していた。
「私の言葉が嘘だって言いたいの!! いい加減なこと言わないでよ!! 明日がある病気はいいわね!!未来に心踊ることができる……。でも、ここで私がこの夢を叶えなかったら……私に未来はないのよ……」
「あっ……、と……」
ココアは言うべきか、言わずにここで言葉を飲み込んでしまうかを考える。それを言ったところで、目の前の少女を更に、傷付けるかもしれないし、それ以前に自分の思い違いかもしれない……。でも、ココアはどうしても知りたかったのだ。この少女が激昂しているのも関わらず、心では助けてほしいとそう言っているように聞こえたからだ。
ココアは病気になってから、当たりどころのない不安を誰かに共有してほしいと思う事がある。でも、それを一番自分を理解してくれているお母さんに話したことろで、自分と同じ場所に立っていない、当事者ではないお母さんの言葉はどこか不安定な、宙に浮いている言葉なのだ。でも、その言葉は時に温かい。決して、自分を傷つけようとして出た言葉ではないのを知っている。
それが少しでも伝わればとココアはグッと唾を飲み込みココアは口を開いた。
「じゃあ……どうして、あなたはさっきから私の目を見ないの? 本当は、本当に叶えたい夢は別にあるんじゃない」
目の前の少女はココアから逸らしていた目を少し見開き、顔をココアの方に向け、噛み付いた。
「あなたは……どうしてそう、人の心に踏み込んでくるのよ!!! あなたに何がわかるの!! 私の言葉が嘘かどうかなんてわからないでしょ!!」
少女はココアの服を掴み、前後にめいいっぱい揺らしている。
「うん、わからない。でもあなたの目が助けてって言っているように感じただけ…… 私に話して少しでも楽になるようだったら、話して。話したくないことなら、話さなくていいよ」
「もう……もう……やめてよ!!!」
ココアを乱暴に突き放すと更に激昂した少女は「ネネ」とおそらく彼女のワンダーラビリットの住人と思われる名前を呼ぶと、胸元の黒いうさぎのブローチは口から一つのカラットを吐き出した。
眩しいくらいの光をこれでもかと放ち、それでいて目が離せないとても綺麗なカラットはココアも目にしたことがある……光のカラットだ。
彼女はカラットを受け取ると、頭上高くそれを持ち上げた。
「こんなもん……、こんなもんなければぁぁぁぁ!!」
ココアはそれを一瞬で理解する。彼女はカラットを割る気なんだと。
ココアは一気に彼女との距離を詰めなんとか、それだけは阻止をしようと彼女の腕を背伸びをして押さえつける。
「離してよ!!」
「それだけはダメ!! 本当にあなたが叶えたい夢があるならば、そのカラットは割っちゃダメ!!」
「ココア!!」
「ちょっと、〝ぴぴ〟は黙ってて!!」
「あんた、何を言っているのよ!これはあなたのカラットでしょ! 割れたら困るのはあなたなのよ!?」
「いいよ、あげる。あなたがそんな顔をするんだもん。本当に叶えたい夢があるんでしょ? 私は自分の病気を治すのが今の願いだけど、きっと、あなたみたいに、そこまで必死になれない……だから、いいよ……」
「っ!!」
「ココア!」
「〝ぴぴ〟さっきから何!?ちょっと、静かにし」
「ココア!!必死なところ、すまんが、カラットはどんな扱いをしても割れないのじゃ!」
「えっ……割れないの……?」
ココアは〝ぴぴ〟のその言葉を聞いて、目の前の少女から距離を取った。
「カラット……割れないって……」
ココアから改めてその言葉を聞いた黒い少女は手に持っていたカラットをその場所から落とした。
少しずつ、地面へと向かったカラットはその重力に従った後、コロコロと転がっていく。
「ホントだ……」
最初にポツリと言葉を漏らしたのは目の前の少女が先だった。
ココアと少女は同時にお互いの顔を見つめた。
「「ぷっ」」
2人同時に一粒の笑いが溢れると、ケラケラと年相応の顔をして笑い出す。
「もう……あんな、必死になってたのに、こんな茶番じゃない」
「本当だね」
ココアが転がったカラットを拾いに行く。
「はい」
拾ったソレを目の前の笑いを共有した相手に差し出した。少女はまだ笑っている。
「いいわ……、もういいわ……。なんか少しスッキリしたから、それはあなたが夢を叶えるための玉よ」
少女はガラス玉と一緒にココアの手を上から握った。
「でも……」
「本当にあなたの言う通りよ。私、病気なのは嘘じゃないの……。今も肉体はベッドの上。本当に私の寿命は目の前でね。多分……いつ亡くなっても不思議じゃないみたい。でもね、最後に考えたの……未練はないのかって、そりゃあ、未練は沢山あるわ。中学校にも行きたかったし、成人式もしてみたかった。でも全部遠い未来のことばかりで……現実味がない。それでね、一番今の私に近いもので未練はあるのかって考えた時、それは、お母さんとお父さんのことだった。お母さんとお父さん、私のせいで仲が悪くなっちゃった……。そりゃそうよね。2人とも不安なのはわかった。自分達の子供はいくら治療してもよくはならない……寿命を伸ばしているだけ……。日に日に目に見えて弱っていくし、いくら保険が効いても、自分達が働いたお金は治療費に消えて行く。親も人の子……不安になるわ。その不安をお互いにぶつけていたら、仲も悪くなるわよね。あの2人、私の前では仲良く振る舞うの。あなたにもわかるでしょ。子供は親が思っている程、無知じゃない。お母さんとお父さん、私が亡くなったら、離婚するみたい。そんなの子供にとって地獄じゃない? なんで?原因は私なのに……。私が亡くなった後で、離婚するのよ……。最初、夢を叶えてくれるっていう、この〝ネネ〟が現れた時、カラットを集めたら、病気を治して未来を歩きたいって願うつもりだったの。でも、やっぱり、お母さんとお父さんには仲良くしてほしい……私が病気になる前のように……。せっかく結ばれた2人なんだもん……。だから、それが今の私の願い。でも、なんか吹っ切れちゃった。でも、わかっていたのよ。光のカラットの試験に間に合わなかった時点で私の運命は決まっていた。それでも抗ってみたかった。ありがとう。最後に自分にちゃんと向き合えたわ。その……あなたみたいな子に会えてよかった。でも、なんでも持っているあなたを恨めしく思う気持ちも変わらないけれど」
「ねぇ、やっぱり……あなたがこのカラットを……」
目の前の少女は目を三角にした。
「ちょっと!!私がなんで、こんなことあなたに話したと思っているの? あなたは夢を叶える力を持っているから、私は降参しましたって言っているのよ!あなたがカラットを私に渡したら意味ないじゃないの!! もう!!他人にそこまで入れ込んで、あなたうざがられない?」
「う〜ん……多分、そんなことないと思うんだけど」
ココアはへへへと笑った後に続ける。
「でも、私はあなたに関わっちゃったもん。もう、他人じゃないよ」
目の前の黒い少女は目を見開いた。まるで、一瞬時が止まったように。
「あなた……本当に……」
そして、ふふふと笑い出す。
「変な子」
「……そうかな……?」
ココアもつられて笑った。
「あっ!そうだ、さっき土のカラット持ってるって言ったけど、私持ってないの。アレは嘘よ」
「じゃあ……」
「これから、現れると思うわ」
すると、目の前の少女とココアの間に亀裂が入っていく。
「!?」
「ちょっと!今じゃないんだけど」
更に血割れは稲妻のような線を学校の校庭に描いていく。
血割れと一緒に起こる揺れにココアと少女はその場に尻餅をついた。
「なんか、この地割れ意思を持って動いているみたい……」
ココアは地割れを起こしている先頭を目で追う。
「いいえ、みたいじゃないのよ……意思を持って動いているのよ……。これが学校の外に出たら大変なことになる……。今はきっと私達を試しているんだわ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「私にいい考えがあるわ」
目の前の少女はバランスを取りながら立ち上がると、ココアの目に自分の視線を合わせた。
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