第16話 御神木と木曜日とココア☆前編

「皆さ〜ん、全員乗れましたか?忘れ物はないですか?」

「はーい!」

 今日も朝から声高らかに山田先生が言うと、クラスメイト達はいつもとは違う雰囲気に興奮しながらも、ちゃんと答える。

 ここは3号車のバスの中、ココアは年に一度の自然教室に行くところだ。

 一年前の自然教室は病院からドクターストップが出てしまい行けず、今回が初めての自然教室でもあり、それゆえ昨晩は寝付けないくらい楽しみでもあった。

 この日のためにお母さんが新しい洋服も買ってくれた。今着ている半袖の淡い水色のブラウスとベージュのキュロットスカートがそうだ。

 窓側の席に座れば、お母さんが見送りに来ていた。

 顔は笑っているが、ココアを見るその瞳は不安で揺れているようにも見える。

 というのも、今年もドクターストップがかかって行けなくなりそうなところを、お母さんが病院の先生に頭を下げて、皆とできるだけ同じことをさせてあげてほしいと頼んだ結果、この自然教室のメインイベントである富士山への登山をしないことを条件に許しが出たのだった。

 自分の体のことは自分がよく知っている。どうか心配しないでほしいという思いでココアはお母さんに手を振るが、その思いは届くことはなさそうだった。

 ココアに付いてきた〝ぴぴ〟もなぜかお母さんに手を振っている。


「皆さ〜ん!2組の子が1人、こっちに来ますからね」

 その時、山田先生の声が車内に響くと同時に、クラスメイト達は「誰?」「なんで?」とザワザワし始めた。

「じゃあ、中前さん。新道さんの隣、一番奥の席が空いてるから、そこに座って」

「はい」

 そう言って、中前さんと呼ばれた少女がバス車内の通路を歩くと、クラスメイト達の視線を集めた。

 中前さんと呼ばれた少女はボブカットの黒髪、前髪は目にかかりそうなところで真っ直ぐ切りそろえられており、そして、その雰囲気をさらに増幅させるかのような黒いワンピースを着ている。

 だが、今のクラスメイト達の少女を食い入るように見る反応は誰一人として、この少女に心当たりがないことを表していた。

 隣のクラスならば、だいたい、名前までは知らなくても、顔くらいは見たことあるだろう。ココアの学校は2年に一度クラス替えもある。過去にクラスを一緒になっている子がいてもおかしくはないが……どこからともなく始まったざわつきが止むことはなかった。

「……」

「〝ぴぴ〟どうしたの?」

 ココアはこちらに向かってくる少女をじっと見つめる〝ぴぴ〟にクラスメイトに聞かれないようにボソボソと問いかけた。

「いや、なんでもないのじゃ」

 少女はそんな騒ぎも気にも止めず、迷うことなく、ココアの隣に座る。

「あ、あの……」

「あなたが新道さんでしょ?」

「う、うん!私、新道ココア、よろしくね」

「……。中前リサ、よろしく」

 ココアはリサのその小学生らしからぬ、喋り方と雰囲気に圧倒されながらも自己紹介をした。

「あ、あの……」

「さぁ、皆さ〜ん!これが最後よ!忘れ物ない?」

「はーい」

 ココアがリサに話しかけようとした瞬間に先生が車内に呼びかけ、それと同時にバスも1号車から順に走り始めた。

 ココアは改めて、窓の外を見ると、お母さんが口パクで「気をつけてね」と言っているのがわかり、すでにホームシックになりかけそうな心が表に出る前にギュッと心の奥底に押し込めた。


 高速道路に入る前は喋り続けていたバスガイドさんも高速に入り、シートベルトを付け着席している。

 周りのクラスメイトはお喋りに花が咲いているが、ココアは隣に座るリサに話し掛けるタイミングを計れずにいた。

「なんじゃ、ココア!話し掛けたかったら、話し掛ければよいのじゃ」

 皆には見えない〝ぴぴ〟は構わずココアに話し掛けてくるが、ココアはそれに答える訳にいかず、まごまごしていると、隣に座っていたリサがチラッとココアの方を見た。

「あの……」

 今だと思い、ココアはこのタイミングでリサに話し掛ける。

「何?」

 思ったよりも素っ気ない返答に心折れそうになるのを必死に持ち直し、続ける。

「中前さんさ、あの、どこかで会ったことある?」

「……」

「……えっと……ごめんね」

「……何を言ってるの?同じ学校なんだから、あるでしょ?」

「そ、そうだよねー、あははっ」

 ココアは乾いた笑い声で誤魔化し自分の手元に視線を戻す。

「でも、去年までほとんど学校に来れてなかったし、分からなくもないけど」

「そうなの?」

「病気で入院してたから」

「そうなんだ……私も病気で……」

「一緒にしないで。私はずっと入院してたの……あなたは病気でも学校には来てるんでしょ?」

「そ、そうだよね……ごめんね……」

「……」

「で、でも、今ここにいるってことは……?」

「治ったの。ある日突然」

「そんなことあるんだね……」

「医者は奇跡って言ってたわ」

「そうなんだ……」

「あのさ」

 ココアと目を合わせることなく話していたリサがココアの方に体を向けた。

 突然、体を自分の方に向けられココアは少し驚くが、よく見ると、その視線はココアではなく肩に乗る〝ぴぴ〟を見ているようでもあった。

「ど、どうしたの……?」

 肩に乗る〝ぴぴ〟もリサと視線が合うためか、ココアの肩を掴む力がさっきよりも強くなっていた。

「……」

「……」

「富士山が見えてるんだけど」

「えっ?」

 そう言われて、ココアは窓のほうを振り返る。

「わぁ〜」

「綺麗じゃの」

 確か窓の外には想像していたよりも大きな富士山があった。

「こんなに大きい富士山初めてかも」

「ふっ……、もう少ししたら、もっと大きな富士山が見えるわよ」

 ココアはリサのほうを振り向くと、そこには口角を上げて笑うリサの姿があった。

「ありがとう」

「なんで、私にお礼なんか言うの?」

「だって、言ってくれなかったら、見れなかったもん」

「変な子」

 そう言って、リサは再び笑った。

「ふふふっ」

 ココアはリサが笑ってくれたのが嬉しくって、つられて笑った。


 宿泊施設にバスが着くと、前から順にクラスメイト達は降りていく、ココアはどうせ最後だと思って皆が降りるのを待つ。

 しばらくして、社内の人数も少なくなった頃に隣のリサは立ち上がり、ココアの方をチラッと見て「病気治るといいわね……」と、不器用なりに彼女の言葉をココアに伝え、バスから降りていった。

「……」

「……少し、驚いた」

「ココア、よかったな」

「うん。ありがとうって言えなかったよ……」



 自然教室2日目の今日は朝から他のクラスの生徒含め、クラスメイト達は富士山の登山に向かっていた。

 ココアは宿泊施設の部屋に一人残され、皆が帰って来るまで時間を潰すため、数日前に図書館で借りた本を読んでいた。

 昨日はこの部屋にココア含め、8人もの女子が押し込められて寝ていたのだが、この部屋も今はココア一人になりこんなにも広いものだったと改めて感じていた。

 普段は家でテレビをずっと見ている〝ぴぴ〟は暇を持て余しすぎて今は寝ている。

(まぁ、仕方ないか。昨日のレクリエーションもつまらなさそうだったし)

 昨日、夕食後に開かれた、クラス同士の親睦を深めようと開かれたレクリエーションはいろんなゲームを開催しており、ココアもできる範囲で参加していたが、その間も肩に乗っていた〝ぴぴ〟はどうにもつまらなさそうだった。

(落語番組も、ドラマも見れないしね)

 最近はもっぱら、テレビのチャンネルを〝ぴぴ〟に取られることが多くなり、ココアもつられてを見ることが多くなった。

 最初はわけがわからなかった、落語の番組も、再放送ばかりしているドラマも、見ているうちに面白いと感じるようになっていた。


 持ってきた本も残り数ページになってきた頃、〝コンコンコン〟と部屋をノックする音がした。

 ココアは花で作った栞を本に挟み、「はーい」と返事をして扉を開けると、そこには、この自然教室のためだけに雇われた保健の先生がいた。いつも学校にいる保健の先生は登山の方に行ってしまっており、この先生がココアのために居てくれることは聞かずとも分かった。先生は肩までのセミロングをハーフアップにしており、動きやすそうなTシャツにジーンズのパンツを着用し、山田先生と歳が近そうなまだ若い先生だ。

 確か、昨日のレクリエーションで臨時の付き添いの先生達の紹介もされていたはずと、ココアは記憶を遡るが、名前が思い出せない。

「えっと……」

「あっ!ごめんね。高野です」

「すみません。すぐに出てこなくって……、えっと……」

「急にごめんね。きっと暇かなと思ったんだけど、どうかな?」

「はい……まぁ……」

 ココアは残り数ページになった本を思い出し、曖昧に答えた。

「もし、よかったら、少し散歩に行かない?ここの周りを歩くくらいなんだけれど」

「本当ですか?行きたいです!」

 思ってもみなかった提案にココアは嬉しくなる。せっかく自然教室に来たのに、本を読んでるだけなんてつまらなかった。

「よかった!すぐ行けそう?」

「はい!大丈夫です。でも少しだけ時間もらっていいですか?準備をしたくって」

「うん。じゃあ、私はエントランスで待っているわね。準備できたら、来てね」

「はい!」

 部屋の扉が閉まると同時にココアは〝ぴぴ〟を起こす。

「〝ぴぴ〟、〝ぴぴ〟!」

 揺すると、寝ていた〝ぴぴ〟は半目を開けてココアを見た。

「……なんじゃ?」

「私これから、少し散歩に行くんだけど、〝ぴぴ〟はどうする?」

「ワシは……ふわぁぁ……いいのじゃ」

「わかった。行ってくるね!」

「……気をつけて……行ってくるのじゃ。ふわぁ……」

「うん。ありがとう」

 寝ながら、手を振る〝ぴぴ〟を後にし、ココアは高野先生が待つエントランスに向かうと、途中通りかかった食堂の隅の方でイスに座り、本を読むリサを見つけた。

「あれ?中前さん?」

 ココアはリサに近づくが、リサは気付いているのかいないのか、本に夢中なようだ。

 ココアがリサの前に立つと、

「何?何か用?」と、本から視線を逸らすことなくココアに問い掛けた。

「中前さんも残っていたんだね?」

「……まぁ、治ったとはいえ、まだ病み上がりだから」

「ねぁ、これから散歩に行くんだけど、中前さんもどうかな?」

「さっきも聞かれたわ、先生に。行かないって答えたの。本が読みたいから」

「そっか……。しょうがないね」

「ええ」

「じゃあ、また後でね」

「……」

 食堂を後にしたココアは再び、エントランスに向かう。

 エントランスに付くと、高野先生がココアを見つけた。

「あっ!新藤さん!」

 そう言って、ココアに手を振っている。

 ココアも小さく手を振ると、高野先生の隣に歩み寄った。

「すみません」

「大丈夫よ。それじゃ、行きましょうか?」

「はい」



「ごめんね。いきなり誘っちゃって、迷惑じゃなかった?」

「いいえ、全然です」

「中前さんも誘ったんんだけれど、断られちゃって…」

 へへっと高野先生は笑った。

「ここのね、宿泊施設の少し先にね、御神木があって、幸せを運んでくれるらしいの。だからね」と、ココアにもその先の言いたいこはなんとなくわかった。

 ココアは不幸ではないが、幸せというわけでもない。

 それは、今の状況が物語っていた。

「ありがとうございます」

 でも、ココアはまだ昨日の今日で月日が浅いにも関わらず、自分のことを考えてくれた、高野先生の心遣いが嬉しかった。

 木々に囲まれている、この宿泊施設の裏の方に行くと、その木々の間を裂くように石のブロックで並べられた道があり、高野先生はその道を進んで行く。

 ココアは高野先生の後に付いていくと、そう時間がかからないうちに、木と木を紙垂のついたロープで結び、いかにもここから先は神聖なところだと主張するような場所に辿り着いた。

 ロープを貼られた木々の真ん中にはココア10人分が手を繋いで囲んでも届きそうにないくらい立派な御神木がこちらもまた、幹を紙垂の付いたロープで結ばれ、そびえ立っていた。

 それと同時にどうにも不気味な雰囲気を漂わせているのも確かだ。

 ただ、御神木を見たココアはこの御神木がどこか寂しそうに思えて仕方がない。

 そして、隣の高野先生を見ると何か考えているようだった。

「高野先生?」

「あっ!ごめんね」

「どうかしたんですか?」

「うーん……。あのね……」

「ダメじゃよ」と、高野先生がその先を言おうとした時だった。聞きなれない声がそれを阻んだ。

 高野先生とココアが同時に来た方向を振り向くと、そこにはココアの何倍も生きている証でもあるシワが深く刻まれた、おじいさんが杖をついて立っていた。

「こっちに向かって歩いて行く人影を見たから、付いてきたのじゃが、やっぱり、その神木が目当てじゃったか」

「はい、そうなんです。でもダメって、何がダメなんですか?」

 高野先生がおじいさんに聞く。

「その木、枯れているじゃろう」

 そう言われて、ココアは御神木を見上げた。

 確かに周りを囲んでいる木とは違い、葉一つ付けていない。

「どうしてしまったのですか?写真で見た時はもっと葉を付けていましたが……」

「1ヶ月前に急にだ。あらゆる手を尽くしたんだが、もう、ここまで来たら……」

 おじいさんは首を振り続けた。

「立派な神木じゃったから、虫が湧いて、惨めな姿をさらけ出す前に伐採してしまおうと話しているんじゃよ。もうここまで来てしまったら、神力もないじゃろうな」

「そうなんですか……」

「ずっと、頑張ってくれたんじゃがの……」

 おじいさんが御神木を撫でる様子をココアはただ、ただ、見ていた。

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