第15話 作り話の世界と木曜日とココア 後編

 再びココアは草の匂いが漂う森の中で目を覚ました。

「う~ん……私、穴から落ちてどうなったんだっけ?」

 周りを見るとまたも沢山の木々が生い茂っている。

「また、森のようじゃの」

「うん。さっきよりは明るいね」

「これがカラットの暴走だとしても、カラットを探すとなると一苦労じゃの。どこにあるのか検討もつかん」

「うん。とりあえず、この世界から出ることが最優先かな?」

「むむ……、まったくわからんの」

 ココアと〝ぴぴ〟がそんなことを話していると、そう遠くないところから話し声が聞こえてくる。

 それはだんだんとこちらに近付いているようだ。


「これから行くところで小枝をうーんと沢山集めて欲しいんだよ」

 男の人の声だ。

「うん。わかったよ父さん!」

 こちらは少年の声だった。先程の声の主はこの少年のお父さんなのだろう。

 ココアが草陰から様子を見ると、丁度目の前を彼らが通り過ぎるところだった。

 大人の後ろに子供が2人歩いている。

 顔はよく見えないが、格好からして男の子と女の子だ。

 女の子は先程から男の子の服をぎゅっと掴んでいることから、男の子がお兄さん、女の子が妹と考えるのがしっくりくる。

 2人の着ているベストやズボン、ワンピースは汚れて、ボロボロでお世辞にも綺麗とは言えない。

「あの2人……、きっと、ヘンゼルとグレーテルだよ!!」

「何を根拠に言ってるのじゃ」

「だって、見て!男の子が歩いた後にパン屑が落ちてるもん。それに2人はこれからお父さんに連れられて、森に置き去りにされちゃうんだよ」

「うむ……」

 ココアはその先の物語を思い出して背筋を凍らせた。

「ダメ、絶対だめ!」

 すると、どこからか飛んできた鳥がヘンゼルが落としていったパン屑に群がっていた。

「もう!鳥さんたちもダメだよ!これを食べたら、ヘンゼルとグレーテルがお家に帰れなくなっちゃう!!」

 ココアは申し訳ない気持ちになりながらも、パン屑に群がらないように鳥を追いかける。

「鳥さん達、本当にごめんね。でもこれは、ヘンゼルとグレーテルのためなんだよ……。2人はこれからとても可哀想な目に合うの。だから、許して……」

 〝ブーーーーーー〟

 また先ほどと同じ音が鳴り、時間が止まった。

「またブー?」

「ブーじゃな……。ココア、思ったんじゃが、本来のストーリーから外れてはいけないんじゃないかの?だから〝ブー〟なんじゃなかろうか?」

「ん? どういうこと」

 ココアが言い終わる前にまた、ココアの足元に黒い穴が出現し、また落ちていく。

「なのぉぉぉぉぉぉーーーーーーー、いやぁぁぁぁぁ」




 次はどこからともなく空間に穴が空き、地面に落とされた。

「いたぁーーい! いきなり、扱いが雑になってない?」

「大丈夫かの?ココア?」

「うん……何とか」

 ココアは服についた汚れを払い落としながら立ち上がり、周りを見渡す。

「また、森の中だ!」

 ココアの周りには沢山の木々や草花が生い茂っけていた。

「童話の世界は森がたくさんじゃの」

「次は何の話かな?」

 そう言って、ココアは当てもなく歩き始める。

「ココア、結構楽しんでいるじゃろう?」

「うん!こうやって物語の世界を歩くの、すごく楽しい」

 キラキラ目を輝かせて話すココアに〝ぴぴ〟は小さなため息をついた。

「ココア、わかっているのかの?これはカラットの暴走かもしれんのじゃから、ちゃんとここから出る方法を考えないと、一生この物語の世界で生きる事になるのじゃぞ?」

「でも、この姿だったら病気のこととか気にせずに走れるし、体も動かせるし、いいかもしれないね」

「……」

「なんてね。へへっ!お母さんやお父さん、それに2人のおじいちゃんやおばあちゃんに会えなくなるのは嫌だもん。ちゃんと戻る方法考えるよ」

「ココア……」

「そう言えば、ここに落ちる前に〝ぴぴ〟、何か言ってたよね?」

「あぁ!だからじゃな」

「あれ!!」

「な、なんじゃ!!」

 〝ぴぴ〟が本題に入ろうとした瞬間、ココアがある場所を指を指す。

「なんじゃ、家じゃないか」

「うん。行ってみよう」

 先程のこびと達の小さな家とは違い、今度は人が住むには十分な大きさの家だった。

 ココアは走って近づくと、窓から家の中を覗いた。

 すると、今まさに狼に襲われ逃げ惑うおばあさんの姿がココアの目に飛び込む。

 想像よりも鋭い目つきと大きな口、鋭利に伸びた牙の狼にココアも足がすくむ。

 ただ、一瞬にして脳裏によぎるのはいつも自分に優しくしてくれるおばあちゃんの姿だ。

「ココア、さっきも言ったが、今までブーっと音がなっていたのは、ココアの行動が原因で本来の物語から外れてしまっていたからかもしれん。ここは苦しいかもしれんが、おばあさんが食べられるのを……。ココア?」

(嫌だ……。もし、自分のおばあちゃんが狼に食べられそうになっていたら……。ううん。それは絶対にダメ)

 〝ぴぴ〟の言葉がココアに届くことなく、ココアは家の扉に向かうと勢いよく開けた。

「ココア!」

「狼さん!!!ダメぇぇぇぇぇぇ!!!た、た、食べるなら、わ、わ、わ、私を食べなさい!!!」

 震える声を絞り出しながら何とか叫んだココアだが、再び〝ブーーーーー〟の音が鳴り響き、時間が止まった。

「えっ!?」

「ココア、もうほぼほぼ確定じゃ!やっぱりココアの行動が本来あるストーリーから外れると、ブーなのじゃ。きっと元の世界に戻るには……」

「ストーリーを正しく」

 また、ココアの足元に黒い穴が出現する。

「進めるってことぉーーーーー?」



 ココアはその後も次々と物語の世界を回ったが、ことごとく失敗。というのもココアがこの物語の世界にいて行動を起こさず黙って見ていることが出来なかったからだ。

 次の立派なお城と時計台がそびえ立つ『シンデレラ』の世界では、ココアの所まで転がってきたガラスの靴を王子様に渡す直前に割ってしまい失敗。

 その次のダイヤが散りばめられたようなターコイズブルーの海が印象的な『人魚姫』の世界では最後の最後で人魚姫が海に身を投げるのを見ていられず、止めに入って失敗していた。




「きゃぁぁぁぁぁぁ」

 5番目の物語の世界にココアはひょっこりと空いた穴から地面に叩き落とされた。

「いったぁーい」

「大丈夫か?ココア?」

「うん。なんとか。もう少し優しくしてほしいよ……」

「ココア、いい加減これで最後にして欲しいのじゃ」

「頑張ります……」

「大人しく見ていればいいものの……関わろうとするからじゃ」

「……ごめんなさい」

 ココアはお尻を摩りながら立ち上がる。

 どうやら、フカフカの土の上に落とされたようだ。

 周りを見渡せば、自分と同じくらいの大きさの花々が綺麗に咲いている。

「私、小さくなってる?」

「うむ。そんな感じじゃ」

「あ、あなたは……?」

 どこからともなく現れたココアを1人の少女が目をまん丸くして見ていた。ピンクのフリルの沢山のあしらわれたワンピースを着た金髪の可愛らしいお人形のような女の子だ。

 でも、その目は真っ赤だった。

「泣いていたの……?」

「さっそく関わってしまっているのじゃ……」

 女の子は慌てて、目を擦ると、ココアににっこりと笑い掛けた。

「いえ、大丈夫よ!でも、あなた変わった格好をしているのね?」

「え?あー、あ……、そうなの!」

「でも、可愛いわ、その頭の耳とか。うさぎさんの耳かしら。胸元のブローチもうさぎさんなのね。本当に可愛いわ……」

「うん!ありがとう」

「えぇ……。でも、もう……うさぎさんも……」

 すると、女の子はまた目尻に涙を溜め始めた。

「え?ど……どうしたの?」

「い、いえ……、なんでもないのよ」

「よかったら、聞かせて?」

「本当になんでもないのよ……」

「ただ、」

「ただ?」

「お日様やお花さん、それに鳥さん達とお別れをしていたの。もう……会えなくなってっしまうから……」

(あっ、この子親指姫だ……)

「もぐらさんと結婚するから?」

「あなた、なんで知っているの?」

「ココア!また失敗するつもりか!」

「ごめん。ごめん」

 〝ぴぴ〟が小声で話掛け、ココアも同じように小声で謝る。

「どうしたの?」

「ううん。なんでもないよ! でも、本当は結婚したくないんでしょ?」

「ううん。もぐらさんは嫌いじゃないのよ。でも、皆とお別れをするのが辛いの……。私はもっと、広い世界を見てみたかったから……」

「じゃあ、そうしよう! 自分に素直になろうよ」

「だめよ!優しくしてくれたネズミのおばさんに迷惑が掛かるわ」

「あれもこれもは手に入らないと思うよ?」

「わかっているわ。だから、私はもぐらさんと結婚することを選ぶのよ……」

「自分の心が辛い方を選ぶの? 人生は一度きりだよ? 自分の心が望む方に進んだほうがいいんじゃないかな?」

「……。でも……怖いわ。もし、もぐらさんと結婚しないで、外の世界で生きる方を選んだとして、それが失敗しないとは限らないわ。後になって、もぐらさんと結婚していた方が幸せだったかも……と思うことになるのがとても怖いの……」

「もっと、自分を信じてあげてよ」

「えっ?」

「私ね、あまり生きてないんだけれど、ここまで生きてきて、思うことがあるの。自分を信じれば、信じた分だけ、世界は答えてくれるって」

「そうかしら?」

「まずは自分のその心。信じてあげてよ!」

 その時、もおのすごい風圧が2人を襲う。

 ココアは飛ばされないように足でなんとか踏ん張る。

 風が止み、目を開けるとそこには親指姫が以前助けたツバメの姿があった。

「ツバメさん!?どうしたの?」

「さぁ、親指姫!迎えに来ましたよ。一緒に南の島へ行きましょ!」

 親指姫がココアの顔を見た。

 ココアはその無言の問い掛けに、首を縦に振って答える。

「えぇ、ツバメさん。私を連れて行ってくれるかしら?」

「もちろんです」

「後、彼女もいいですか?」

「えぇ、もちろん」

「え!? 私?」

 親指姫はツバメの背に乗り、ココアに手を差し出す。

 ココアはその手を掴み、一緒にツバメの背中に乗り込んだーー瞬間、ツバメは一気に空へと飛んでいく。

「ありがとう!あなたの言う通りだったわ」

「ううん。私は何にも」

 ココアはツバメの背から見る地上がどうにも、信じられず、点々のとある家や畑や山がジオラマに見えて仕方がなかった。

 しばらくすると、家などが消え、少しずつ緑が多くなったと思った時、ココアの瞳は突如としてその景色に支配された。それは一面に咲く色とりどりの花達だった。大きな花びらを広げて2人を歓迎する。

「わぁ〜」

「綺麗ね〜」

「うん!」

「ここは花の国なんですよ」

 ツバメが感激する2人にそう答えると、一気に下向し、花の真ん中に親指姫を下ろした。

 その近くには親指姫くらいの大きさの少年がおり、親指姫に気が付くと、親指姫に近付いて、その手を取った。

(花の国の王子様だ!)

 ココアもツバメの背から降りようとすると「あなたはこちらですよ」と言われ、今度はココアだけを乗せたまま、飛び立った。

「うさぎの妖精さ〜ん!ありがと〜!!」

 親指姫を見れば、王子様と手をつなぎ、ココアに向かって大きく手を振っていた。

「うさぎの妖精さんって私のこと?」

「しか、おらんじゃろうな。でも、ココアあの少女に掛けた言葉よかったぞ!」

「ううん。私が言わなくても、親指姫は自分の心に従ったよ!だってそう言う話だもん」

「うむ……。ココアが関わってしまったせいで本来の話がわからないのじゃ」

「ふふふ。それはそうだね。ここから出れたら、一緒に『親指姫』読もうね」

「それよりも、今回はどうだったのかのぉ?」

「う〜ん……。まださっきみたいにブーとは鳴っていないけれどね。親指姫に関わっちゃったし……まだわかんないね?」

「そろそろ、この世界から出たいのじゃ……」

 すると、ツバメは長く飛ぶことはなく、ピンクの花の真ん中にココアを下ろした。

「あなたはここですよ」

「ありがとう!」

「それでは、ご武運を。さようなら」

「さようなら〜」

 役目を終えたツバメは飛び去っていく。

「ここで降ろされたということは、ここに何かあるのかな?」

 ココアはぐるっと周りを見渡すが、これと言って特別なものはなさそだ。

 気になるとすれば、綺麗に咲いている花の中で目の前のそれだけ、まだ蕾だということだ。と、突然、蕾から光が漏れ出し徐々にその蕾を花へと変えていく。

 ココアはその様子に目が離せずにいると、その真ん中に見慣れたガラス玉が置かれていた。

「〝ぴぴ〟!!あれって!」

「カラットじゃな。ココア、浄化じゃ!」

「うん!」

 すると、ココアの右手はココアでも気付かないうちにステッキを握っていた。

「うわぁ!いつの間に!? なんで?持ってなかったのに……」

「ココア!考えるのは後じゃ、今は浄化をするのじゃ!」

「う、うん!」

 ココアはステッキを振りながら、「ピュリフィケーション!!」と唱える。

「……」

「……」

「おーけなのじゃ!」

「本当に呆気ないよね」

 〝ピンポーーーン〟

「ピンポーン?」

「ブーじゃないってことは?」

「正解?」

「ってことかの?」

「やったー! てことは?」

「きっと、元の世界に戻れるのじゃ!!」

「でも、この世界からはバイバイだね」

「ワシはもうこりごりじゃ……」

「私は結構楽しかったよ?」

 ココアはカラットを手に取る。

 そのカラットは小さな本を閉じ込め、本の周りは緑色や黄色の宝石のような石で装飾されていた。

「それは……本のカラットじゃな!偽物じゃ」

「えぇー、偽物ぉ、こんな素敵な世界を作り出してくれたのに……」

「まぁ、しょうがないの。また探すのじゃ」と、カラットを〝ぴぴ〟が飲み込んだその瞬間、ココアの今見えている世界が上の方からボロボロと雪崩れのように崩れ出した。

「なななな、なにぃぃぃぃ!!!!????」

「この世界が崩れ始めているのじゃ!!!」

「ど、どうすればいいの!!??」

「わからん。取り敢えず……巻き込まれないように走るのじゃ!!!」

「えぇぇぇぇぇ〜」

 ココアは一心不乱に走る。

「終わりがこんなのなんてーーー聞いてないよぉぉぉーーーー」




 ココアの部屋には窓からオレンジの夕日が差し込んでいる。

 そのオレンジ色が作り出してる世界でココアと〝ぴぴ〟は読んでいた本の途中で机に突っ伏し寝ていた。

 その時、ココアと〝ぴぴ〟が同時に目を覚ます。

「……う〜ん……。今のは………夢……?」

「………うむ……わからない……のじゃ」

 まだ、瞼が重い2人そのままは再び眠りにつく。



 さて、この話は夢だったのか……カラットの暴走だったのか……それは2人にも分からないようだ。

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