第14話 作り話の世界と木曜日とココア 前編

「ただいま〜!!」

 放課後、家ではココアの声が響く。

 その声はいつもよりワントーン高い。

「ねぇ、お母さん、今日図書館行って来てもいい?」

 家に着くなり、この時間帯だと居間にいるであろう、お母さんの所に行き、その襖を開けた。

「おかえりなさい。いいわよ。でも疲れる前に帰ってくるのよ」

「は~い!行ってきます!!」


 いつも通り、この時間の情報バラエティ番組を見ながら、お母さんが言うと、ココアはそのまま居間にランドセルを置き、図書館に向かった。

 家からそれ程遠くない場所に地域の図書館があり、5分も歩けば十分な距離だ。

 外で遊べないココアにとって図書館はよく行く場所の1つでもあった。

 本を広げれば、その世界に行ったような気分になれる。

 そんな空想の世界が好きだった。

 空想の世界では自分はどんなことをしても自由だ。

「ココア、楽しそうじゃな」

 ココアの肩が定位置になりつつある〝ぴぴ〟はココアに問いかけた。

「うん。なんの本を借りようかな〜、あっ!童話集も借りなきゃね」

「うむ……」

「〝ぴぴ〟が『親指姫』を知らないなんてね。びっくりだよ」

「うむ……。これでもワシは下界のことは知っているほうだったと思ったのじゃが……」



 図書館に着くと、ココアは真っ先に自分がよく借りて読むお気に入りの『絵で見る世界の童話集』を手に取った。

「うむ……」

「これがね、よく分かりやすくって面白いんだよ」

 ココアは周りに人がいないことを気にしながら、小声で〝ぴぴ〟に話掛ける。

「ワシは落語が好きなんじゃがの……」

「じゃあ、落語の本も探そう!」


 ココアは童話の本と数冊の落語の本、また自分が好きなストーリー仕立ての児童書を1冊借りると、まっすぐに家に帰った。

 自室に戻り、勉強机に今日借りた本を積み重ね、そこから、真っ先に手を取ったのは、『絵で見る世界の童話集』だった。

「〝ぴぴ〟!一緒に見よう?」

「少しゆっくりするのは、ダメかの?」

「そう言って、〝ぴぴ〟はいつも夜まで寝ちゃうじゃない! 頭が冴えれば、眠くなくなるよ? それに私も少し読んだら、体を休めないとだし。ちょっとだけ!ねっ?」

「む。わかったのじゃ」

 〝ぴぴ〟はそう言うと、机の上にあるココアの手と手の間にしゃがみこむ。

「じゃあ、開けるよ?」と言って、ココアが本を開けると同時に本から眩い光が溢れ出し、「え……」と驚く間もなく、ココアと〝ぴぴ〟は本に吸い込まれた。




「う〜ん……」

 ココアは草の匂いと湿った土の匂いの中で目を覚ました。

「ここは?」

 周りを見渡せば、背筋も凍りそうになる程の暗い木々に覆われた……おそらく森の中だった。

「〝ぴぴ〟?」

「ここじゃ!!」

 声のする方に目を向けると、そにはブローチになっている〝ぴぴ〟がいた。

 そこに〝ぴぴ〟がいると言うことは……

「いつの間にか変身してる!?」

「そうみたいじゃの……」

「それよりも、ここ……怖いよ……何ここ? 私達、部屋にいたはずだよね?」

 どうにもココアには周りの木が自分を襲ってくるように思えて仕方がなかった。

「本の中に吸い込まれたような気がしたのじゃが……」

「それよりもここから早く出ようよ? 出口を探そうよ……」

「ふむ。いきなりこんな場所に来てしまうとは、カラットが絡んでいそうな気もするのぉ……」

「きゃあああああああ」

 その時だった。ココアでも〝ぴぴ〟でもない叫び声が響く。

「な、何に!?」

「気になるの。人がいるってことじゃ!とりあえず行ってみるのじゃ!」

「う、うん……」

 ココアは声のする方に向かって慎重に歩き出す。

 少しでも気を緩めてしまうと、その瞬間、何だかわからないものに襲われてしまいそうなそんな感じがしたからだ。

「ココアは怖がりじゃの」

「怖いよ……。今の〝ぴぴ〟はブローチになってるし、何かあっても力になってくれないじゃん!!」

「それは……仕方ないの」

 しばらく歩いていると、その先にけもの道が見えていた。と、同時にココアの前を1人の女の子が走って通り過ぎていった。女の子はどうにもこの森を歩くには不釣り合いな長いスカートを履き、たくし上げながら走っていく。

「あっ!!ちょっと待って!!」

 ココアの声が届かないくらい、女の子は必死に何かから逃げているようだった。

 ココアがけもの道に出た時には女の子ははるか遠く米粒程の大きさになっていた。

「さっきの悲鳴はあの子のみたいじゃの」

「う、うん」

「気になるしの……、ココア追いかけてみるのじゃ!」

「う、うん」

 ココアはけもの道を警戒しながら歩く。

「ココア!何ちんたらしているのじゃ!走るのじゃ!!」

「だって、怖いんだもん!!」


 だいぶ時間が掛かったが、けもの道を抜けると、そこには一軒の小さな家が建っていた。

「わぁ〜、可愛い!!」

 ココアは吸い込まれるようにその家に近づく。

「さっきまでは、あんなに怖がっていたのにのぉ」

 ココアの顔くらいしかない小さな窓から中を覗く。

「ココア、ぷらいばしーというものがあってじゃな……」

「こびと……」

「なんじゃ、人が話しているというのに!」

「こびとがいる!! いち、に、さん、し……7人も!後、あの子、さっきの女の子だと思う!!」

「どういうことじゃ」

「きっと、これ『白雪姫』だよ!!」

「では、ワシらは……」

「物語の世界に入りこんじゃったんだね!でも、白雪姫、本当に可愛いな……。肌もびっくりするくらい白いし」

「ココア!何を呑気なことを言っているのじゃ!物語の世界に入ってしまった以上、抜け出す方法を考えないと!!」

 ココアは家の中の様子に夢中だ。

「ココア……聞いているのかの……?」

 その時、家の扉がガッチャっと開いた。

「ここに居たらバレるのじゃ!と、取りあえず、そこの草むらに隠れるのじゃ」

「う、うん!」

 ココアは近くの草むらから様子を見ていると、こびと達が1列に連なって出てきた。白雪姫も森に向かうこびと達に手を振って見送っている。

「本当に白雪姫可愛いな〜」

 小人達を見送ると家の扉を閉める白雪姫。

「あっ!!」

「どうしたのじゃ?」

「このままじゃ、白雪姫、毒リンゴを食べさせられちゃうんだよ!!」

「それがどうしたのじゃ!それがこの物語じゃろう?」

「ダメ!あんな可愛い女の子が毒リンゴを食べさせられるところなんて見てられないよ」

 そう言うと、ココアは森の方に走りだした。

「どうしたのじゃ!さっきはあんなに怖がっっていたというのに」

「きっと悪い魔女は森を通ってくるはず!私達で白雪姫に毒リンゴを食べさせないように阻止するの!!」

「そんな、物語を変えてしまって大丈夫なのかの?」

「それはわかんないけれど、でもずっと思っていたの、白雪姫は毒リンゴ食べなければいいのにって」

「それじゃと、王子様にも会えんじゃろう……」

 そんな〝ぴぴ〟の言葉もお構いなしにココアはやる気満々だ。

 ココアは近くの木のツルを引っ張ると思いの他、伸びたのをいいことにそれをケモノ道にぴーんと張った。

 どうか魔女がつまづきますようにと願っていると、森の奥から「ヒッ、ヒッ、ヒッ」と甲高い声が響いてくる。

「来た!きっと魔女の声だよ」

「あから様に悪そうじゃの……」

 ココアは仕掛けが見える草陰に隠れた。

 しばらくすると、相変わらず「ヒッ、ヒッ、ヒッ」と甲高い笑い声をさせながら、魔女がこちらに向かって来ていた。 魔女は黒いローブを羽織り、手にはリンゴの入った籠、トンがった鷲鼻に極め付けの甲高い声でココアでも一目でそれが魔女だとわかる。

 さぁ、あと一歩でロープにつまづくーーというところで、魔女はひょいとそれを飛び越えてしまった。

「えぇぇぇぇぇぇ〜」

「仕掛けがあからさますぎるからの」

 すると、ココアは魔女の前に飛び出し、通せんぼをした。

「なんだ、お前は? そこを退きな」

「ダメ、ここから先は通さないんだから」

「ココアは何をやっているんじゃが……」

「私が誰とわかって、そんな真似をしているのか?」

「うん。でも取り敢えず、その籠を私に頂戴!」

「ダメに決まっているだろう?これを白雪姫に食べさせれば、ひっひっひ、やっと私の時代だ。とにかくそこを退きな」

「それじゃあ、もう強行突破なんだから!!」

 ココアは魔女の持っていた籠を掴むと自分の方に引き寄せた。

 魔女も負けずと強い力で自分の方に引き寄せ、ココアと魔女で綱引き状態だが、どちらも一歩も譲らなかったせいか、リンゴの入った籠は引っ張り合いの末、宙に投げ出された。

 リンゴもそのまま宙に投げ出され、しばらくすると、ココアと魔女に向かって、降り落ちる。

 両者とも上手く避けた結果、直撃することなく、リンゴは地面に落ちてぐちゃぐちゃになっていた。

「やった!これで白雪姫がリンゴを食べることはないね?」

「小娘!よくもやってくれたな!!」

 魔女が怒り狂い、どこに隠していたのだろうか、自分の体よりも大きな杖を出し、呪文を唱えようとした瞬間、時が止まった。

 ココアは思わず、頭を抱え目を瞑るが、何も起こる気配はなく、恐る恐る目を開ける。

「? 時間が止まってる?」

「みたいじゃの」

 すると、どこからともなく〝ブーーーー〟という音が鳴る。

「ブー?」

「ブーってなんじゃ?」

「ブーってなに?」

 そんなやり取りをしていると、ココアの足元に黒い穴がひょっこりと現れ、ココアが気付いて足元を見た瞬間、その穴に落ちて行く。

「えぇぇぇぇぇぇぇ?ちょっと、どういうことなのぉーーーー?」

 穴の奥の方で遠くなったココアの声がまだ響いていた。

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