第13話 あふれる水曜日とココア 後編

(〝ぴぴ〟どこに行ったんだろう? もう、帰らなきゃいけないのに)

 ホームルームを終えたココアはランドセルを背負い、〝ぴぴ〟が行きそうなところを探す。

 校庭の水飲み場や体育館裏、くまなく探すが〝ぴぴ〟の姿は見つからない。

(見つからないな……、教室に戻ってたりするかな

 ?)


 がらんとした教室に〝ぴぴ〟の姿はなかった。

(いないな……。早く帰らないと病院に行く時間になっちゃう)

「どこ行っちゃったの?」

「あれ?新道さん?」

「先生!」

「どうしたの?何か忘れ物?」

「えっ!?あ、あー……、そ、そうなんです!!」

「ん?何を忘れちゃったの?」

「ぬ、ぬいぐるみ!じゃなくて……えっと…」

「もう!ダメですよ。ぬいぐるみを学校に持って来ちゃ」

 山田先生はわざとらしく、頬をプクッと膨らませると、腰に手を当ててココアに注意する。

「ごめんなさい……」

「まぁいいわ、今回だけは私と新藤さんの秘密よ?先生が探しておいてあげるから、今日は帰りなさい」

「あ、あの……」

「新道さんが帰ってくれないと先生怒られちゃうのよ? だから、ねっ?」

「……わかりました。先生……さようなら」

「はい、さようなら」

 ひらひらと手を振る山田先生を後にし教室を出るココア。

(ごめーん……、〝ぴぴ〟……)



「ただいま〜」

 家に着くと、お出掛け用のスカートを履いて、髪もいつも以上に巻いているお母さんが忙しなく動いていた。病院に行く水曜日は学校から帰ってくるといつもこうだ。

「あー、ココア!やっと帰って来た。もう今日は緊急下校って聞いたから、早く帰ってくるかと思ったのに、全然帰ってこないんだもん。隣の鈴木さんちはもう帰って来てるのに!」

「でも、いつもよりは早いでしょ?」

「少しでも早く帰ってきてくれれば、それだけ早く病院に行けるでしょう?ココアも早くランドセル下ろして車に乗って」

「あの……ね、学校に忘れ物しちゃって」

「明日でも大丈夫よ。さっ!準備して!!」

 ココアを急かすお母さんに渋々従い、玄関にランドセルを置いて、家のカーポートに止まっている車の助手席に乗り込んだ。

 お母さんはというと、車の窓ガラスを見ながら口紅を付けている。一通り終わると運転席に乗り込んだ。

「じゃあ、行くわよ〜。少しでもココアの病気が良くなってますように」

「なってないよ。いつものことじゃん」

「そんなこと言わないの!ココアの病気は絶対治るから」

 ココアにとっては遠い未来の話をされているようで……走り出した車の外の景色を見た。

 これから隣町の大きな病院に行くことになる、すぐには帰れない。

(〝ぴぴ〟……こんなことなら、〝ぴぴ〟を1人にするんじゃなかった)



「ココア!ココア!カラットあったのじゃ!」

 その頃〝ぴぴ〟は愛用のトランクに乗って廊下を走っていた。何があったのか〝ぴぴ〟は傷だらけだ。

「ココア!」

 〝ぴぴ〟が教室に飛び込むと、そこには人っ子ひとりいない。

「ココア……、どこに行ったのじゃーーーーー!!!!」



 結果を待つ時間も、毎週採られる血液も、1年も続けばもう慣れっこだ。そして今回も悪い結果だけを押し付けられ、帰ることになる。

「さあ、薬もらって帰りましょ?」

「うん……」

(!? 今〝ぴぴ〟の声が聞こえた気がした……)

「お母さん、早く帰ろう!!」

「いきなりどうしたの!?薬だってまだもらってないでしょ」

「じゃあ、早く貰いに行こう!」

「ココアだめよ!走っちゃ!病気が悪化しちゃう!」



 家に車が到着すると、一目散に部屋へと向かうココア。

「もう!ココア、どうしたっていうのよ?」

 部屋のドアを開けても〝ぴぴ〟の姿は見当たらない。

(まだ、戻ってない?)

 部屋を出て行こうとするココアの視線に窓の外にチラッと見えたピンクベージュの耳が飛び込んできた。

「〝ぴぴ〟!」

 急いで、窓を開け〝ぴぴ〟を確認するココアだが、その〝ぴぴ〟は大分傷付いていて、ココアの呼び掛けにも目を覚まさなかった。

「ちょっと〝ぴぴ〟!なんで、こんなに傷付いてるの!? 私のせいだ……。〝ぴぴ〟起きて!〝ぴぴ〟!」

 いつものように揺すっても〝ぴぴ〟は目を覚まさない。

「嘘でしょ!?〝ぴぴ〟、〝ぴぴ〟!」

 〝ぴぴ〟!!

「コ、ココア……?」

「よかった!起きた……。ごめんね。〝ぴぴ〟……、私が1人にしたから……」

「いや~、待ちくたびれて寝てしまったのじゃ」

「……。えっ!?」

 へへっと、笑ってみせる〝ぴぴ〟に目を点にするココア。

「はぁ~、もう、心配して損したよ……。こんなに傷ついて帰ってくるんだもん。死んじゃったかと思った……」

「しん……死んだとは失礼な!!ワシがそんな易々と死ぬわけなかろう!!!チィとばかし、カラスと闘っただけじゃ」

 〝ぴぴ〟はココアの手の中で勢いよく立ち上がる。

「それよりもココアが帰って来てくれてっよかったのじゃ」

「〝ぴぴ〟、私が帰って来ないとでも思ったの?」

 ココアは「ふっ」と〝ぴぴ〟に笑い掛けた。

「そ、そんなこと思ってもないのじゃ!!それよりもココア、カラットを見つけたのじゃ」

「本当?」

「あぁ、さっそく変身して行くのじゃ!」

「うん」

 ココアは静かに立ち上がると、覚えたてのその言葉を唱え始める。

「我が身に宿りし魂よ、古に伝わる魂と融合せよ」

 すると、ココアの体は眩い光に包まれ、光が消えると同時に自分の体はゆっくりと倒れ始め〝ぴぴ〟の魂と融合したココアの魂がそこに立っていた。

「よし!ココア、学校に行くのじゃ!」

「うん」

 勢いよく、部屋を飛び出すココア

 と、何を思ったのかすぐに部屋に戻って来て、押し入れの中を探し始めた。

「ココア!何しているのじゃ!」

 ブローチになった〝ぴぴ〟がココアに問いかけた。

「ん?あのね、浄化の時さ、味気ないから……っと、あった!これこれ!」

 ココアは押入れの中からそれを取り出し、頭上に掲げた。

「これ、私が小さい頃に好きだった魔法少女が持っていた魔法のステッキなの!これで浄化をすれば、それっぽくなるでしょ?」

「はぁー……。ココアはまだまだ、お子様じゃの」

「いいの!女の子はずーっとこういうものに憧れつ続けるんだから」

「ココアだけの間違いじゃないのか」

「そんなことないもん!さぁ行くよ~!!」



 ココアは学校に着くと、目の前の光景に目を疑った。

 校内は〝ザアアアア〟という騒音で埋め尽くされ、水飲み場から水が勢いよく出ているせいで、足元は靴で水を掻き分けることができるくらい、小さな川を作り出していた。

「先生達も業者を呼んだりしていたんだがの、原因不明で止められなかったのじゃ。最後は初めにやっていたようにガムテープと紐で蛇口を縛って帰っていったんだが……この通りになってしまったの」

 確かに近くの蛇口を見れば、先生達がまた、頑張ったであろう跡が残っていた。

「早くなんとかしてあげよう!〝ぴぴ〟カラットはどこにあったの?」

「屋上じゃ」

「わかった!」

 ココアは急いで階段を駆け上り、屋上に向かう。


 屋上へ続く扉を開くとーー

 ここに本当にカラットがあるのかと疑うくらい、屋上は穏やかだった。

「本当にここ?」

「そうじゃ」

「下があんなに騒がしいのに、ここは静かなくらい」

「ココア!あそこなのじゃ」

 〝ぴぴ〟は屋上にあるそれに向かって指を指した。

「……何あれ?」

「あれは……ワシにもわからん」

 〝ぴぴ〟が指を指したのは貯水タンクだった。

「よ~し!」

 ココアはそこに向かうため、設置してある梯子に手を掛け登るが、途中、屋上の柵よりも上になってしまうことに気が付き引き返していく。

「ココア!何をしているのじゃ」

「だ、だって……怖いよ……。落ちたらどうしよう?」

「ココア、カラットを回収しない限りは下は水浸しのままじゃぞ!」

「うぅぅ……」

 ココアは意を決してもう一度梯子に登り貯水タンクのそばまで来たが、そこにあったものにさらに足をガクガクと震わせた。

「ちょっと!〝ぴぴ〟聞いてないよぉぉ~、これ!!」

「カラスの巣じゃな」

「ダメダメ!!無理だよ!」

「だ、大丈夫じゃ。それによく見るのじゃ、そこにカラットがあるじゃろ?」

 カラスの巣には卵と並んでカラットと思われる綺麗なガラス玉があった。

「あるけれども……ううっ」

「それに、今がチャンスなのじゃ!カラスはさっき、ワシがやっつけてやったのじゃ!」

「わ、わかった〝ぴぴ〟の言葉を信じるよ……、私がこれからカラスに襲われることあったら、〝ぴぴ〟を一生恨むからね……」

「なっ!?」

 ココアは家から持ってきたステッキをそれらしく右手で構えると

「ピュリフィケーション!!」と振りながら唱える。

「ココア、もう大丈夫じゃ」

 今回も目立ったアクションはないが、浄化されたらしい。

「本当に呆気ないよね、これ」

 ココアはカラスの巣の中にあるガラス玉を丁寧に拾う。カラットは宝石のようなキラキラした石が埋め込まれており、真ん中には泡を思わせるような細工がある。

「これ、私が最初に拾ったカラットだ」

 ココアの記憶に新しいカラットだった。

「そのようじゃな。きっとココアが落とした時にカラスが拾ってきたのじゃな」

「うん……でも、見つかってよかった。」

「本当によかったのじゃ。これで、今夜はスヤスヤじゃ」

「うん!よく寝れるね」

「さぁ、ココア、ワシの口元にそのカラットを近付けるのじゃ」

「うん!」

 ココアは〝ぴぴ〟の口元にカラットを近付けると、〝ぴぴ〟はそれを飲み込んだ。

「水のカラット、げっとなのじゃ~」

「やった~、やっと1つ目!」

 すると、喜びに浸る暇もなく遠くの空から「カァカァ」と声がした。

 ココアは顔を引きつらせながら、急いで、校内に戻るがそこに待ち構えていたのは、見事に見渡す限り水浸しの廊下だった。

「ココア……これ、掃除しなきゃじゃの?」

「う、嘘でしょ……?」


「イヤァァァーーーーーーーーーーーーーーー」


 カァカァと鳴く外のカラスの声がココアの声に共鳴した。

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