第25話 光のカラットとココア

 ココアの目の前にはワンダーラビリットのお城が見えている。

 まだ、下界に強制送還されていない、光のカラットを手にする可能性はまだ十分にあるという思いがココアの脚を一層早くする。

 変身しているココアの体はありがたいことにどんなに体を動かしても疲れない。肉体のある体で走っていたら、何年も運動をしていない体が気持ちについて行かず、きっと何処かでバテていただろう。

 ワンダーラビリットの爽やかな風を素直に感じながら、ひたすら走り続け、もうお城はすぐそこだ。

 目の前にすると、おもちゃのようなドールハウスのお城は立派にそびえ立っていて、この距離からお城を見るには、きっと首を90度、後ろに倒さないと全体像は見えないだろう。

 遠くからしか見たことがなかったお城の門は淡いピンクとミントグリーンと白色の三色で色付けされており、ねじりマシュマロを彷彿とさせる。左右には門番の役割をしているのだろうが、門番にはならなそうな〝ぴぴ〟のようなうさぎの彫刻がどっしりと置いてあった。彫刻の手にはその可愛い見た目には見合わず、盾と矛が握られている。


 後10歩……5歩……門はもうすぐ目の前だ。

 後1歩。

 その一歩を大きく踏み出し、門を超えると、どこからともなく軽やかなトランペットの音が鳴り響き、カラフルな紙吹雪がココアの体を包むように頭上から降り注ぐ。

 目の前に現れたのは女王に仕える花の精霊だった。

「今回はバラの精霊?」

 花の精霊はバラの花を頭に乗せ、真っ赤な花びらのスカートを履いている。

 ココアが両の手のひらを花の精霊に見せるように広げると、恭しくその上に立ち、バレリーナのよう挨拶をした後、ちょこんと座り、すぐ様その姿を巻物に変えた。

 ココアは巻物を開き、内容に目を通す。

『ココア殿 そなたに与えられた、今回の試練は『病気に負けない心を手にすること』この課題に無事に合格したそなたに光のカラットを与えることとする ワンダーラビリット女王』

 その文字の羅列を見て、ココアは改めて試練に合格したことを実感する。

「私……合格したんだ……」

 勝手に笑みが溢れ、ニヤニヤが止まらない。

「〝ぴぴ〟合格したよ!」

 ココアは〝ぴぴ〟に呼びかけるが、相変わらず返答は来ない。

「そっか……〝ぴぴ〟は……。ねぇ、〝ぴぴ〟はどうしちゃったの?」

 ココアはいつの間にか巻物から元に戻っていた花の精霊に聞いてみる。

「…………」

「そっか、自由には喋れないのかな……」

 最初、ワンダーラビリットに来た時も時間を教えてくれたことと、下界に帰すための呪文を唱えてくれただけだったことを思い出す。

「……いえ……、今はまだ、女王様の力で眠っていらっしゃるだけです」

 まるで、風が歌うようにそよそよと……声と認識するにはあまりに実感のない透明な声で話す。

「喋った!!そうなんだ。でも、さっき……」

 水の中で……と言おうとしてココアは口を噤んだ。

 これは何か不味かったのだろうか、精霊がその先は聞かないよというように顔をふと背け、しばらくして、これ以上質問はないか、それ以外で、と言うように顔をココアの方に戻し、その小さくつぶらな目をココアに向けた。

 ココアも察し、もう一つの質問をぶつけた。

「えっと……光のカラットはどこでもらえるの?」

 すると精霊はココアのショートパンツのポケットのあたりを指で差した。

「えっ?……ここ?」

 ココアはそんなはずは……と思いながらもショートパンツのポケットに手を入れた。

 すると、ツルッとした物に手が触れる。

「そっか、ここはワンダーラビリットだもんね、何が起きても不思議じゃない……か……」

 ポケットの中の物を取り出し、自分目の前に持っていく。

 何回か見慣れたそれは水晶のように丸く……。

「違う……」

 その見慣れたじゃない。とカラットを見て思う。見慣れたは見慣れた、けれどこのカラットはちょっと前に見たシャボン玉が沢山存在した空間のまさしくソレだった。

 あの場所で見たシャボン玉のように丸い玉自体が、光を発光している。ただ、あのシャボン玉の発光とは違って、今は目を瞑りたくなるほど、このカラットの光は強かった。

 でも、目を瞑れないのはこのカラットがあまりに綺麗すぎて、目を離したくないという思いもあるからだ。

 あの場所のシャボン玉を直視するにはココアにはあまりにも酷だった。けれど、光のカラットを手にした今、あのシャボン玉達を思い出してもそれ程嫌な気分にならないのは、少しは成長したからと考えていいのかな、と思っているところに、この様子に少し飽き飽きした精霊がココアとカラットの間に入る様子はこれ以上質問はないかと問いかけているようでもあった。

「うん。大丈夫だよ」

 ココアは精霊に返答し、いつもはカラットを飲み込んでくれる〝ぴぴ〟が目を覚まさず、どうしようかと数秒悩んでいた時だった。

 ココアの目の前を黒い何かが横切ったと認識した時にはすでに遅く、手からカラットの重さ……カラットがなくなっていた。

「えっ?」

 ココアは急いで辺りを見渡すと、門から少し入った先にあるうさぎの彫刻がツボを抱えて水を流す噴水で目を止めた。うさぎの頭に何かがいる。

「黒い……蝶?」

 そんな大きな蝶は見たことがない。でもここはワンダーラビットと思うと同時にそれが、2つの黒光りする眼光を捉え、それが自分と同じ人だと気付く。

 ただ、その一瞬の出来事を見ていなかったのか、精霊はココアのおでこを触り、ココアに認識できない言葉の羅列を唱える。

「ダメ!!」

(このまま下界に返されたら、光のカラットが取られたま……ま……)


 ココアの伸ばした手は空気を掴み、そのまま暗闇に消えていった。

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