第18話 クラスと火曜日とココア☆前編
「おはよう」
「おはよう!!!」
「久しぶりの学校じゃからか、皆、元気に感じるのじゃ」
教室に入ったココアはクラスメイトからの挨拶に答えただけなのに、〝ぴぴ〟からそんな言葉を掛けられて、少し考える。
「うん?」
〝ぴぴ〟のそんな言葉とは逆にココアは久しぶりのクラスメイト達に何か……なんとも言えない違和感を感じた。
というのも、自然教室が終わって、ココアは疲れからか数日、熱を出し寝込んでいたのだ。
ただ、違和感という違和感がなんなのか分からず、そのまま、自分の席についた。
「おはよう!!!!」「おはよう!!!!」と次々にクラスメイト達が自分の席に着席する。
「皆、元気じゃの。でも……こんな元気じゃったかの?」
確に〝ぴぴ〟の言う通り、自然教室が終わった後のクラスメイト達は以前にも増して、元気な気がする。
もともと、学級崩壊とは無縁なクラスだったが、もしかしたら、自然教室で更に仲が深まったのかもしれないと思いつつ、ココアは首を傾げるが、いや、でも、自分の気のせいかもしれないと思い直す。
「ココア、どうしたのじゃ?」
〝ぴぴ〟がココアに問い掛けるが、その問にも答えが見つからずココアはまた、首を傾げた。
ホームルームが終わり、1時間目が始まった。
山田先生の「この時間で、自然教室のレポートまとめて下さいね〜」という指示に、ココアは周りを見ると、クラスメイト達はB4の白い紙に続きを書き始めている。
休んでいたココアは皆が何をしているのか山田先生に聞かないと、と席を立とうとした時、先生が紙を持って、ココアのところにやって来るなり、まだ真っ白な紙をひらひらとココアに見せながら説明をする。
「新道さん、これにね。自然教室であったことまとめてね」
「何をまとめればいいんですか?」
「何でもいいわ、心に残ったこと、楽しかったこと、何でも。絵を描いてもらっても構わないわ。でも、廊下に貼るからね。あまり適当に書いてはダメよ」
「はい……」
「皆はこの時間で提出なんだけど、新道さんはお休みしていたから、出来なかった分は宿題にしてもOKよ!はい」
そう言って、渡された紙をココアは受け取る。
(何でもいいと言われても……。皆は富士山に登ったことを書くんだろうけれど……。私は登ってないし。何を書けばいいのか、わからないよ……)
紙と睨めっこしているが、何一つ、アイディアが出てこない。
(一番、心に残ったこと……)
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ、よっしゃ!!きたきたきた〜」
その時、ココアの沈んだ気持ちを一蹴するように、クラスメイトのムードメーカーの男子、鳴海シンジが突然、雄叫びを上げた。
「ひゃっ!!??」
「いきなりなんじゃ!?」
(いきなり、叫び出すから、びっくりした)
ココアは一瞬跳ね上がった、心臓を落ち着かせる。
(あれ!?)
鳴海シンジがいきなり叫び出すことは珍しくない。
けれど、いつもは先生が注意に入るのに、先生は自分の机の上でペンを走らせることに夢中だ。
(それに……、皆も……)
そう、普段だったら、鳴海シンジが何かをすれば、「うるっせーぞ」、「本当に迷惑」と笑いながら、飛ぶヤジも今日はない。
それどころか、さっきの鳴海シンジの雄叫びに感化されるように皆のペンの進み具合が早くなっているように感じていた。
(うん? 何……この違和感……)
「やっぱり、今日は変だったね……」
「うむ……そうじゃの」
「ちょっと、疲れたよ……」
学校が終わり、自分の部屋に着いたココアはランドセルを下ろしながら〝ぴぴ〟に話掛けた。
「あんなの初めて見たよ……。授業中、先生の質問にも皆、手を挙げて答えるし、体育の時間なんて、待ちきれなくって、着替え終わると同時に一斉に出て行くし」
「確かに、ワシも初めてみたの」
「なんと言うか、元気というか、やる気に溢れているというか……」
「やる気があることはいいことじゃないか」
「まぁ、そうなんだけど……」
「ココア、それはそうと、疲れたなら、少し休んだほうがいいんじゃないかの? 昨日まで、熱を出して休んでいたんじゃし」
「うん。でも、自然教室のレポートができてないから、これをやらないと」
「そうかの。それじゃ、頑張るのじゃ」
「他人事だと思って……、ねぇ、〝ぴぴ〟何を書けばいいと思う?」
「そんなのワシに言われてもわからないのじゃ」
「もう!」
「素直にあったことや思ったことを書けばいいんじゃないかの?そう難しく考えなくてもいいと思うのじゃ」
「だって、私は皆と違って、富士山にも登ってないもん。皆は自然教室のメインイベントだった富士山の事を書くんだろうし」
「ココア。……そうやって、病気のせいにして書けないというのは間違っておるぞ。前に病気を理由にしたくないと言ったのはココアじゃろう」
「……〝ぴぴ〟に何がわかるの……」
「皆が富士山に登っている間にもココアはココアで貴重な経験をしているはずじゃ」
「……もう、〝ぴぴ〟なんて知らない」
「そうかの……それじゃワシは寝るとするかの……」
「ふん。〝ぴぴ〟に病気の人の気持ちなんてわからないよ」
「……」
〝ぴぴ〟はココアに背を向けるようにしてベットに入った。ココアは拗ねて、レポートを自分の勉強机の上に広げる。
(病気を理由にしたくないのはわかってるよ……。でも、書けないんだよ)
「ココア、いつまで起きているのじゃ……?」
窓の外はとっくに陽が落ち、真っ暗になっていた。
ココアの部屋も暗闇の中に一つ勉強机の小さな明かりが灯っているだけだった。
部屋の時計の針も11のところを指し、いつものココアならば、とっくに布団の中に入っている時間でもあった。
「やっと、やっとね。何を書くか決めたの。だから……」
「体のほうは大丈夫なのかの? 今日は疲れたと言っておったのに、全然休んでいないのじゃ」
「うん。提出は明日までだし。〝ぴぴ〟は先に休んでて」
「なにか手伝えることがあれば、手伝うのじゃ」
「ううん、大丈夫。1人で……自分の力でやりたいの」
「……そうかの。それじゃ、ワシは邪魔にならないように先に休むのじゃ」
「うん」
「出来るだけ、ココアも早く休むのじゃぞ? 湯冷めもしてしまうからの」
「うん。わかってる。ありがとう」
「おやすみなのじゃ」
「おやすみ」
いつもよりもワントーン明るいおやすみが返ってきて、〝ぴぴ〟の口角は自然に上がる。
〝ぴぴ〟が布団の中に入り、目を瞑ると、ココアのペンを走らせる音だけが静かな部屋の中に響いた。
次の日の朝、とっくに目を覚ましていた〝ぴぴ〟の目の前ではココアとお母さんが数日前にも見たデジャブのような光景が繰り広げられていた。
「もう! 無理をしたんでしょ?」
お母さんの顔は険しく、どこか不安げである。
「……してないよ」
「ココアの体はココアが思っているより、繊細なのよ?」
「……わかっているよ……」
その時、〝ピピピ〟という微かな音に反応したココアは自分の脇から体温計を取り出し、それをお母さんに渡した。
「38度6分。やっぱり、熱あるじゃない。今日も学校お休みね」
「……だめ……」
「だめじゃないわ。これ以上、病気を悪化させるつもり?」
「今日、提出期限のレポートがあるの」
「はぁ……」
お母さんは少しため息をついて、続ける。
「わかったわ。時間を見て、学校に持っていってあげるから」
「……ありがとう……」
そう言うと、ココアは熱に絞り取られる体力を回復させるため眠りについた。
お母さんが、少し捲れた布団を掛け直し、ココアの部屋を出て行く。
「もう……、病気、悪化していないといいけど」とボソッと言った一言を〝ぴぴ〟は聞き逃さなかった。
〝ぴぴ〟は寝ているココアの横に移動すると、ココアの隣で横になった。
「ココア……。早く良くなるのじゃ」
その小さな願いを込めて。
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