第38話 木のカラットとココア☆

(今の記憶は……何……? 私だった……。私の一年前の記憶……?じゃあ、私は前の試練にも合格してたの……?)

 再び訪れた空間は変わり映えのしない黒い鏡だらけの部屋だった。

 ココアは歩幅狭く歩く。

(じゃあ、中前さんの病気が治ったっていうのは……私が……?)

「いたっ!」

 ココアは目の前の鏡に頭をぶつけた。

 ぶつけたところを摩りながら顔を上げると、目の前にあるのはココアの身長の数十倍以上もある鏡だった。

「大きい……」

 それを見上げるためにココアは後ろに首を倒す。

「わぁ……」

 漆黒を纏った鏡の中にボヤッと一つの影が浮かび上がる。

「久しぶりじゃの……」

「……御神木……?」

 ココアは喉の奥から声をやっと絞り出す。

 目の前には自然教室で会った御神木が鏡の中でそびえ立っていた。

「なんで、どうして……?」

「どうしたもんかの。ワシも不思議じゃ」

「本当に……?嘘じゃない?」

「あぁ……、久しぶりに話をしようか。お嬢ちゃん」

「う……うん!そうだね!」

「お嬢ちゃんは何故こんなところにおるんじゃ?」

「えっと……それは……」

「自分の夢を叶えるため……じゃなかったのかの」

「なんで……? なんで……知ってるの?」

「神木だからかな」

「そ、そう……なの」

 御神木との会話は心にささくれが出来たように何かが引っかかる。

「お嬢ちゃんの叶えたい夢は何かな?」

「私の叶えたい夢?」

「そうじゃ」

「私の叶えたい夢は……」

「自分の病気を治すこと……じゃなかったかな」

 ココアは小さな拳を作った。

「それは……そうなんだけど……そうじゃないというか……」

「人間は何かにすがるのが得意じゃないか……。病気が治せますように……。好きな人と両思いになれますように……。お金持ちになれますように……。受験に受かりますように……。夢が叶いますようにと」

「!?」

 ココアの心のささくれが広がっていく。

「本当に人間は他人頼みな弱い人間だと思わないか?のぉ、お嬢ちゃん」

「ねぇ……」

「なんじゃ?」

「ねぇ、その言葉は誰の言葉なの?」

「……」

「私の知っている御神木はそんなことは言わない……。その、ほんの少し間だったけど、紡がれる言葉は本当に温かかったよ。誰の言葉を話してるの?」

「ワシはワシじゃよ」

「違う。姿は御神木だけど全然違う……私は思うの。私達人間は弱いから……その……頼っちゃうんだよ……、御神木とか神社とか占いとかそういう不確かだけど、ご利益のありそうなものに。でもね、弱いから……自分の弱いところを見つめられる強さを持ってるし、そこに向かって行く強さを持っていると思う。そして、叶わなくても……何回失敗して転んでも、何かに願いながらでも、立ち上がる強さを持っている。私はそう思うんだ。きっと、あの時会った御神木も私と同じ考えを持つ人……じゃなくて木だと思う。人間は弱いけど、それ以上の強さも同時に持ってる」

「……じゃあ、もう一つ聞いてもいいかの?」

「うん」

 ココアは迷いのない表情で顔を上げる。

「お嬢ちゃんにとっての木のカラットとは?」

「私にとっての木のカラットは強さと優しさを兼ね備えているもの」

 ココアからその言葉が出た瞬間に目の前の真っ黒な大きな鏡に映し出された木はその形を無数の緑の葉に変えていき、鏡の中から飛び出す。

 色鮮やかな生き生きとしたその緑は風のない空間の中、ココアの体を包んで、地面にほろほろと落ちていく。落ちた葉はまるで春風を纏った雪のようにその姿を溶かしていった。

 そして、大きな鏡はちっぽけなココアが映し出された普通の鏡へと面変わりをしていた。

 ココアは何を思ったのか数回瞬きをした後、深呼吸をし、また一歩踏み出した。

 目の前の鏡に向かって。



 また、ココアの脳裏には有無の確認もなく一つの記憶が流れる。

「そろそろ、決まったか? 早くお主の夢を言いたまえ 」

 その高飛車な声を聞くのは本日、何回目になるだろうか。

「女王様……。その……ワシは」

 目の前にいるのはココアが今一番会いたい人……〝ぴぴ〟だった。

「言ってくれるんだろう。ワンダーラビリットの女王になりたいと」

「その……わ、ワシは……」

「ワシは?」

 女王は〝ぴぴ〟の言葉を煽るように続けていく。

「ワシはちゃんと決めてきたんです。自分の夢を!」

「ほう?」

「ワシは……ワシの夢は……」

 女王はうさぎの仮面の奥の瞳を大きくした。


「もう一度、カラットの試練を開催して下さい」

「……それがお主の……願いか……。ははは、試練を突破して自分の夢を好きに叶えられるというのに、また試練を受けるというのか!」

 女王は乾いた笑いを続ける。

「これがワシの今の夢です……」

 〝ぴぴ〟の目はこれまでにないくらい強い光を宿していた。

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